第三話 ベガ 6
「なんか、すっかり、仲良しになっちゃったねえ」
ちゃぶ台の前に座る僕のそば、いちごちゃんは身体を伸ばし目を閉じている。
「何で、オスなのに、いちごちゃんなんですか」
「いちごちゃんはメスだよ。男嫌いの美人さんで、美人じゃないけど私も一緒だよ」
「ねー」となでしこさんが言い、いちごちゃんはあくびをして目を閉じた。
「……じゃあ、僕と、暮らして大丈夫なんですか?」
「輝君は、輝君だもん」
……僕は、男扱いされていないのか。
そう思うと、ちりっと胸が痛み、思ったままを口にした。
「……じゃあ、金剛寺は。……男ですよね」
「せいちゃんも、せいちゃん。衣笠さんや田畑さんにご近所に住んでる人たちは、その人たち。私が嫌いな男はね、私を盗んでいこうとする人のことだよ」
先ほど聞いた話を思い返す。
……詳しくは分からないが、未遂だったとしても、彼女は被害に合っているのだ。
「私を、力づくで盗んでいこうとする人、女の子もいたけど男の人が多かったなあ。私は思わなかったんだけど、妹がいつも怒ってたから、そういう人たちを大嫌いになっちゃった」
なでしこさんの話は難しくて、何度か頭でくり返してから、聞いた。
「……妹さんは、……なでしこさんを盗もうとする人たちを、怒っていたんですか?」
「うん、怒らない私にも怒ってた、ヘラヘラせずにもっと自分を大事にしろって」
彼女はえへへっと笑い、僕は混乱する。
・なでしこさんの妹は、なでしこさんにとてもひどいことを言う。
・なでしこさんの妹は、誘拐犯からなでしこさんを救い、自分を大事にしろと怒っていた。
「……妹さんて、ふたり居るんですか」
「ふたつ年下で、すっごくかわいくて優しい、華希ちゃんしか居ないよ」
発言にますます混乱していると、「すみませーん」と玄関から聞こえてきた。
もう一度聞こえた、聞き覚えがある「すみませーん」に、彼女より先に玄関に走る。
扉を開くと、のそりとでかい姿。170cmに2cm届かない僕より10cm以上身長が高く、がっしりした下半身の長距離走者。いつも真っ黒で、小学生の頃からいつも丸刈り。
「おー、テル元気そうだな、良かった良かった」
産まれた病院から住んでいた公団、今通う高校も同じ。僕を『テル』のあだ名で呼ぶたったひとり、幼なじみの井口がにかりと白い歯を見せた。
「……何で、ここに来られたんだ」
「いやー、この辺りさ、同じ様な景色続くから、迷ったのよ。それで、親切なおばあさんに話かけられて、担任から聞いた住所をたずねたら、輝ならここだって案内してもらって。来られた」
どやあっと、上から顔を向けられたとき、
「輝君、お友達? 上がってもらったら?」
聞こえた後ろにふり返る前、両目を開いた井口が、僕も初日に思ったおばけの名前を大きく言った。
*
「なんだよ、ここ! いいな! 俺も一緒に、ここに住みたい!」
二階の洗濯部屋に連れて行くと、井口はきゃあきゃあ浮かれた。
「なんだ、このベッド! あ、通販で見たことある! エアーベッドってやつか!」
井口はベッドにダイブし、仰向けになって「あー!」と大きく叫ぶ。
「夜さ、天井のカーテン開けば、星みえんじゃね! めっちゃ、ロマンチックじゃね!」
そろそろ注意する前に、
「見えるよ、もうすぐ、ペルセウス座流星群の見頃だよ」
現れた、長い髪の毛で顔を隠したなでしこさんに言われ、井口は固まった。
「これ、ふたりでどうぞ、ジュースのおかわりあるからね」
僕にお盆を渡して、「じゃあ」と彼女は一階に降りて行った。
「……テル、あの人、本当におばけじゃないよな」
「違うって言ってるだろ」
「じゃあ、何で、あんな風に顔隠してんだよ」
「……何でって、……えっと…」
「もしかして、極度の恥ずかしがりか。突然来て悪かったな、俺、謝ってきたほうがいいか」
テンションが一気に下がり、心配そうな顔をする井口。僕は吹き出す。
「何だよ、そうやっていつも、俺のこと笑うのやめろよなあ」
「ごめん」と、いつもまっすぐな井口に言った。
「お前、なんで、ここに来たんだ。……もしかして、僕の母さんに頼まれたのか」
「ちげーよ。今日、部活中にテルの担任に呼び出されて、色々知ったから」
井口はベッドに座り、僕は床で、お盆のストローが刺さったグラスを渡してやった。
「うわー、濃いの最高! それ、食べていいの」
氷の入った白い乳酸菌飲料は、言うとおり。井口に、懐かしいお菓子がたくさん入った木のお皿を伸ばしてやる。
「ばあちゃんの家来たみたいだな。お、これなつい、ヨーグルトの味するやつ」
楽しそうにお菓子を漁る井口に、「何を聞いた」と聞く。
「アパートがダメになって、超優秀な担任の同級生がテルを助けて、夏休みはお世話になるって。教科書と参考書、学校に売り物にならないタダのやつがあるから、体調がよくなったら取りにこいって」




