89話 名付けは苦労するもの
こんにちこんばんは。
いつもよりちょっと短めですが、時間が無かったので仕方がないという事にして欲しい仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「タコス。」
「いいえ。イカ玉よ。」
「ニュクスが言うならイカ玉だね!」
「せめてイカなのかタコなのかハッキリさせません?イカ焼きなのかたこ焼きなのか悩むじゃありませんか!」
「いや、そもそも食べ物から離れようか?」
名付けだよね……?と確認するように呟く神様に当然だと頷く。しかし、それは神様にとって望ましい答えではなかったようだ。
何やら考え込んでしまった神様を放置し、台の上に陣取るイカタコを見つめた。
そのイカタコはあの時のサイズとはまるで違っていた。あの後、小さくなくてはついてこれないとイカタコに言ってみた。言ったところで何にもならないと思ったが、そうでも無かったらしい。イカタコは何かを考え込んだ後、周りの水を吸い込み出したかと思えば、ポンッという抜けた音を立てて小さく丸みを帯びた姿へと変化したのだ。その姿は腕で抱えられる程度の大きさであり、見た目はゆるキャラのように丸くプニっとしている。まん丸の黒い目がとても愛らしかった。
そして、この姿になったことでこのイカタコは陸での生活に適応するようになったそうだ。なんとも便利なことだと思ったものだ。
そうこうして一緒に住むことになり、イカタコの事も徐々に分かってきた。
まず一つ。餌は要らない。
「シャァ。」
「え。空気中の魔力を吸収するから要らない、ですか?」
「シャァ!」
そんな馬鹿なと思いつつ空気中に魔力の玉を作り出してみる。すると、イカタコは嬉しそうにピタリと張り付いた。これが分かったことの2つ目だ。イカタコは空を飛べるのだ。
海だけではないのかというツッコミはこの際置いておこう。この場合、重要なのは低コストで空を飛べるという事である、それ即ち……
「餌やりもお散歩も出来ませんね!?」
ガーンっと衝撃のあまり頬を押さえて固まると、神様から何を今更と言わんばかりに呆れた目を向けられる。
「うっ。だ、だってですね?楽しみにしていたんですよ……。」
「プティ……。」
「町中を引っ張り回されるのを!」
「そこ!?」
「ワシなら嫌だが!?」
勇気があるな……と呟くアイテールさんのことは放置し、そっぽを向く。
だって、絶対楽しいじゃないですか!下を走るイカタコの後ろを宙に浮いたままふわふわ移動するの!
むっすーと頬を膨らませていると、肩をちょんちょっと叩く気配を感じた。振り向くと何やら心配そうに私を見るイカタコの姿が。
イカタコにまで心配されるとはそれこそ飼い主失格だろう。首を振ってイカタコを見る。私の顔を覗き込んでいたイカタコはその真ん丸な瞳をうるうるとさせ、何処からか出てきた首輪とリードを差し出してくる。
「これは……?」
「シャァ……。」
「ま、まさか、お散歩をさせてくれるのですか……!?」
「シャァ!」
あまりにも健気な提案に嬉しくなり、抱きつく。ここまで飼い主思いのイカタコはそういないだろう。
「貴方は世界一飼い主思いのイカタコですね!」
「いや、そもそもイカタコ自体そういないからね!?」
「そもそも、あれはイカタコという名だったのか!初めて聞く種族だな!」
「名前じゃなくて一時的な呼称でしょ。姉さん。散歩の前に名前をつけなくていいの?」
「それもそうですね。」
何がいいだろうかと考えていると、そこへニュクスさんとへメラさんが降りてきた。
今まで2階で寝ていたらしい2人は目を擦り、眠そうである。
「何をしていたのかしら。」
「その子のお名前を考えるんだよ。ニュクス。」
ああと頷くニュクスさんにへメラさんはニコニコと笑って無邪気に口を開いた。
「ニュクスは何がいい?アタシはねぇ。アカかな!」
「名前であって特徴ではないわよ?へメラ。そこはイカよ。イカで十分だわ。」
胸を張ってなんとも言い難い名前を主張するニュクスさんにガイアさんは否と言った。いつもの眠たげな目線を真剣な表情に変え、ニュクスさんを見る。
「あれはイカではなくタコ。だからタコスがいい。」
こうして今に至るのだった。
ふと我に返り、割とどうでもいいやり取りのような気がしてきたが、やはり名前は大事かと頭を振って考え直す。
今のところ、名前の候補がアカ、イカ、タコ、タコス、イカ玉……まともなのが一つもありませんね!?
驚きの事実にこれはまずいとそろそろ真剣に考えることにする。
えっと、たしかイカともタコとも呼べる怪物の一つにクラーケンが居ましたね。
……あれ?このイカタコ、実はクラーケンなのでは……?ダイオウイカ説やタコ説なんかもありましたし。
「……イカタコじゃダメですか?」
「それこそそのまま過ぎないかな?」
「じゃあ、イカンタコで。通称カンタです。
どうです?カンタ。」
「流石に……」
少々単純な気もしたが、イカタコの間にンを入れてイカンタコはどうかと提案する。
神様も渋い顔をして否定しようとした。しかし、その前に反応した者がいた。
「シャッ!」
イカタコもとい、イカンタコという名になりそうな本人である。
思わず真顔になった神様がイカタコの顔を覗き込み、見つめてしまうほどには即答だった。
「え。いいの?」
「シャァッ!」
神様の問いに当然だろと言っているかのようにコクコクと頷き、スリスリと私に頬を擦り寄せて来る。その懐いている様子に頬を緩めて私もイカンタコの頭を撫でた。
ふふふ。可愛いですね。やはり連れて帰って来て正解でした。
こうして本人も納得しているということでイカンタコに確定したのだった。
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それから数日が経った頃。
「遅いですねぇ。ポントスさん。」
「シャァ……。」
なかなか来ないポントスさんに少し心配になる。しかし、あれだけぼんやりとした印象のあるポントスさんとはいえ、旧神である事に間違いはないのだ。
つまり、心配するまでもないはずなんですよね。いい大人のはずなので。
「姉さん。確かに心配だけど、ポントスなら大丈夫だよ。ポントスだからね。」
私の考えとは別の根拠から確信を持って言う空にどういう事なのかと首を傾げる。
すると、空は少し間を開けてから話し始めた。
「ポントスは海の旧神だからね。海なら海の生き物たちが仲間になるし、海に限らず彼は慈しむ者だ。何処の生き物であっても彼を愛さずには居られないんだよ。」
「つまり?」
「彼を害する者は全ての生き物の敵になるね。」
うわぁとその光景を思い浮かべて考えるのをやめた。どう考えてもまともな最期にはならないだろう。
とにかく、流石に迷子になっているなんてことは無いだろうと頭を振って考えを切り替える事にした。
それよりも今はやるべき事があったのだとカンタを見る。カンタはリードを持って私を見ていた。既に首輪は自分でつけたようで、リードの先を私に差し出している。どうやら先程から待っていてくれていたらしい。
「お待たせしました。では、カンタ。行きましょうか。」
「シャッ!」
私が手にリードを持つと、カンタは機嫌よく扉の外へと出る。
「では行ってきます!」
「気をつけて行ってらっしゃーい!」
「シャッ♪」
今日は不浄の街の気分だったらしい。出ると同時に下町のような雰囲気の漂う街並みをカンタは走り出す。それに合わせて私も体を浮遊させると、辺りの景色が吹き飛ぶようにグングンと過ぎ去っていく。
「あははっ!良いですね!もっと走って下さい!」
「シャァー!」
嬉しそうに私の掛け声とともに走り出したカンタはどんどんスピードをあげていった。
ここの所、この調子で散歩を続けているのだが、行き先はその時によって様々だった。基本的に神様のお店の扉はどの町にも繋がっている。
その結果、いつも同じ場所に出る訳ではなく、一番初めに扉を開いた人の行きたい場所に扉は通じるようになっていた。つまり、この街に出たのもカンタの気分なのだ。
その日その日によって異なる散歩の道に今日はどこに出るのか考えるのが一種の楽しみになっていた。
そして、カンタが満足するまで走り終えた頃。
「シャ……?」
カンタが何かに惹かれるように街の端の方を見た。そこは空島全体から見て真ん中の方にあたり、あまりにも空間が歪んでいるからと神様が近づかないように言っていた場所だった。
「どうしたんですか?カンタ。」
「シャ。シャシャッ!」
しきりにそこを指さすカンタ。何かを一生懸命伝えようとしていることは分かるのだが、何を伝えたいのかは分からない。
しかし、神様の言いつけを破るのは気が引ける。ここはカンタに我慢してもらい、後で神様たちと向かう方が良いだろう。
「神様達に声をかけてからにしませんか?私たちだけでは手に負えない可能性がありますし。」
「……シャァ……。」
思い出すのは独断専行をし、自分一人ではどうにもならなくなったアイテールさんの時の事だ。あの時は神様達が来るまで待てたが、今回もそうなるとは限らない。慎重に行くべきだろう。
そう思って提案したのだが、カンタはなかなか頷かない。やがて、渋々ながらも頷いてくれたが、本当に納得したのかは確信を得られなかった。胸騒ぎしながらも早めに散歩を切り上げ、神様のお店へと帰った。
「そんな事があったんだ。」
「はいです。なので、みんなで行きませんか?」
「そうだ……うん?カンタは何処に行った?」
「カンタならそこに……って、あれ……?」
先程まで居たはずのカンタの姿は忽然と消え去っていたのだった……って、何時の間に!?
次回、カンタは何処へ?
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




