第二話 デネブ 6
そう言って、眉間に深くシワを寄せた金剛寺が居間に入ってきた。
「おかえり。せいちゃん、今日は早いねえ」
「夕飯食ったら、すぐに出る。これから、所長の付き合いで新地だから、明日の朝飯はいい」
「はーい」となでしこさんは髪の毛をくくりながら立ち、台所へ向かった。僕は、金剛寺の姿に顔を向けた。
ぴたっとしたシワのない半そでシャツ、細身のパンツをはいた長い足。服装はぴしりとしているが、少し疲れた顔をしている。
金剛寺は大きく息を吐いてから、どかりと、朝と同じく障子の前に座った。
「輝、病院、検査どうだったんだ」
金剛寺は学校に着いてから、病院の場所がプリントされた紙とお金を渡してきた。
病院の行き帰りはタクシーを使えと言い、『タクシー使わなかったら、強制送還だからな』と残し僕を置いていった。
「……数日、外に出ずに安静にしてろって。もう、大丈夫なのに」
「お前、熱中症舐めんなよ、去年の搬送人数九万人超えてて100人以上亡くなってんだぞ。あと、熱中症の後遺症舐めんな。しばらくは、予備校休んで家で安静にしてろ」
「分かったな」とぎろりにらまれ、「言うこと聞かねえと、強制送還」と言われてしまった。
「お前の担任が同級生で知り合いじゃなかったら、病院連れて行ったあとに強制送還だった。運が良かったな」
「知り合い」と僕がもらすと、
「部活も違うし、二年のとき同じクラスだっただけだ。なのに、何で、あんな協力してくれたんだか」
「分からんが、良かったな」と、金剛寺は興味なさそうに言った。
「……お前、やっぱりラスボスだよ」
「あ? おい、目上の人間に、お前って……」
「担任、金剛寺のこと、ものすごくほめてた」
「そりゃ、他人から見れば、ほめられる様な生き方しかしてねえからな」
「担任は、金剛寺のことすげえ好きっぽかった」
「じゃあ、担任が好きな人間に、俺が見えてるんだろうよ」
……何だろう。このイライラした気持ち。
金剛寺は、僕に対する言動がキツい。けれど、なでしこさんの家に住むことに協力してくれた。お金を貸してくれて服もくれた。
……僕は、金剛寺のお陰で、実家に帰らないでいられる。……でも、担任への言葉たちは、すごく嫌だと思う。
その理由が分からず僕が黙っていると、金剛寺が「嫌なんだ」とぼそり言い小さく続けた。
「俺のこと何も知らないくせに。勝手に、思い込まれんの」
僕は、金剛寺の言葉と表情にとても驚く。
向かいの、眉間にシワを寄せている顔。担任が熱く語ったヒーローには見えなかった。
……不思議だ、……同じ教室に居てもおかしくない、普通の男子に見える。
「それはさー、せいちゃんのわがままだよねえ。そう見える様にしてたんだから」
湯気を上げるお椀やお茶碗を乗せたお盆を持ち、なでしこさんが部屋に戻ってきた。
「手伝います」とお盆を受け取ると、彼女は金剛寺に笑みを浮かべて言った。
「嫌なのに、輝君の為に、自分を誤解してるひとを利用してくれてありがとうね。せいちゃんは、本当にいい人だねえ」
「なでしこ、嫌みにしか聞こえねえ。輝、この汁椀は俺のだ、これからちゃんと覚えておけよ」
固まった僕が持つお盆から、金剛寺はさっさと椀とお茶碗を取る。
「高校生の頃のキラキラしてたせいちゃん。想像出来ないから、見て見たかったなあ」
「おい、今も、充分キラキラしてるだろうが」
「えー、もう、おじさんっていうか、お父さんだもん」
「おい! 俺、まだ二十八で、おじさんじゃねえから!」
「輝君からすれば、二十八歳のせいちゃんと二十六歳の私、おじさんとおばさんだよねえ?」
質問を残してなでしこさんは台所に戻り、金剛寺は俺をぎろりとにらむ。
「……大人になっても、……同じこと思うんだな」




