72話 こだわりはどこまでも
こんにちこんばんは。
急な寒さで頭が回らない仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
50階層をクリアした後、雲の階段を降り、51階層へと進んだ。そこにも50階層と同じ青い空が広がっていた。足場らしい足場は徐々に減っている。
どうやら階層が進む事に飛べないものにとっては動きにくい構造へと変化しているようだ。
「神様。案内して貰ってもいいですか?
足場を辿ってもたどり着けそうにありませんし。」
辺りを見渡して壁らしき壁もないことにため息をつく。今までもそうだったのだが、このダンジョンには壁らしい壁がない。あるのは近づくと弾かれる透明な壁だけだ。50階層では近づくと分厚い雲におおわれるようになったため、ここでもそうなのかもしれないが。
「ああ。構わないよ。じゃあ、僕の後をついてきて。」
着いてくるようにと言う神様の後をピッタリと着いていく。何せ、ここの壁は近づかなければ見えないのだ。上に壁があるかもしれないという疑惑もあり、神様の後ろから離れないように意識するべきだろう。
……いえ、ここは本当に神様にピタリと張り付くべき、ですかね……?
考えれば考えるほどにそれがいいかもしれない。いや、それしかないと思えた。うんうん。その方が頭をうつなどの危険性も低くていいですよね!
ワクワクとした気分で神様に近づく。……と、そこで神様が立ち止まり、私の方へと振り向いた。
「ヘプッ!?」
丁度神様の肩の辺りにぶつかり、何をしているのかと言いたげな神様の視線に目を泳がす。しかし、それはどう考えてもあからさますぎるかと今度は神様に向けて笑顔を作ってみる。神様は当然のように白い目で私を見た。
……うっ。絶対これ、アホの子だっていう視線ですよ!?神様にそんな目で見られたくないんですが!
一周まわって腹が立ってきた私は頬をふくらませ、プイッとそっぽを向く。ちらりと視線を戻すと神様は苦笑いを浮かべていた。
それを見て頬を緩ませる。ちょっとした事でも受け入れてくれているようなその顔が私は好きだと思った。
うん。いいですね。なんだか安心します。
ボーッと見惚れていると、そこへ空から声がかかる。
「おーい。何してんの?2人とも。」
「ハハハ!仲良しだな!」
言われてバッと視線を外す。神様は今も苦笑いをしていた。ぼんやりとしていたのは私だけだったようだ。
なんだか恥ずかしいですね……。よし。今のは無かったことにしましょう!
何も無かったことにし、前へと進む。神様はやはり苦笑して私の前を再び歩き出した。
そうして進んでいると、後ろから不思議そうなガイアさんの声が聞こえた。
「……弟と同じ考えは不服。しかし、心が通じ合うのはいい事。さっき邪魔したのなんで?」
「しーっ。ガイア、こうでもしないとあの2人は止まらないんだよ。困るだろう?進まないのも。」
「理解した。それならば今度から2人の間に入る事にする。」
なんだかとんでもなく不服なんですが……!?
頬を膨らませるという密かな反抗を示しつつ神様の後をおった。空のバーカッ!
・
・
・
「ここが次のショートカットですか?」
分厚い雲のトンネルを見つけて言う。覗き込んだ先は真っ黒であり、白色だった雲は灰色、黒へと徐々に変わっていく。そのグラデーションはごく自然のものに見えたが、下の方で何やら光る線が見えるのが不吉だった。
あー……なんだか、雷に見えますね……?
私の問いに神様は頷き、補足の説明をしてくれた。
「そうだよ。ここを降りると一気に25階層分降りることができるらしいんだ。」
「えっ。そんなに一気にですか?」
今までは多くても15階層程だった事を思い出し、驚く。これ程まで大きい大空洞はそうないように思えた。
「驚くのは無理もないかな。この大空洞が見つかった時もかなりの大騒ぎだったらしいから。
他のダンジョンでもそう見ない程のものだね。」
「という事は、ここは既に通った人が居るということですね。」
ジーッと期待を込めてみる。何を求めているのか察したらしい神様は笑顔を引き攣らせた。
あー。これは頷いてくれそうにありませんね。
案の定、返ってきたのは私が欲しい言葉とは逆の言葉だった。
「そうなるね。でも、相手は直接見た方がいいんじゃないかな。」
「うむ!そうだな!早く下へと降りるとしよう!」
「こら。バカ鷲待ちなさい。」
次々と下へと降りていくアイテールさんとガイアさんに一瞬ポカンとした後、一つ溜息をつき、神様をちらりと見る。ここはあえて冷たく接するのもありかと思えた。
少しぐらいは後悔したら良いのですよ!
「それでは、先に行ってみてきますね。ついでに倒してくるので神様は待っていてもいいですよ。」
「じゃあね。神様。ボクも姉さんについて行くよ。」
「えっ。ぼ、僕も行くよ!?」
慌ててついてくる神様にやれやれと肩をすくませ、どうせ何も分かっていないんだろうなと思った。
……まあ、神様は特に鈍感な方ですし仕方がないんでしょうけどね。
そう考えながら見えてきた底に目を注視する。既にガイアさんとアイテールさんがヤギの胴体に鷲の頭をもつ相手と対峙していた。尚、ヤギの胴体を持ちながらも立っているのは地面ではなく宙である。
空を駆けるこの敵はどうやら鷲の皮を被っているのではなく、本当に頭であるらしい。以前はあった隙間が消えて張り付くようになっていた。……あれ?でも、もしかしたらピッタリとくっついているだけで薄皮である説は拭いきれませんよね?
ふとした思いつきが気になり、2人に声をかける。アイテールさんは翼に魔力を纏わせ、ガイアさんは静かに相手を見据えていた。
「ガイアさん!アイテールさん!その頭って偽物ですか!」
「うーん。そこを気にするのってやっぱりプティって変わってる……。」
私の声に2人が振り向いた。後ろで何やらボヤいているがそこは気にしない。変わっているのは既に自覚している。今更神様に指摘されるまでもないのだ。
ぼんやりとした目を私の方へと向けるガイアさんは小首を傾げて相手を指さした。
「これは薄皮がついてる。剥がす?」
「はい!素顔を見たいです!」
「いや、流石に可哀想だと思うんだけど!?」
「ガハハッ!では剥がすか!」
神様のツッコミも意に介さず纏った魔力を相手の頭に衝突させ、頭を纏っていた薄い膜を消し去る。
その下には嘴を持つ角のないヤギの顔があった。……なんとも珍妙な素顔がありましたね。
剥がしてもらうようお願いしておきながらなかなかに酷いことを考えていると、それを見た神様は頬を引き攣らせていた。
「流石旧神……慈悲がないね。」
「この程度で慈悲とか言う神様は相当甘いね。少し考え直した方がいいんじゃない。」
優しくないとボヤく神様に、空の言うことも確かだと思った。何せ、この人はその慈悲がないはずの旧神達の父親なのだから。
うーん。確かにこの甘さが神様らしさなわけですが、どうしてこの人が父親で旧神達のような方々が生まれたのでしょう?もしかして、神様って実は教育に関与していなかったんですかね?
そんな事を考えていると、薄皮を剥がされた事に驚愕して動けずにいるヤギにガイアさんが鋭い石の刃でトドメを刺していた。
「終わった。」
「お疲れ様です。ガイアさん。」
「ええ。お疲れ様。」
淡々としたガイアさんの様子に聞くなら今かと声をかける。アイテールさんはガイアさんの頭にとまろうとして叩き落とされていた。
「あの、ガイアさん。神様って生みの親ではあるんですよね?」
「そう。でも、育ての親は違う。」
「それは……?」
尋ねようとした時、そこへアイテールさんがガイアさんの頭へと狙いを定め、滑空してくる。それをガイアさんは土の壁を作り出して回避した。
「ギャッ!?」
凄い速さで突っ込んだアイテールさんは短い悲鳴をあげて落ちていった。大空洞を更に下へと落ちていくアイテールさんを心配しつつもまた戻ってくるだろうと気にしないことにした。
因みに、ここの足場は踏み外すと何処までも落ちていく事となる。何度かアイテールさんはガイアさんに叩き落とされる度に戻ってきているため、もうそこまで慌てることは無かった。
「アイテールも飽きないね。そろそろ学習したらいいと思うんだけど。」
「あははは……。」
やれやれと言いたげな空に神様は苦笑し、全くだと私は呆れて頷いた。
本当、どうしてアイテールさんって無謀なことをするんでしょうね?よく分からないです。
そうして暫くそこでアイテールさんが戻ってくるまで待ち、大空洞の雲の壁が続いていた下へと続くトンネルを進む。
その先は今までとは様子が一変し、荒れた空模様へと変化していた。やはり上から見た時の変化は勘違いでは無かったらしい。
今まで存在していた足場の雲は今にも雨が降り出さんばかりの灰色に。行く手を阻む空気の層はビリビリと帯電し、触れるだけでも行動不能に陥りそうな程である。
「おー。これはまた凄いですね。」
「落雷に気をつけてね。時折ランダムに落ちてくるから。」
ほらと言って神様が指さした先へと雷が落ちていく。落ちた足場で消えるのかと思えばそうでもない。落ちた雷は雲の足場をグルグルと回転し、その足場は使えないものとなってしまった。
「わぁ……マジですか。」
「マジだよ。というか、プティにはあまり関係ないんじゃないかな?」
「いえ、それとこれとは別ですよ。私、雷は苦手なので。」
そう言った途端に落ちる雷にビクリと肩を震わす。唐突に落ちる雷はやはり私にとって天敵と言えた。
いや、どうにも好きになれないんですよ。音は大きいですし唐突に降って来ますし。……まあ、雷ってそういうものなんですけどね?ええ。分かってはいるんですが……。……海も、嫌いでしたし……。
思い出してつい暗くなった思考を頭の中から追い出す。考えなくてもいいことをつい考えてしまうのは私の悪い所だと既に理解はしていた。それよりもと視線を神様に向ける。今は聞きたいことがあった。
「ここからどうやって進むんですか?
確か、攻略が進んでいるのは75階層までですよね?それも、一度だけ。」
神様から聞いた話を思い出す。一度だけ攻略の進んだこのダンジョンはそれ以降誰も50階層の壁を超えることが出来無かったのだと聞いた。
75階層へと到達したのもゼウスファミリアが攻略に乗り出していたからだとも。
つまり、その結果が指す事実はまず間違いなく今までの敵よりも圧倒的に強いという事だ。それに、地図すらない。その状況で先に行くのは無謀とも思えた。
「そうだね。だから、ここからは慎重に行こう。」
「了解です!」
真剣な顔で頷く神様に敬礼をしてニコリと笑う。その後ろでこんな会話がされていたことを私は知らなかった。
「何言ってるんだろうね?あれ。神様なら余裕なのに。」
「分かる。我らが父は嘘つき。」
「うむうむ。だがしかし、人に紛れるには必要な嘘なのであろう!仕方があるまいよ!ガハハハッ!」
「「うるさい。」」
「む。そうか。すまない……。」
次回、魔の75階層?
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




