第三話 ベガ 1
第三話 ベガ
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———輝君、やっぱり、一緒に寝ると温かいね。
そう言って、隣に寝るなでしこさんは笑んで、両腕を伸ばしてくる。
———ずっと、こうしてたいね。
柔らかさに包まれ、僕は全身の熱が上がり。鼻をくすぐった毛に、大きくくしゃみをした。
「こらあ、いちごちゃん。輝君、寝てるの起こしちゃダメ」
なでしこさんの、のんびりした声が聞こえて。僕の上にいる、はっはっと口を大きく開いたシェパードのいちごちゃんに熱が下がった。
「おはよう、気分はどうかな?」
最悪ですとは言えず、「いちごちゃん、どけてくれませんか」とお願いした。
「いちごちゃん、おいで。珍しいねえ、男のひとには、飼い主の田畑さんにもなつかないのに」
彼女のそばへ降りたいちごは、大きな身体でぐるぐるとそばを周り、頭をなでてもらう。
「輝君、起きられる? 朝ご飯、食べられそうかな?」
今日もかわいい笑みを向けられ、「はい」と返し、上半身を起こしてベッドから出ようとしたとき。
「大丈夫? 身体、辛かったら寝てていいんだからね?」
視界が歪んだ僕は受け止めてもらい、額に感じる柔らかさから顔を上げると。
「顔赤いよ? 寝てて、朝ご飯持ってきてあげる」
170cmギリギリない僕より10cmは背が低いだろう。彼女が笑んで言い、柔らかい胸に受け止めてもらったことで心臓がバクバクとうるさい。
「……だっ、大丈夫です! いちごちゃん、行こう!」
僕は無駄に大きく言い、なでしこさんから離れる。わんと返事をしたいちごちゃんと下に降りた。
ついて来ようとするいちごちゃんを止め、トイレを済ませ、洗面所で顔を洗って。台所に入ると、いちごちゃんと彼女が待っていた。
「朝ご飯食べられる? うち、朝もご飯なんだけど、大丈夫?」
「はい」と返すと、なでしこさんは「良かった」と笑みを浮かべ。頬が緩んだ僕は、突然、後ろから首を絞められた。
「少年、朝から楽しそうで、おっちゃんうらやましいぞお……いっ! いてえええ!」
大きなしゃがれた声のあと、首をしめていた片腕が離れ。後ろを向くと、
「いちごちゃん。衣笠さん食べたら、お腹痛くなっちゃうよ」
「なでしこちゃん! それ、嫌みにしか聞こえないから! いちご、離れろ!」
いちごちゃんにおしりを噛まれている、短いごま塩頭でがっしりしたおじさんが居た。
「輝君、やめるよう言ってあげて。いちごちゃん、お腹痛くなっちゃう」
「いちごちゃん、やめてあげて」と言うと、おじさんから離れ、僕のそばにきた。
「いやー、偉い目にあった。ありがとう、誠志郎の後輩の、えーっと、名前なんだったっけ」
「……菅原輝です。……名前、忘れ過ぎですよ」
死にそうな声が聞こえ、顔を向けると、ちゃぶ台のそばに座りつっぷしている金剛寺が居た。
「そうそう、輝君。うーん、よくある名前だから、ひかりん」
もう一度、「ひかりん」と変なあだ名で呼び、おじさんはばんばんと僕の背中を叩いた。
「衣笠さん、シャワーだけでいいんですか? さすがに、せいちゃんの服は入らないですよ」
「事務所に戻ったら着替えるって! 臭いのは、一番ギャルに嫌われるからね!」
白いシャツの首にタオルを巻いた衣笠さんが、がははっと笑ったあと。また、金剛寺の死にそうな声が聞こえた。
「……嫌われなくても、フラれますよ」
「おい! お前も早くシャワー浴びて、すっきりしてこい! そんな顔で、クライマーに会う気か?」
「……クライアント。……誰の、せいだと思ってるんですか」
「何だ、一晩寝ずに遊んだくらい! 俺がお前の歳の時は、三日寝なくても大丈夫だったぞ!」
「……遊びじゃねえ、……いい歳したおっさんの、子守だ!」
金剛寺はちゃぶ台を拳で叩き、畳に伸びた。
「ひかりん、誠志郎のヤツ落ちちゃったから、そこの布団まで運んでやってくれないかな」
にやっと笑んだ衣笠さんに言われ、金剛寺を引きずり隣の敷きっぱなしの布団に寝かせた。
「細っこいのに力持ちだなあ! よしよし、ごほうびに、おいしい朝食を食べなさい!」
「輝君、ありがとうね。衣笠さん、せいちゃんをこき使いすぎじゃないですか」
ちゃぶ台に戻ると、ほかほかと湯気が上がる皿たちが並んでいた。グラスに注いでくれている麦茶を飲み、額の汗をぬぐってから「いただきます」と箸を持った。
「なでしこちゃんに、言われたくないなあ。ひかりんをここに住まわす手続き、誠志郎に丸投げしたくせに」
「私は、誘拐犯になっても構わないって言ったんですよ」
「ひかりん、おっちゃんね、仕事柄色んな人間見てきたけど。このおねーさん、見た目と違って、なかなか怖い人間なんだよ」
「なかなかじゃなくて、怖い、醜い、化け物だよ。輝君、ご飯進んでないけど、気分悪い?」




