88話 神は自由なもの
こんにちこんばんは。
ちょっとまだ分かりませんが忙しくなりそうな予感に毎日更新が厳しくなるかもしれない仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「お願い、ですか……?」
首を傾げてポントスさんと思しき人を見る。その人は綺麗に無邪気な笑顔を浮かべて頷いた。
『うん。おねがい。きみならできる、かんたんなことだよ。』
「姉さん。聞かなくていい。」
「空……?」
そっと被せられた耳元の手に何事かと後ろを見れば空が居た。空は真剣な目で少年を見ており、その後ろにいる神様に至っては何処か違う所へ視線を向けていた。まるで何かを探すようなその視線が気になったが、空の鋭い声に視線をそちらへと向けた。
「ねえ。ポントス。それは交渉材料になり得ないと知っているでしょ?どうして姉さんを巻き込もうとしているの。」
『……?たしかだから。』
「……なるほど、ね。キミたち旧神はやはり厄介な存在だよ。人の感情を客観的にしか見ない。神らしいけどだからダメだったんだってどうして気づけないんだ。」
肩を震わせてキッと睨みつける空は少年…もとい、ポントスさんの言葉に怒っているようだった。
こちらの質問に答えてもらうのだから交換条件があるのは当然のことだろうと訝しみ、理由を空に問おうとしたその時。
ガッシャァーンッ!と空間にヒビが入る音がした。まだ首輪も取れていないのに、だ。
「ちっ。姉さん。まずは首輪を外すよ。」
「はいです!」
どうして空が怒っているのかは分からないままになったが、今はそういう場合ではないだろう。慌てて首輪の鍵を外すと、ひび割れの向こう側にはやはりと言うべきかいつものように何かがいるようだ。
それは艶があり流線を描く愛嬌のある生物。縦に三日月形のヒレを持つそれは真っ赤な目をこちらに向けて叫んだ。
「キュァアアアアアッ!」
音が衝撃波となってこちらに飛んで来るが、亀の前で打ち消される。
ポントスさんを見ると、何処かぼんやりとしたままに手を突き出していた。どうやらやる事はきちんとやるタイプのようだ。
ひとまず攻撃は大丈夫そうだとホッとし、空を見る。同じタイミングでこちらを見た空はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、いつものをやろうか。姉さん。」
「そうですね。では、」
「「〈相称合体〉!」」
途端に翼に包み込まれる感覚の後、姿が変わる。あれからそう何度もこの姿になっている訳では無いが、今回も上手く合体できたようだ。
「紫光の女王!」
「ディージィー!いざ参戦です!」
ばんっと一応決めた決めポーズをとる。特に意味は無いが、やる気が起きるのだからやるしかないだろう。
どうせやるなら徹底的に、なのです!
キリッと前を向き、イルカを見定める。どうやら向こう側にいるイルカは好き勝手に泳ぐように移動しているらしく、未だに空間に漂う鎖がジャラジャラと音を立てて右往左往する。
その間に神様から刀を受け取り、刀から銛の形へと変更した。
「気をつけてね。」
「はいです!」
かけられた声に逃すことなく返事をし、かなり向こう側へと引っ張られた鎖の先へと目を向ける。イルカは先程までいた場所とはそう変わらない場所に居た。首周りに巻きついた鎖が増えていることから、器用に自分で巻き付けているのだろう。
先程動き回っていたのはそれが原因かもしれないと考えつつ、構えた銛を投げる。
「そぉれっ!」
「キュッ!」
銛に気づいたイルカが一吼えし、銛が体に突き刺さる前に叩き落とされる。ちっと舌打ちをすると、空も同じ気持ちだったらしく舌打ちが口から漏れた。
思いの外威力が強力だったそれに眉をひそめながらも銛に戻ってくるよう指示を出す。空中を漂うだけだった銛はクルリと方向転換し、私の手に収まった。
なんでしょう。この感じ。何かに似ているような……あ。犬っぽいんですね!これ!
すぐさま戻ってきた銛に何処と無く犬を相手にしているような気分になり、ヨシヨシと撫でる。すると、少し銛が震えた気がするのだから不思議だ。
「実はこれ、犬だったりしません?」
「プティ?変なことを言っている暇があったら早く倒そうね!?」
何を言っているのかと言わんばかりに叫ぶ神様に応え、今度は上に向かって銛を投げる。一瞬警戒したイルカが下手くそだと言いたげにキュッキュと嗤う。
思わず苛立ちかけたが、そこは2人の考えが揃わないと行動できないディージィー。表に出ることはなく、寧ろ今回は空の浮かべた表情であるニヤリとした不敵な笑みが浮かんだ。
「笑いたければ笑いなよ。後悔するのはキミだ。」
そう言うと同時に左腕を上から下へと振り下ろす。その姿を訝しげに見たイルカは最期に何を見たのか、感情豊かに顔を青ざめさせた。
「キュ……?キュゥウウッ!?」
そして、呆れるほど潔くこちら側とは反対の向こう側へと逃げ出した。あまりにも思い切りのよすぎる逃亡にポカンとしてしまったが、今のうちだと銛から針へと変化させて隙間をチクチクと埋めていく。
無事に修復し終えたひび割れにホッと息をつき、ようやく今回の旧神解放劇は終わったように思えた。
「さて、こちらは終わったことですし、先程のお話の続きと参りましょうか。」
ニコリと笑ってポントスさんがいた場所へと振り返る。しかし、既にその場にポントスさんは居なかった。
では何処にいるのかと辺りを見渡すと、亀の頭の上にいた。逃がすまいと近づこうとするが、どうやら空に行く気がないらしく、ちょうど首輪のあった辺りから動けない。
むー。仕方がありません。ここは合体を解除して向かうのです。
内心で肩を竦めながら合体を解き、ポントスさんのいる亀の頭の方へと近づく。残された空は静かにため息をつくと、私の後を追ってきた。どうやらとめるのを諦めたらしい。
「ポントスさん。先程のお話なのですが……あれ?」
覗き込むように仰向けになっていたポントスさんを見ると、目をつぶっていた。
「起きてくださーい。」
まさか眠っているのかと肩をトントンと叩いてみるが、起きる様子がない。
何度か繰り返すうちに諦めようかと考え出した頃、もぞりと体が動いた。これは起きてくれるのではとジーッと穴があきそうな程に見つめて待つが、すごく残念なことに身動ぎしただけだったようだ。
いい加減腹が立ってきた私はポントスさんの鳩尾めがけて拳を振り下ろす。
「起きて、くださいなっ!」
流石のポントスさんも物理攻撃には寝ていられなかったのか、眠たそうに目を擦りながら虚ろな瞳を私に向けた。そして、首を傾げる。
「……なに?」
「あのですねぇ?先程、お願いがどうのとか言っていたのはどうするんですか?」
呆れてじとりとした視線を向けるが、何度か瞬きをした後、すっと目を閉じた。そのまま深くなる息にあっこれダメなやつだと悟る。どうやらポントスさんにとって先程のお願いとやらはそれ程のものでは無かったようだ。これでは海に関する情報が得られそうにないとため息をつく。
しかし、それも仕方が無いことなのかもしれない。元々こんなところで知ることができるとは思っていなかったのだ。この世界のどこかにいるという確信を得られただけでも一歩前進だろう。
これから頑張るしかないとため息をつくのだった。
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扉から戻ってくると、そこには神殿が綺麗さっぱり消え去っていた。
「……あれ?ここってもしかして元から何もありませんでしたか?」
「そう言いたくなる気持ちも分かるけど、ちゃんと神殿があったよ。」
「ですよね……?」
あれー?と首を傾げると、未だにイカタコと戦っている3人の姿が見えた。
どうやらなかなか倒せないイカタコに腹が立って大技を繰り出した結果らしい。その割には本人たちに疲れた様子がないのだから、元々の能力がそれだけ高いのだろう。
一方のイカタコはというと……
「シャァ……。」
すっかり伸びきっていた。どこからどう見ても虐めているようにしか見えない光景に手を合わせて南無……と思わず唱える。それ程に酷い光景だった。
「もっとやる気出す。」
「そうね。どうして倒れ込んでいるのかしら。」
「そうだよ!せっかくアタシたちが遊んであげてるのに!」
淡々と冷めた目でイカタコを見るガイアさんに心底不思議そうに小首を傾げるニュクスさん。無邪気にプンプンという擬音語が似合いそうな雰囲気で怒るへメラさんと三者三様ではあったが、その3人に共通するのは相手を気遣う気がないところだろう。
流石のイカタコも無限に回復するとはいえ、体力が減らない訳では無いため、この状況も当然と言えた。
うーん。なんだか可哀想になって来ましたね。それに、イカもタコも嫌いではないんですよ。私。
「あの、イカタコさんを連れて帰ってあげても良いですか?」
「……えっ。何処に?」
「?神様のお店にですが?」
何を当然のことを聞くのだろうかと首を傾げると、神様は顔を引き攣らせた。
「いや、流石に僕の家に水槽はないんだけど。」
「そこなの?そもそも入らないよね?あれ。」
ちらりと空が後ろを見て呟く。確かにイカタコは全長5mにも及ぶ巨体だ。まず間違いなく入らないだろう。
しかし、問題はそこでは無いはずだ。キラリと目を光らせ、神様を見る。
「ちゃんとお世話しますから!ご飯もあげますし、お散歩も連れて行きますし!」
「えっと……?その世話は多分犬の世話だよ?プティは何を飼う気なのかな?」
むすーっと頬を膨らまし、神様を見る。神様は頬をかいてどうしたものかと悩んでいる様子だったが、やがてため息をついた。
「……仕方がないね。絶対にプティがお世話するんだよ?」
「はいです!」
「結局許しちゃうんだ……。やっぱり神様は姉さんに甘いね。」
ルンルン気分でイカタコの元へと近づく。
どうやら私が近づいたことでガイアさん達は攻撃することをやめたようだ。少しホッとしながらイカタコに触れる。
すると、イカタコは私の方へとその真ん丸な目を向けた。心做し、目からは疲労や諦観を感じ取れる気がする。
「お疲れ様です。貴方、私のところの子になりませんか?」
「シャァ……?」
何を言っているのか分からないと言いたげなイカタコに微笑み、足の一本を手に取る。
完全に回復するはずのイカタコの体は少し干からびたように感じた。
「たくさん攻撃されて辛くありませんでしたか?」
「シャァ。」
コクリと頷くイカタコに気分を良くし、さらに言葉を綴る。
「こんなふうに痛いのはもう嫌ですよね?やめたいですよね?」
「シャァ!」
必死に縦に頭を振るイカタコにそれはもう綺麗な笑顔を向けて話しかける。気分は悪の道へと誘惑する悪魔だ。
必死に頷く姿も可愛いですねぇ。
「では、私に付いてきませんか?」
「シャァ?」
「そうすれば、貴方はもう傷つかなくて済みますよ。」
「シャァ……!」
嬉しいと言わんばかりに抱きついてくるイカタコに押し倒され、流石にバランスを崩す。
「わっ。」
「姉さん!」
その瞬間、慌てて地面との間に空が入ってくる。そして、倒れ込んだ私ごとイカタコを持ち上げ、事なきを得たのだった。
「気をつけてよね。」
「ごめんなさいです。」
「シャァ……。」
こうして新たな仲間が加わった。名前はまた今度考えるとしよう。何がいいですかねぇ?
次回、イカタコの名付け大会
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




