第三話 ベガ 3
「……冷房、つけっぱなしなのか」
なでしこさんの家でもずっとついているが、ここは冷蔵庫ぐらい冷えている。
「そのほうが電気代かからないって、ネットで見た。寒いなら外に出とけ」
金剛寺がぶっきらぼうに言ったあと、僕は返さず。部屋はしんと静かになった。
壁の時計は六時半を指していて、僕はキッチンの対面カウンターを背に床へ座る。
「喉、渇いてるなら、冷蔵庫から好きなもん飲めよ」
「……寝ろよ。気を使わなくていいから」
少しして、なぜか、金剛寺が吹きだした。
「何だよ、面白いこと言ってない」
「……自分自身に、笑っただけだ」
「すまん」と言った金剛寺の顔は腕で隠れていて、見えないけれど、僕は見ながら言った。
「……さっきの、おじさん。衣笠さんが、金剛寺の事務所の所長なのか」
「そうだ、名推理だな」
「金剛寺が、所長って言ってたからだろ。てか、ブラック企業ってやつなのか」
「難しい言葉知ってるな、まあ、労基に駆け込めば摘発案件だろうな」
「そんな、大丈夫なのかよ」
「まあ、お前から見ればおっさんだけど、俺はまだ若いからな」
「お前、優秀なんだろ、どこででも働けるんじゃ」
「まあな、でも、所長があんなのって分かってて、大手辞めて入ったからな」
「何で」と聞くと、金剛寺は少ししてから答えた。
「あいつが、あの家で、幸せになるまで住むって決めたから。俺は、あいつのそばにいる為に、所長のところに居る」
「あいつ」はなでしこさん、「あの家」はおばけ屋敷のことだろう。僕への説明というより、ひとりごとみたいに金剛寺は静かに続けた。
「あいつは、自分の母親が死んだときに、妹に消えろと言われた。あいつに、消える前に看取ってくれと頼んだルミ子さんは、幸せになってからと約束させて亡くなった。一年経って、あいつは何も変わらなかった。死にたがりのまま、生きていたくない、自分を妹に言われた醜い化け物と思ったままだ」
聞いていると口の中が苦くなる言葉を、金剛寺は続ける。
「専門医に診せて、カウンセリングに通い、薬も飲んでいる。時間がかかる、いつ治るかは分からない。そう、分かっているが、本当に変わらなかった。あいつは、ルリ子さんの約束に生かされてるだけで、何にも執着がない。なのに、お前を家に住まわすことは、譲らなかった」
理解が追いつかない話の中、僕のことを譲らなかったことに驚き「どうして」ともらす。
「俺には理由はないと言うから、自分で聞いてみろ。説明をせずあいつのことに巻き込んだのは、命を助けたことと、夏休み中の面倒を見ることでチャラにしろ。もう、あいつに関わりたくないなら、休み中俺の部屋に居て、あの家に近寄らなければいい」
「どうする」と言われ、僕は、少ししてから返した。
「……ここ、タバコ臭い。……星、見ながら寝るの、楽しいんだけど」
「俺の部屋にケチをつけるな。カーテンしないと、朝、目がつぶれるぞ」
「なでしこさんにも言われていたけど。星がすごい見えて、見てるうちに寝てた」
金剛寺は大きく息を吐いてから、声色を変えて言った。
「確かに、あんなに、この辺りで星が見られこと。プラネタリウム以外ないな」
僕も思ったことを言われて、気づいた。
「……あの部屋で、見たことあるのか」
「当たり前だ。しばらく一緒に住んでたからな」
僕は、なぜかとてもショックを受けて、金剛寺は固くなった声で続けた。
「ルミ子さんがいなくなって、しばらく一緒に住んでいたのは見張る為だ。あの頃は、あいつが消えない様必死だった。洗濯室の窓を全部開かないようにしたのは、あいつが、何度も、目を離した隙に飛び降りようとしたからだ。このマンションの鍵を渡さないのは、屋上から飛び降りようとしからだ」
僕は、冗談ではないだろう話に、何も返せない。
「あいつが、死にたがりのメンヘラだって分かっても。それでも、あの家で住むのか」
金剛寺が言う現場に遭遇した訳じゃない。まだ二日しか一緒にいない。
それでも、なでしこさんが死にたがりなんだろうこと、金剛寺の今の様子と先ほどの彼女の様子から分かった。
「……金剛寺は、僕に、あの家に居てほしいのか」
金剛寺は「そうだ」と起き上がった。家を出たときより少し回復した様に見える顔が見え、なぜか、ほっと力が抜けた。
「輝は、あいつを変えられるかもしれないから。俺は、一年そばに居ても無理だった」
金剛寺の真剣な顔と言葉に、僕の緩んだ気持ちはとたんに固くなった。




