71話 確認は再度すべし
こんにちこんばんは。
フィールドの描写とか悩む仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「これで50階層……確か、この辺りで中ボスが出てくるんですよね?」
「うん。そうだよ。ボス部屋自体はもう少し先かな。」
下へと通じる雲で出来たトンネルを降りると、そこには青い空が広がっていた。上も下もだだっ広い青が存在し、他には足場となる雲が点々としているだけのその場所は景色としては見ていて良いものではあるが、ずっと居ると自分が何処にいるのかを見失いそうになる。道無き道とは言うが、これこそ正に道の無い場所ではないだろうか。
そういった理由からもこの場所はまだ踏破されていないダンジョンであるとの事だった。
そして、100層あるこのダンジョンは10階層毎にボスがいるのだが、丁度半分となる50階層には特に強く関門となるボスが居るらしい。そのボスのことを中ボスと呼ぶのだとか。
因みに、これはそれ以降の敵が弱いという訳では無い。それまでに比べて圧倒的に強いが故に関門となるだけであって、50階層を過ぎて更に下に行けば行くほど敵は強くなる。ここからが難所でもあった。
まあ、今までの敵が正直蜥蜴さんか火祭鶏くらいの強さでしか無かったので、なんとも言えませんけどね。
恐らく、ここに来る前のあの関門はここでも通じるだけの実力を身につけるためなのだろうと想像して納得する。とはいえ、その理由までは知らないが、神様が説明の必要がないと判断したからだろう。……まさか、またうっかりだとか……ち、違いますよね!?
「違いますよね!?神様!」
「えっ。何が!?」
思わず過ぎった想像に心の中で叫ぶと、声にも出ていたらしい。神様がこっちを見てツッコミを入れた瞬間にハッと気づいた。
うっかりしていましたね。でも、これは聞いていいものか……。どうしたものかと悩んでいると、後ろにくっついていた空が助け舟を出した。
「あぁ。それは確認した方がいいと思うよ。姉さん。それ、必須事項だから。
多分、姉さんが知らないのは神様がうっかりしていただけか、言おうと思って言えていないだけかのどっちかだし。」
「だから空!心の声に反応しないでくれませんか!?」
「あ。ごめんね。姉さんが困っているみたいだったから、放っておけなくて。
ガイアとアイテールの相手はボクがしておくから、2人できっちり話してみなよ。」
そう言って去っていく空の後ろ姿を見て悪気のない空の様子にそれ以上引き止められず、仕方がありませんねと妥協する。それを神様はなんの事だろうかとおろおろとしながら私が話を切り出すのを待っているようだった。
まあ、空からのお墨付きも貰いましたからね。ここは切り出さないといつ切り出すんだって感じでしょうか。
息をひとつ吸って吐き、ニコリと笑って口を開く。そうすると少しは緊張も解れる気がした。
「あの、神様。下からこちらへと上がってくる時の話なんですが。」
「それがどうしたんだい?」
「えっと、その時に必要なのって、多分強さだと思うんです。あの神様からの試験を合格するのも、門番を倒すのにも力が必要だったと思いますから。
でも、その強さってどうして必要だったのかなって思って。あの、それがどうしてですか?と、聞きたいといいますか……。」
上手く言葉では表せず、正直神様に私の尋ねたいことの意味が伝わっているのかは分からない。しかし、真剣な表情で聞いてくれる神様の様子に少し安心して言葉を重ねる。
神様は少し間を開けたものの、やがて話し出した。
「……そうだね。ごめん。これは確かに話しておくべきことだった。でも、その勇気が僕にはなかったんだ。
空君に背中を押される形になったことに関しては釈然としないけど……分かった。言うよ。」
覚悟を決めた目で私を見る。余程言いづらく、空に言われなければ言う気がなかったともとれるこの言葉からどれほど重要な事なのかと神様の言葉に耳を傾けた。
「このゲームは医療用だとは既に説明したよね?」
「はい。そして、こちら側は一般用だとも聞きました。」
「そう。だけど、どちらも医療用として使用するプレイヤーには共通点があるんだ。」
「共通点、ですか……?」
首を傾げて神様を見る。神様は静かに頷いて更に言葉を紡いだ。
「そう。それは、一度死ぬとステータスが元通りになること。」
「元通りという事は、つまり、一番初期に戻るという事ですかね?私で言えば人形に戻るみたいな。」
「その認識であってるよ。
そして、ここからが重要なんだけど、実は今、こっちの世界で死ぬと2通りの選択肢を選べるようになっているんだ。」
2通り……?と反芻して考える。それは一つ目ではなく二つ目への不安が強かった。どちらにせよ、ペナルティなのは間違いがない。
一つ目はステータスが初期化される事だとしても、それ程躊躇うようには思えない。ならば、二つ目がそうである可能性の方が高かった。
「一つ目はステータスの初期化だとして、もう一つは何ですか?」
「もう一つは……ステータスはそのままだけど、この世界で過ごした記憶が全て下で過ごした記憶に置き換わり、こちらで出会った人々の記憶も全てこちらの住民と過ごした記憶に置き換わる。
一種の記憶喪失だ。」
言われて固まる。キオクソウシツ……?何度記憶を確かめてもその言葉が頭の中をグルグルと回り、おかしな事だと心のどこかで叫び続ける。
そう。おかしな事だ。ゲーム内で記憶喪失になるなんて。……でも、その実体験を既に私はしているんですよね。
笑えない事実に確かに空の言う通りだったと、後悔するでもなしにただそう思った。これは知っておかなければいけないことだ。
しかしながら、知らないままでいた方が良かったかもしれないという思いもあり、確かに神様が悩んだ気持ちも分からないでもなかった。
「……そう、ですか。」
「ずっと言うべきか言わないべきか悩んでいたんだ。知らなければ君は幸せだったかい?」
何処か試すような神様の目線に首を振る。
それは神様が後悔しているように見えたから気を使ったとかではなく、本当に今知れて良かったと思ったからだ。
世の中には知らない方が良い事だってあるのは知っています。でも、私は……。
「知らなければ良かったとは思いません。
私は知っていたいです。もう知らないフリなんてしたくない。私は誰かのお人形にはなりたくありません。」
「お人形っていうのは言い過ぎだと思うけど……。」
「いいえ。言い過ぎじゃないです。既に言った気もしますが、誰かが描いた通りに私が過ごすならそれは私の選択ではありませんから。
全てを知った上でお気楽に過ごすのと知らずにお気楽に過ごすの。傍から見て印象が変わりませんか?」
想像してみて理解したのだろう。納得したように頷いた神様はそれなら良かったと肩の荷がおりたように気の抜けた笑顔で笑った。
丁度そこへガイアさんとアイテールさんを連れて空が戻ってきた。話が終わったのが分かったのだろう。
「ちゃんと話はついたみたいだね。」
「はいです。話の機会をつくってくれてありがとうございます。空。」
「いいんだ。姉さんのためだからね。」
さあ、行こうかと行って先に進む空の後に続いて進み出す。今の話を聞いて死ねなくなったという思いはあれど、敵に挑まないという選択肢は私にはなかった。
記憶喪失になるだのステータスが初期化されるだの、また初めからやり直せば良いだけであることを私は知っていますから。
過去に記憶喪失になったことを思い出しながらそんな事を思った。
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「ここだね。」
そう言って神様が立ち止まった場所は周りが分厚い雲で覆われたトンネルだった。その先には重厚そうな両開きの扉があり、向こう側に中ボスが待ち受けているのだろう。
尚、分厚い雲といっても触れば弾力があり、ただの雲ではないことが分かる。
その場の全員で目を合わせて頷き、扉を開いた。
「グァォオオオオオオッ!」
入ると途端に聞こえた咆哮に立ち竦む。そこには翼を持つ鷲の頭を被った虎が居た。……だから、その鷲の頭縛りは何なんです?ねぇ。
思わずツッコミながらも、それにより怖気ずいた体がむしろ弛緩したのを感じ、結果オーライという事にした。……関係ないかもしれないが。
時間が少しあいたから説もありますからね。それはさておきっと。
「神様。ちょっと首を狙ってみてもいいですか?」
「え。まだやる気だったんだ。」
「え?当然ですよね?」
そっか、当然か……と何処か遠くを見るように呟く神様は放置することにし、こちらへと向けて走ってくる虎に向けて魔力糸を伸ばす。走るように空を駆ける虎は途端に翼を広げてブレーキをかけ、上空へとひらりと跳躍した。
虎にも魔力糸は見えているのかと理解し、すぐさま糸を分裂させる。
それをもちろん、全方向から挟み撃ちするように追い込むと、虎は意識せずに用意していたそれへと突っ込んだ。確認したと同時に実体化させ、反魔力化を解く。
「グァッ!?」
反魔力化によってすり抜けるようになっていた糸が虎の至る所へと突き刺さっていた。
もちろん、それは浅いながらも虎の首にもくい込んでおり、右へとスライドさせることで徐々に切れ目は大きくなっていく。虎はジタバタともがくが、糸によって宙に縫い付けられた体は身動きすればするほどに切れていく。それを待つまでもなく糸を引っ張り、引き寄せた。
その結果、何が起きたかと言えば考えるでもない。
「グァォオオオオオオオッ……!」
上下に走る糸に虎の体は耐えきれず、断末魔をあげながら虎の体は細切れになった。
これで中ボス退治は完了です……って、
「あー!首を切ることが出来ませんでした!?」
「いや、気にするところそこ!?僕も思ったけどさ!?もっと他に何かあるよね!?」
「え?ありませんけど?」
「あはは。神様は分かってないね。姉さんだって年頃の女の子だよ?細切れよりも糸の一回で済ませたいに決まってるでしょ。」
「いや、決まってないよね!?あれ!?おかしいと思ってるの、僕だけ!?」
何やら神様がツッコミを入れているが、そこは気にしない。空とハイタッチをし、中ボス戦はあっさりと終了した。
「ワシらの出番はなかったな!」
「当然。彼らは強い。そのつもりでいるべし。」
「そうか!仕方がないな!役に立てそうな時は盛大に活躍するとしよう!」
「盛大なのはいらないと思う。」
次回、続・ダンジョン攻略
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




