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stars  作者: 二皿くも
17/62

第三話 ベガ 4


    *


「おかえり。あれ、その日傘どうしたの?」


 僕は黒い日傘をさして、いちごちゃんとおばけ屋敷に戻り。彼女に何もなかったみたいな笑顔で迎えられ、驚いた。


「……金剛寺に渡されて。もう、大丈夫って言ったのに」


「せいちゃん、過保護だからなあ」


 なでしこさんが腕を伸ばしてきて、僕はびくりと肩を揺らしてしまった。

 彼女の元から大きな瞳が開かれ、あっと思ったと同時。


「朝ご飯途中だったけど、用意しようか?」


 そう言われ「はい」と小さく答えると、なでしこさんはふっと笑って背中を向けた。

 彼女の後ろ姿を見送ってから、僕はちゃぶ台の前に座りいちごちゃんがそばに寝そべる。


「……あの、いちごちゃん、帰さなくていいんですか?」


「奥さんの病院行ってくるからって、それまでお願いされてるの」


 台所に立ち、てきぱき動く後ろ姿。それ以上話しかけることは出来なかった。

 ちゃぶ台に二人分のお茶碗と汁椀におかずの皿を並べたあと、彼女は向いに座り「食べようか」と言った。


「これからは、一緒にご飯を食べてもいいかな?」


 今日、彼女は紺色の半袖ワンピースを着ていて、髪の毛をうしろでひとつの三つ編みにしている。出会った日、隠していた素顔を見せてくれたときと同じ笑み。今、なでしこさんは綺麗な顔に浮かべている。


 僕は、彼女の笑みを見ていると胸がぎゅっとして、狭くなっている喉で返した。


「……僕に、どうして聞くんですか」


「私が食べること、生きようとするのを見るのは気持ち悪いでしょう」


「……何で、そんなこと言うんですか」


「事実だから。妹に教えてもらって、その通りだなって」


 目の前には湯気を上げる皿達。その向こうには、笑みを浮かべる整った顔。見ていると胸がすごく痛くなってきて、視界がぼやけてきた。


「輝君? どうしたの? 大丈夫?」


 僕は、突然の止まらない涙のせいで、返せない。


「どうしたの? どこか、痛くなった? 大丈夫?」


 近づき、覗き込んでくる顔。笑みを消して、僕を本当に心配してくれているのが分かる。


 ……それが嬉しくて、同時にとても悲しい。


 そう思い、今感じているぐちゃぐちゃな感情のまま言った。


「……大丈夫じゃない…のは、……なでしこさん…です」


 「輝君?」と彼女は首を傾げ、僕はかすれた声で続ける。


「……どうして、そんな風に自分を言うんですか、……僕は、嫌です」


 「嫌です」とくり返し、今の僕は意味が分からないと自分で思った。だけど、涙が止まらないくらい、強く嫌だというのは分かる。


 ……彼女が自分で自分を悪く言い、妹さんに教えてもらって納得したと言うこと。


 それに、幸せになったら死ぬ、生きていたくないと言うの。


 ……僕は、すごく嫌だ。


「じゃあ、私と一緒に住むの、嫌になったかな」


 いつの間にか、下がっていた顔を上げる。僕と正反対に見える、笑みを浮かべ落ち着いている様子の彼女は言った。


「ごめんね、嫌な思いさせてしまって。私のことは忘れてね。夏休みの間はせいちゃんのところに居られる様に、今から頼んでくるよ」


 そう言ったあと、彼女は立ち上がる。細い腕をつかみ、涙が止まった僕ははっきりと言った。


「あなたから。僕は、嫌な思いはしてません」


 じゃあ、何からと聞かれたら。答えられず、笑みを浮かべたままの彼女は僕を見下ろして言った。


「私のことを聞いて、同情してくれたの」


「そんなの。なでしこさんも、僕にしてるでしょう」


 「そうだね」と言われ、顔を下に向けないだけで必死だ。


「同情って、優しくしたいって思うことなんだって。ルミ子さんに教えてもらった」


 「すごい」と続け、彼女は僕の正面にしゃがんだ。


「私、自分が輝君に優しくしてもらえると思ったの、私も優しくしたいって思ったの」


 「すごい」と、腕にある僕の手を取り、両手で包んだなでしこさんが続ける。


「輝君、ありがとう、君のおかげだよ」


 彼女の言葉の意味は分からず、目の前にある笑顔は初めて見るものだ。

 見とれてしまうもの、胸が痛くなるものじゃない。ただ、自然とそこにあるものに思えた。


「私、君と居たい。輝君と居れば、感情が分かっていく気がするから」


 「ダメかな」とキラキラ光る瞳で言われ、断れるはずがない。


「……僕なんかで、いいんですか」


「輝君がいいの、困らせてるかな」


 「困ってないです」と返すと、彼女は「良かった」とにーっと笑った。僕の心臓が大きく高鳴り、柔らかい手が離れた。


「冷めちゃうから、ご飯食べようか。今日のピーマンとパプリカと豚肉のオイスターソース炒め、自信作なんだよ」


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