第三話 ベガ 12
「こんちゃん、こっち来てよ」と声が上がり、金剛寺は顔を変えて向かった。
「いらっしゃいませ。急の開店なのに来てもらってありがとうございます、楽しんでますか」
金剛寺が笑顔で言うと、お年寄り達から「楽しんでます」と大きな声が上がる。
「今日は、お酒は出せませんが、明日は出せますのでよろしくお願いします」
ちゃっかり宣伝をしたあと、金剛寺はテーブルの前にしゃがんでおかわりを作っていく。
「ひかりん、唐揚げ出来たぞ! ぼうっとせずに運べよ! あと、笑顔! スマイル!」
衣笠さんに言われ、引きつっているのが分かる顔で皿を置いていく。
金剛寺はお年寄りの間に座り、楽しそうに話している。その様子は今朝と違って、ほっとした。
「ひかりん、お疲れ様、ちょっと休憩しなさい」
衣笠さんに片腕を持たれ、僕は隣に座らされてしまう。
「ほら、飲め、飲め! 室内でも、熱中症ってぶり返すんだからな!」
お茶の入ったグラスを渡され、乾いていた喉を潤す。
「ほら、食べなさい。揚げたてだからおいしいぞ」
「衣笠さん、輝君をいじめたら許しませんよ」
「いじめないよ。なでしこちゃん、呼ばれてるからいってらっしゃい」
両目を細め、笑顔ではない顔を衣笠さんに向けてから、彼女はカウンターから出た。
「いじめられてるのは、おっちゃんだよなあ」
僕の口に唐揚げを入れ、笑顔で衣笠さんが言う。
「……衣笠さんが、デリカシーないからじゃ」
僕は口を片手で隠し、今朝感じたことを言った。
「ほら、飲め、飲め。あの子と対峙するには、そんなもんないほうがいいんだ」
注いでくれたお茶で、しっかり味がついたおいしい唐揚げを飲みこむ。
「……対峙って、……あの人に、何でそんな風に……」
「あの子と対峙するってのは、にらみ合って対立するんじゃなくて、向き合って立つってことだ。さては、ひかりんは現国の成績がよくないな?」
その通りで、熱くなった顔を下に向ける。
「あの子と向き合って立つなら、繊細さは邪魔だ。傷つけて傷つく覚悟がないならやめときなさい」
聞こえた、真面目な声に首をもたげた。
「そう、ルミ子さんに言われてるんだけどねえ。うちのポンコツお坊ちゃん」
ふーっと大きく息を吐く、衣笠さんの横顔に言った。
「……朝、……多分、傷ついてましたよ」
薄暗い部屋で、顔は腕で隠れて見えなかったけれど。衣笠さんとなでしこさんに言われたことにダメージを受けていただろうこと、声色から分かった。
「わざと傷つけたんだ。お陰で、覚悟出来たみたいで良かったよ」
「覚悟」ともらすと、「ごめんね」と衣笠さんがこちらに向いて言った。
「誠志郎、これからは甘やかすだけじゃなくて、なでしこちゃんと向き合うんだと。ごめんだけど、君が現れてくれたのが大きいと思う」
「ありがとう」と僕に言い、衣笠さんはおとぎ話を話すように続けた。
「おばけ屋敷に閉じ込もってた、病んでるお姫様。若い男の子を助けて、家で面倒をみると言い出した。ずっとお姫様の面倒を見ていた王子様は、焦り、覚悟する」
僕は、振り返り、カラオケや楽しそうな声が聞こえなくなる。
「さあ、お姫様を外に連れ出すのは、どっちだろうねえ」
お年寄りの間に並んで座るふたり。大人の金剛寺と、大人の女性のなでしこさん。
美男美女という言葉がぴったりで、とても、お似合いだった。
『第三話 ベガ』了




