第二話 デネブ 8
そう言いながら隣に座ったなでしこさんは、麦茶をコップに注いでくれた。
「今日は一緒に寝たらダメなのかな。輝君、温かくて気持ちいいのになあ」
えへへっと彼女が笑い、僕は持っていた箸をちゃぶ台の上に落とした。
二十六歳のなでしこさん。僕より十歳上で、黙っていたら綺麗な大人のお姉さん。
でも、笑うと子供みたいになり、その顔は……めちゃくちゃかわいい。ずっと見ていたくて、胸がぎゅっと痛くなる。
……こんな気持ちになるのは、初めてだ。……今晩、僕は意識があるのに、この家に彼女とふたりきりか。
そう、邪なことを思ったとき、玄関がガンガンと大きく叩かれた。
「はーい」となでしこさんが扉を開くと同時。風が大きく吹き、僕は畳に押さえつけられた。
「こらあ、いちごちゃん。輝君、まだご飯中だからじゃれたらダメ」
はあはあと僕の上で大きく口を開けている、大きく、大きい毛玉。よく見ると、とても大きい犬だと分かった。
「ごめんなボース、こんちゃんから頼まれてな。いちごを、夜に貸して下さいって」
「えー、田畑さんいいんですか。嬉しいなあ」
「その代わり、朝の散歩頼めるかな。ばあさんの腰の具合が良くなくて、いちごは、ばあさんじゃないとすねるからな」
「私で、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってる。いちごは、誰に似たのか女好きだから」
僕を助けることなく、なでしこさんは頭がつるりとしたおじいさんと話す。
「坊主、いちごはな、女子供には優しい元警察犬なんだ。現役は退いたが、純血のジャーマン・シェパード・ドッグで、邪なことをするヤツには容赦ないからな」
「田畑さん、元警察の人でね。この前、空き巣捕まえて表彰されたんだよ」
楽しそうに言うふたりへ、正反対の僕は「助けて下さい」と震えている声で言った。
僕は、この世で、大きな犬が一番苦手だった。
『第二話 デネブ』了




