80話 カフェには色々ある
こんにちこんばんは。
空の名前がカタカナの方が良かったよなと今更ながら思う仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「いらっしゃいませぇ!ご主人様方、お嬢様方♡」
如何にも語尾にハートマークがつきそうな甘い声に呆気に取られる。入ってすぐに出迎えたのは黒いミニのエプロンドレスやホワイトブリムなどを身につけた如何にもメイドカフェに居そうな女性だった。栗色の髪をボブにしたその女性に促され、店内に入る。
席についてメニュー説明をされたところでようやくハッと我に返った。どうやら雰囲気にのまれていたようだ。
「な、なんというか、凄いですね……!?メイドカフェ……!」
「まあ、こんなものじゃないかな。」
「あ!これなんか、オムライスに絵を描いて貰えるという噂の奴じゃないですか!」
「噂って何処の噂なんだろう……?」
あれ?プティって確か……と何やら考え込む神様は放置し、美味しくなる呪文付きだというオムライスを注文する。他のメンバーも何かしら気になるものがあったようで、あっさりと注文は決まって行った。
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「行ってらっしゃいませ!ご主人様方、お姫様方!」
なかなかに楽しめたメイドカフェを背にして次の階を目指す間、思い出すのは先程のメイドカフェでの出来事だった。
「思いの外、メイドカフェって女性でも楽しめるものなのですね。」
「姉さん。それ、いつの話してるの?最近だと女性3割、男性7割くらいには女性客が増えてるんだから。」
「それ、何処情報です……?」
なんで知ってるんだろうと思いつつも空だからと気にしないことにする。そう言えば、確かにあのお店の比率は女性客と男性客で丁度半分くらいだったと思い出し、そういうものかと納得した。
でも、それも納得ですねぇ。サービスだけでなく、料理も素晴らしかったですから。
思い出して思わずヨダレが出そうなあの光景を思い出す。淡い黄色が綺麗な昔ながらの薄焼き卵をスプーンで割るとトロリとした半熟の内側が姿を表し、それにチキンライスが包まれているという素晴らしさ……。
一口食べればしっかりした卵の食感とトロリとした白身にチキンライスのフワリとした柔らかな旨味が広がるあの味はお家では出せない味だと思った。
普段のオムライスでは感じられないほどの幸福感も感じましたし、あれはハマってもおかしくないでしょう。
しかも、描かれる絵がこれまた凄かったんですよね。リクエストしていいとの事だったので、神様を描いてもらったんですが、これまた可愛い感じにデフォルメ化されていまして。戸惑いながらも描いていただいただけにどうかとは思いましたが、食べるのが勿体なく感じたほどでしたよ。
その時のことを思い出して頬を弛めながら進むと、次の階が見えてきた。
看板には文学喫茶『本の虫』という表記がある。文学喫茶とはなんだろうかと思いながら足を踏み入れた。
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中には所狭しと本が壁に並べられ、まるで図書館のようだ。案内された席へと座り、メニューを見る。
ドリンクだけでなく食べ物もあるようで、実に多彩な種類が揃っている。
「そうですね。ここはコーヒーを頼みましょう。」
「コーヒーでも色々あるよ?どうするの?」
「む……。」
確かにコーヒーの欄には見たことの無い名前が並び、その横に甘さや苦味、酸味などのパラメータと一言の紹介が書いてある。
そして、そのうちの一つがなかなかにぶっとんだものがあった。それは全てのパラメータがMAXという見るからにエグそうなもの。興味が引かれて頼むことにする。
「では、夢見る少女で。」
「あー……姉さんは頼むと思ったよ。」
「だよね。僕はホットミルクとお助けヒーローで。」
やると思ったと言わんばかりになんとも言えない空気が流れ、神様はやれやれと飲みやすいと書かれた苦味の少ないコーヒーを選んだ。
「むぅ。それ、もしかして私用ですか?」
「そうだよ。」
「えー。飲めますってー。」
「うん。そうだね。ボクも姉さんなら飲めるとは思うんだけど、口直しが欲しくなるかもしれないからさ。」
念の為だと言われて渋々頷く。
そりゃぁ、念の為だったら強く否定するのも子供っぽいですし?ええ。そこは素直に頷くとしますよ。
ふいっとそっぽを向き、ドリンクが届くのを待った。
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「……。」
「姉さん。大丈夫?」
空に聞かれて首を横に振る。目を閉じた少女のような絵が魔法で水面に投影されているコーヒーの味は正直、壊滅的と言えた。
思わず無言になり、目線だけで神様に訴える。味の奔流にさらされた私は、その後大人しくホットミルクを飲んだのだった。
尚、空は平気そうに飲んでおり、少しムカッとしたのは秘密だ。
ぐぬぬ……!何も頼んでいないと思ったらこういう事でしたか……!悔しいですが、流石私の妹ですね!
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続いて訪れたのは学園喫茶だった。
どうやら部屋は全て個室であり、それぞれコンセプトが違うようだ。校長室に教室、理科室や保健室などなど、学校でお馴染みの教室がテーマにある。今回は教室を選んだ。
中へ入ると、そこはなんとも昔懐かしい光景が広がっていた。
「おおー!学校の教室です!」
キラキラと目を輝かせ、周囲の小道具に至るまで一つ一つ見ていく。
両側の壁にある大きい黒板と小さな黒板。大きい黒板側には教卓があり、小さな黒板側には持ち物を置けるように木の棚が並んでいる。
真ん中には1人用の机が5つ合わせられ、懐かしい給食スタイルとなっていた。
黒板にはチョークや黒板消しまで完備されており、既に誰が書いたのか蝶々や花などが描かれている。どうやら好きに書いていいということらしい。私もいざ書かんと思ったところで神様に声をかけられた。
「プティー。先に注文を決めようか。その後は好きにしていいから。」
「はーい。」
それもそうだと頷き、机の上に置かれていたメニューを見る。中には怪しげなビーカーに入った飲み物なんかもあったが、ここは懐かしの給食セットにする。そうですね……今回は揚げパンのセットにしましょう。
神様に注文を伝え、すぐさま黒板の前まで走っていく。この現在のサイズ感と言い、なんとも言い難い既視感があって余計に懐かしく感じた。
「よいしょっと。」
手を伸ばして何を書こうかと思案する。ここは神様を……と思ったが、客観的に見て私は絵が上手くは無かったのだと思い出した。
流石にそれは失礼だろうと猫を書くことにする。カツカツコンコンギィ……っと音を鳴らしながら描くと、少々崩れてしまったものの、上手く描けた気がした。
「プティ、それは何?」
「猫さんです!」
「……猫?」
「はいです。それがどうしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ。」
どこか戸惑った様子の神様は空に視線を送り、空は隣で首を横に振る。意味が分からず、2人をじっと見ていたが、やはり意味はよく分からなかった。
とりあえず気にしないことにし、黒板を振り返る。その端の方に小さく何かが描いてあるのを見つけた。
なんでしょう?これ。
不思議に思い、近づいてよく見る。
そこには、三角形とその真ん中に縦線を書き、右側にとあ、左側にでぃーという文字があった。
思わず無言になり見つめてしまったが、きっと気のせいだろうということにして見なかったことにする。
そこでキーンコーンカーンコーンというチャイムの音が鳴り響く。どうやら丁度注文のものが教室の前に届けられたようだ。
鳴らされたチャイムの音に従い、木製の扉を開ける。そこには銀色のワゴンがあり、5つのトレーが並べられていた。
「おおー!美味しそうですね!」
ワクワクと自分の頼んだトレーを手に取り、席につく。揚げパンは揚げたてなのか、余分な油が包み紙についていた。
……あっ。今更ですけど、食感を楽しめないなら揚げたてでも意味が無いですね!?
ガビーンと一人でショックを受けつつ、気持ちを切り替えてまずはブロッコリーとコーンのサラダを食べる。
どうやらドレッシングで和えたものらしく、ブロッコリー本来の味とコーンの甘みにドレッシングの酸味が合わさって美味しい。
「これ好き。」
そう言ってガイアさんが食べるのはミカンやパイナップル、モモといった砂糖漬けされた果物にひし形の杏仁豆腐がいくつか入っているものだ。先程から思っていたのだが、ガイアさんは甘党らしい。
「ガハハっ!なんとも上手く焼けておる!」
笑っているアイテールさんはハニーマスタードチキンを上手く啄んで食べている。正直、それで焼き加減が分かるのかと問いたかったが、本人が言っているのだ。恐らく分かるのだろう。
なんとも不思議なものだと思いながら私もチキンを食器で切る。このスプーンとフォークが一体になっている食器に懐かしさを感じつつも輪っかに運んだ。
「姉さん。その輪っかを机の上に移動させた方が食べやすいんじゃないかな?」
言われてハッとし、移動させる。確かにこの方が髪の毛を汚す心配をしなくていいことに気づいた。
「本当ですね!ありがとうございます!空!」
「どういたしまして。」
食べやすくなり、運ぶ手間が減ったことを喜んでお礼を言うと、空がニコリと笑った。神様からなんとも言えない視線を貰った気がするが、きっと気の所為だということにし、コーンスープの器をとる。
中には具が沢山入っており、コーンにジャガイモ、人参、カリフラワー、玉ねぎにベーコンが入っている。その昔懐かしい具材たちを楽しみ、給食と言えば海はこれが好きだったなと思い出す。私もこの味は好きですね。優しい味がします。
懐かしい味を堪能し、いよいよ揚げパンに齧り付いた。齧り付くというよりも消滅させる感覚の方が強いが、フワリと広がるコッペパンの甘みに油の風味、まぶされた砂糖の甘さが優しくもジャンクな味わいを更に感じさせる。
それを牛乳で流し込めば、砂糖の甘みと牛乳のコクが口いっぱいに広がった。
「美味です……!」
「確かに美味しそう。」
ある意味やはりと言うべきか、頬を緩める私にガイアさんがキラキラとした目を向けてくる。どうやら甘党のガイアさんが興味を持ったようだ。
揚げパンをちぎって差し出す。ガイアさんはそれを不思議そうに見つめた。
「えっと、味見します?」
「味見って何?」
よく分からないと首を傾げるガイアさんに本当に知らないという事実を察する。
神様ですし、味見するよりそれそのものを手に入れることが多かったのかもしれません。分け合うこと自体が無さそうですからねぇ。
「味を確かめてみたい時に分けてもらうことですよ。また注文するのも手間ですし、ちょっと気になるという時にオススメです。」
「なるほど。実に合理的。それならば貰う。」
そう言って一口サイズの揚げパンを口に入れたガイアさんは頬を弛めてニコリと笑った。
「これは美味しい。」
「ですよね!」
ガイアさんと互いに笑い合い、少しばかり距離が近くなった気がした学園喫茶だった。
次回、鳥カフェ騒動
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




