第三話 ベガ 11
荷物の中身は大きなみっつのタッパーで、ひとつからスプーンですくい、僕に伸ばしてくる。
「みんな歯が弱くなってるから、肉じゃがはぎりぎりまで柔らかくって言われてるの」
言うとおり、味がよく染みたじゃがいもは噛まなくてもほろほろ崩れる。
「その割には揚げ物が好きで、でも家でひとり分作るのはおっくうだし居酒屋に入るには躊躇するから、揚げたてを出してあげなさいって」
タッパーのひとつには、準備された鶏肉が大量に入っていた。
「ポテトサラダが嫌いな人間なんていないけれど、きゅうりが嫌いな人間は意外と居るから、入れてはダメだよって」
味見させてもらったサラダは、荒く潰したじゃがいもと薄切りの玉ねぎカリカリに焼かれたベーコンをマヨネーズであえていて。シンプルですごくおいしい。
「お客さんが来たら、私は唐揚げを揚げるから、一人に二つの小鉢とおしぼりを渡してあげて。飲み物、今日はお茶だけだから、グラスに氷を入れて注いだあとコースターを下に敷いて出してあげて。グラスが空になったらおかわりを入れてあげてね」
彼女とたくさんの小鉢を用意し、酒屋さんが持ってきてくれた2リットルのお茶のペットボトルをテーブルに置き、準備が整ったと同時に扉が開いた。
「まだ明るいけど、こんばんは。すまんな、うちのばあさんの為に」
田畑さんと、半袖のパジャマ姿のおばあさんが入ってくる。
「いらっしゃいませ、田畑さんと奥さん、唐揚げ揚げますから少し待ってて下さいね」
そう言ったあと、彼女は照明を落とした。
お客さんが来たのにどうしてと思っていると、薄暗い中ミラーボールが七色の光と供に回りだし、お店は一気に雰囲気が出た。
「輝君、おしぼりと小鉢お願い。いらっしゃいませって言ってね」
銀色のお盆に乗せ、なぜか、緊張しながらふたりの座るソファに向かう。
「お、ボーズ、お手伝い偉いな。お小遣いやろうか」
「いらっしゃいませ」と言い、どう返していいか分からず、ふたりにおしぼりを渡す。
僕は、コンビニでしかバイトをしたことがなく、こういう接客は初めてだ。
「あなたが、なでしこちゃんが預かっている子ね、何かあったらこのじいさんに言ってね。昔は、大阪府警でぶいぶい言わせてたから、少しは役に立つかもしれない」
髪の毛は真っ白でパジャマ姿、なのに、きちんとした感じを受けるおばあさんに言われた。
「ばあさんはいつもひと言多いぞ、ボーズ、カラオケの機械を貸してくれるか」
お茶を作っていると言われ、「ここにあるから」となでしこさんがカウンターに置いてくれる。機械を渡すと、お店の扉が開き賑やかな声が聞こえてきた。
「なでしこちゃん、こんばんは、今日は開けてくれてありがとうね」
「これから、毎日、開けてくれてもいいぞ」
「こんばんは、いらっしゃいませ。毎日は無理かなあ」
金剛寺に話しかけてきたおばあさんとおじいさんに言い、なでしこさんは大人の笑みを浮かべる。
「ボーズ、マイク持ってきてくれ」
「お、田畑の奥さん、入院したんじゃ」
「したんだけど、じいさんに連れ出されてね。バレたらどうする気なのかしら」
「まあ、そのときはそのとき、なでしこちゃん唐揚げまだかな」
お年寄りたちは楽しそうに盛り上がり、お客さんはどんどん増えていき、僕は焦りまくった。
おしぼりを渡して、小鉢を置いて、お茶を作る。頭の中でくり返し、なんとか身体を動かした。
「輝君、お客様が入ってきたら、笑顔でいらっしゃいませね」
そう言われても笑みを作る余裕はなく、また扉が開いた。
「ひかりん、何だ、その引きつった顔! 客商売の基本は、笑顔! スマイル!」
そう言ったあと、今日もテンションの高い衣笠さんが、僕の両頬を両手でつまみ上にあげた。
「うん、いい感じ。大丈夫、誠志郎がうちの事務所に来たときより、いい笑顔してるから」
「所長、俺、作り笑いは特技なんですけど」
衣笠さんの後ろから、眉間にシワを寄せた金剛寺が現れた。
「はー、これだから世間知らずのお坊ちゃんは! お前の作り笑いに騙されるのなんてな、イケメン弁護士が好きなギャルしかいねえ! って、おい! うらやましいぞ!」
「くそう!」と、金剛寺の頭を両手でぐちゃぐちゃにし、衣笠さんはカウンターの一番奥に座った。
「自分で言ったくせに、理不尽だろ」
前髪をかきあげて不機嫌そうに言う。金剛寺の顔は怒ってなくて、少し、笑んでいた。
「おい、ぼーっとせずに、所長におしぼりと小鉢を渡せ。あと、グラス何個も空いてるぞ」
「……お前、七時からって」
バタバタして時計を見てないが、まだ、二時間も経っていないはずだ。
「なでしことお前ふたりに任せられるかよ。一応、俺はここの店主だからな」




