第三話 ベガ 2
ふたりの会話のせいですとは言えず、「大丈夫です」とご飯を一口口にした。
「なでしこちゃん。まだ、自分のことをそんな風に思い込んでんの」
「思い込みじゃなくて、真実ですよ」
僕は狭い喉でご飯を飲み込み、彼女は笑んで続ける。
「衣笠さん、本当に朝ご飯いいんですか? ご飯まだありますよ?」
「俺は、惚れた女以外の飯は、食わないって決めてんの」
「ルミ子さんのご飯、おいしかったですもんね」
「なでしこちゃん、ご飯ちゃんと食べてるの」
「食べてますよ、ルミ子さんと約束しましたから」
「まだ、幸せになったら死のうと思ってるの」
衣笠さんの言葉に、僕はお茶碗と箸をちゃぶ台に置いた。
「はい、幸せになるまではダメって、ルミ子さんとの最後の約束は守ります」
「誠志郎、お前のせいだぞ。この一年、甘やかしてきただけだから、悪化してるじゃねえか」
衣笠さんの言葉に、金剛寺がゆっくり起き上がる。
「……所長、子供の前で、何て話してるんですか」
ちゃぶ台まで来た金剛寺の顔は、怒っているのが分かった。
「一緒に住むなら、知っておくべきだろうが。何も知らない子供を利用しようとするな、てめえの責任はてめえでとれ」
「なあ」と言われて訳の分からない僕は何も返せず、衣笠さんは真剣な顔で続けた。
「なでしこちゃんはな、死にたくて生きてる。生きてることが嫌な人間なんだ」
「所長」と金剛寺が衣笠さんをにらむと、彼女が明るい声で言った。
「せいちゃん、私は、衣笠さんの言う通りだよ」
笑みを浮かべるなでしこさんに、金剛寺は下を向き、「行くぞ」と僕を連れて家から出て行った。
「……いちごちゃん、ついてきちゃダメだ」
へっへっと舌を出す大きいいちごちゃんは、金剛寺に腕を持たれた僕を追ってくる。
「いちごはこの辺りの番犬で、リードなしでも大丈夫だ」
歩みを止めず金剛寺が言い、僕は「どこ行くんだ」と言った。
返事はなく、おばけ屋敷から歩いてすぐ、この辺りに似合わない背の高い小奇麗なマンションの中に入っていった。
「……こんなところ、入っていいのか?」
「入っていいに決まってるだろ。ここは、俺が暮らすマンションだ」
そう言ったあと、金剛寺は鍵で自動扉を開き、広いエントランスを横切りエレベーターに乗る。
二階で降りて、一番奥の扉を番号を打って鍵を開け、僕を中に入れた。
「三十分後に起こせ。いちごに、玄関に居るよう言え。起きてから、説明をする」
金剛寺は廊下をすたすた進み、扉の向こうへ行ってしまった。
どうしようか少し迷い、いちごちゃんに「待ってて」と言い、靴を脱いでそろえたあとで追った。
開きっぱなしの扉の中に入ると、対面キッチンとソファとテレビが置かれたリビングだろう十畳ほどの部屋。
カーテンが引かれた薄暗い部屋は家具が少なくて、生活感がなく、微かにタバコの匂いがする。
「タバコ臭いなら、換気扇回せよ」
ソファで仰向けになり、片腕で顔を隠す金剛寺に言われた。




