第一話 アルタイル 1
第一話 アルタイル
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僕は不幸だ。
僕の名前は菅原輝。高校一年生。訳あってひとり暮らし。
今日は夏休み前日、七月二十五日。夏休みの終わりは八月二十日。僕の通う進学校はひと月も休みがない。
幼なじみの井口は文句を言うが、僕はとてもありがたい。
一年しか住んでいない実家に戻りたくないからだ。
一昨年の秋、母さんから義父を紹介され、妊娠していることを知らされた。
反対はしなかった。父さんが死んで十四年、母さんはひとりで僕を育ててくれたから。
一年前の冬、仕事を辞めた母さんと、大阪の下町から兵庫県西宮の閑静な住宅街へ。古い公団から、義父さんがひとりで暮らす一軒家に引っ越しをした。
両親と兄弟は亡く、役所に勤めていて初婚。背が高く細くて、母さんより一回り上。義父さんは真面目で大人しく、母さんにとても優しいひと。
僕にも優しくて、これからどんな進路を希望してもいいよと言ってくれた。
だから、大阪の高校に進学しひとり暮らしがしたいとわがままを言えた。
母さんは反対し、義父さんが説得してくれた。僕は中三の一年間猛勉強し、合格出来た。
今年の四月から、僕だけ元居た公団近くに戻り。学校から徒歩五分築六十年のアパートでひとり暮らしを始めた。
母さんと義父さんは家賃が倍の新築のマンションを勧めたが、ゆずらなかった。負担をかけたくなかった。
今日、新築のマンションを勧められた意味が分かった。
学校から帰ると、僕の一階の部屋は水びたし。原因は二階の水もれ。家電と家具は全部死亡。
大家のおじいさんから大した謝罪もなく、アパートを取り壊して駐車場にすると言われたあと。
最後に言われたことに、とても腹が立った。
『これに懲りて、高校卒業するまでは実家で暮らして、沢山ご両親に甘えておきなさい。それが親孝行になるんだから』
……何も知らないくせに、馬鹿野郎。
僕は言い返したい気持ちをこらえ、アパートから歩いて五分ほどのバイト先に向かった。
元は酒屋で夜の九時に閉まる、住宅街の中にある小さなコンビニ。
平日は予習復習で無理、土日は朝から晩まで。夏休み中、予備校のあと夕方から夜九時まで毎日シフトを入れていたのに。
店長から、奥さんが入院したのでしばらくコンビニは閉めると言われてしまった。
とても謝られ、謝らないで下さいと残し、僕は配達のため店を出た。
小さなコンビニのお客さんはご老人がほとんど。重たいものからお弁当まで、頼まれれば無料で配達している。
配達をすれば皆お菓子をくれる。暇なときは勉強をしてもいい。廃棄のお弁当に奥さんが作ったおかずをくれる。
ひとり暮らしを始めて寂しさを感じなかったのは、バイト先のおかげだろう。そうぼんやり思ったとき、道に迷っているのに気付いた。
淀川通りを渡った住宅街。小中の学区外で詳しくない。
セミの鳴き声が耳を痛くし、雲一つない空からの光が肌をじりじりと痛くする。
僕は、配達するものがトイレットペーパーで良かったと思い、熱さでぼやけた景色を進む。
配達先は小学校の裏の家。何度か行ったのに、小学校の建物が見える道にさえたどり着かない。
二階建ての古い家、低いマンション、こんなところにと驚いたぴかぴかの高いマンション。
歩けば歩くほど、見たことのない景色。
暑く、熱くて、頭がぼんやりしてくる。
目の前、辺りでひときわ目立つ建物の前。ベンチを見つけて、座った。