第四話 ポラリス 3
学校がある通りから道路を渡り、低い住宅街をゆっくり歩く。今日は曇り空でそこまで暑くない。それでも、言われたとおりにする。
途中のコンビニに寄り、朝食と昼食とともに買ったスポーツ飲料を飲みながら、おばけ屋敷の前に着いた。
『おばけ屋敷に閉じ込もってた、病んでるお姫様。若い男の子を助けて、家で面倒をみると言い出した』
外はボロボロで中は綺麗な家は、道の真ん中にひっそりと建つ。
……真ん中にあるのに、どうして目立たないんだろう。
灰色の空の下、ベンチが前にある建物。見つめていると、分かった。
……ひとが住んでいる気配がないからだ。
同じくらい古そうな家は辺りにもあるが、洗濯物が干されていたり、緑や自転車が置かれて生活しているのが分かる。
僕も、彼女も思ったおばけ屋敷は、何の音も聞こえず匂いも漂ってこない。
大丈夫だろうか。少し迷ったけれど通り過ぎることが出来て、この辺りには似合わない背の高い綺麗なマンションに着いた。
二階の金剛寺の部屋に入り、いちごちゃんの足をふいてから一緒に上がる。
トイレで散歩中のものを処理し、隣の洗面所で手を洗って、やっぱり冷房がよく効いているリビングに入った。
今日は、あまりタバコの匂いがしない。ごうごう音を立てるキッチンの換気扇に気づき、僕に気遣ってくれたのだろうと思った。
いちごちゃんは部屋の隅で伸び、僕はカーテンを開いて窓を開いた。マンションの建物の前は駐車場で、辺りの低い建物が見渡せる。少し先に、おばけ屋敷の透明な天井が見えて。
『あいつが、あの家で幸せになるまで住むって決めたから、俺は、あいつのそばにいることにした』
昨日の金剛寺の言葉は、とても、重いものだったと気づいた。
金剛寺と数日しか一緒にいないが、とても、彼女の為に行動してるのが分かる。言葉はキツいが、僕の為にも。
……なんだか、ムカつく。
イケメン弁護士で誰にでも面倒見がよいなんて、完璧だろう。
『さあ、お姫様を外に連れ出すのは、どっちだろうねえ』
そんなの、金剛寺に決まってるだろうと思ったとき、ガサガサと音が聞こえた。
テーブルの上に置いたコンビニの袋を漁っていたいちごちゃんを止め、専用のおやつをあげる。袋を手にキッチンに向い冷蔵庫を開ける。弁当を入れ、買ったのを忘れていたものに驚いた。
いつも食べるのより二倍高くて半分くらいの大きさ、カップのバニラアイス。どうしようと思い、どうしたらと思う。
……昨日のことを思えば、もう寝ているかもしれない。……冷蔵庫に入れておくぐらいなら。
『あの子も、なでしこじゃない私は、必要ないと思いますよ』
彼女の為か自分の為か分からないことを思っていると、冷たい声が耳に再生され。僕は、冷凍庫にアイスをしまった。
ソファの前に座り、買って来たサンドウィッチを食べて野菜ジュースを飲み。まずくはないけれどおいしくもない朝食を終えて片付けてから。ソファ前のテーブルの隅に積まれた参考書と、その上のメモに今更気づく。
【暇なら勉強するか、寝てろ。なでしこは大丈夫だ。】
名前はなくても、神経質そうで綺麗な文字は書いた本人とよく似ていると思い。少しも、僕は勝てないと思った。
*
「ちゃんと、時間通り居たな。いちごは連れてこなくて良かったんだぞ」
四時四十五分ぴったりに来た金剛寺は、一時間前から『だいあんさす』に居た僕に言った。
「……ひとりで居たくないって、扉の前で泣くから」
扉を閉めると、わんではなく、胸が痛くなる声をいちごちゃんは上げ続けた。
「いちご、お前、輝が甘えられる人間って分かってんな」
ジャケットを脱ぎ、金剛寺は床に寝そべるいちごちゃんの頭をなでた。
「……トイレと床掃除、グラス洗ったけど。他にすることあるか」
「お前、結構早くから来てたろ。万が一、強盗が入るかもしれないから、鍵くらい掛けとけよ」
何で分かるんだと聞く前に、金剛寺は出て行く。鍵をかけ、いちごちゃんのそばにしゃがんだ。
「……お前だって、甘えられる人間だろ」
ぼそり言い、いちごちゃんの頭をなでていると、いいところしかないヤツが戻ってきた。
「いちご、お前のご飯はあとからな。輝、手え洗ってこい、飯にするぞ」
そう言われて、トイレから戻ると、カウンターにスパイシーな匂いが漂っていた。
「ここのチキンティッカマサラとチーズナンうまいぞ。お前、なんかアレルギーなかったよな」
「ダジャレかよ」と言うと、金剛寺はカウンターの席に座り隣に座るよう促す。
「昨日もカレーだったんだろ。悪いが、付き合ってもらうぞ」
そう言ったあと、おしぼりで手を拭いて金剛寺は「いただきます」と食べ始めた。
「あんまり辛くないから、食べてみろ」
口を押さえながら金剛寺が言い、僕も「いただきます」と手を伸ばし始めた。
目の前には、大きく伸びた普通のナンと丸くてチーズがはみ出ているナン、プラスチックのケースに入ったオレンジ色のカレーと、サラダが添えられた赤いチキンが並べられている。
なんだかしゃくなので、赤いチキンを手にしてかじった。タンドリーチキンと名称を思い出す。辛すぎないスパイスの味、香ばしさと鶏肉のうまみ。むしゃむしゃと噛んで飲み込む。
「チキンうまいだろ。そのチキンが、カレーの中にも入ってるぞ。普通のナンから、つけて食べてみろ」




