57話 規模はおかしいもの
こんにちこんばんは。
タイトルを考えるのが面倒臭くなって来た仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
『さあ!いよいよ第4競技!巨大玉転がしが始まります!実況はラパン・アルビーナと!』
『アルテミスのマスター、月光院ルカの解説でお送りするぜ!』
ニパッと笑う元気いっぱいの月光院さんにあちこちから黄色い歓声が上がる。どうやら、彼女もかなり人気があるようだ。
まあ、見た目からしても庇護欲をそそられますしね。
そう考えながらも、目の前にある2つの巨大な球から目をそらす。どこからどう見てもおかしなサイズの球に、これはどうしたものかと思った。
……と言いますか、これ、どう頑張っても押しようがないですよね!?
恐らく直径400メートルはあるであろうその巨大さに顔を引き攣らせる。この空間は狭くしたり広くしたりといったことが出来るのか、今は向こう側までおよそ2kmほどの距離感になっていた。徒歩で片道およそ30分ほどかかる計算である。本当に意味が分からない。
ついでに言うと、どうしてこれを神様がオススメしたのかも分からない。
……そう言えば、この競技は私が神様に参加しても良いのか尋ねたんでしたっけ。
ぼんやりと思い浮かべ、そう言えばそうだったかもしれないと思い出す。とはいえ、止めてくれたっていいとは思いますけどね!?と、逆ギレ気味に内心で叫んだ。……まあ、叫んだところでどうしようも無いんですが。
『ルール説明をします!
この競技では向こう側の壁まで球を転がし、元の位置まで戻ってくるまでの時間を勝負します!
ただし、2秒間手が球に触れていなかったり、触れている人の足が地面に着いていなかったりした場合は二秒経過前の地点からやり直しとなり、笛が鳴ります!気をつけてください!
また、魔法で球を動かすのはありですが、対戦相手に攻撃するのは原則禁止とされています!』
『つまり、基本的に球は手で押して、妨害するときは相手の球の前に氷を置いたり、山を作ったりして止めろってことだな。
確か……前回は球を壊そうとしたバカがいたんだったか。』
『あはは……。アキトさんも凄いことを考えましたよね。』
『いーや。あれはバカな事だったよ。あのバカのせいで、ただでさえ時間のかかる競技がやり直しになったんだし!』
今回はそんな事すんじゃねーぞ!という声に周りを見ると、そこには苦笑いを浮かべる人たちが居た。
どうやら、アキトさんを月光院さんがバカバカ言うのは今に始まったことではないらしい。
アキトさんにあそこまで言えるのはマスターだから、というだけではなさそうですね。確かにアキトさんなら私がキツく言っても怒らないでしょうけど、それは怒らないだけですから。
何かしらの事情がありそうだと考えていると、カウントダウンが始まる。玉入れと同じく参加者の全員で行われるこの巨大玉転がしでは、大きさからして200人ほどは押せるが、残りの300人ほどが暇を持て余すことになるようだ。
一先ず、球の上に座って開始を待つ。どうせ地面に足が触れているという条件を満たせないのだ。それならばこちらの方がマシだろう。
「姉さん。下に行かなくていいの?」
「うーん。多分、今行っても押せませんし。私、小さいですしね。良いんですよ。」
隣に佇む空に尋ねられ、そう返す。すると、空は顰めっ面になって何かを考え始めた。
どうしたのかと考え、先程の言葉は少々投げやりすぎたかと思い至る。とはいえ、そうとしか返しようのない問いであったためにこの展開は防ぎようがなかったのだと思った。
それに、空ですしね。言うまでもなくだいたい私のことは把握している気がするんですよ。
そんなやり取りをしている間に、カウントダウンが0になる。途端に勢いよく動き出す球に慌てて球から離れ、魔力糸を伸ばした。こうしていれば多少のブレーキにはなるかと思ったが、残念なことにやはりこの球も籠と同じもので出来ているらしい。素通りする球にコントロールする事を諦め、地面に魔力糸を張り巡らせる。
そして、加速しそうな時や真ん中から外れる時に魔力糸の魔力を反魔力にし、調節する。するすると一定の速さで進む白組の球に対し、前方には大量の魔法が投げられるがその尽くを跳ね返す壁ができていた。
「汝は万物の壁となるものなり!〈土魔法:大壁〉!」
『おおっと!?ヨッダさんが作る壁が飛んでくる魔法を打ち消していきます!流石デメテルのマスターなだけありますね!』
『まあな。餅は餅屋って言うだろ?とはいえ、流石ヨッダさんだな。あそこまで完璧な土壁は初めて見たぜ。』
『あれ?先程、カオスファミリアのガイアさんもかなり素晴らしい壁を作っていたと思うのですが。』
『いや、あれは土壁じゃねぇ何かだ。だから、あってんのさ。』
月光院さんの言葉にラパンさんは首を傾げ、私は背筋に冷たいものが流れる。いや、流石にバレたとまでは思わないものの、真実にかするような言葉を言われてヒヤリとしない者はいないだろう。
なんというか、随分と勘のいい方はなんですね。可愛い見た目をしていながら少し怖い人です。
「……相変わらずだね。」
「……?どうしました?」
「いや、なんでもないよ。それより、ボクは向こう側にちょっとお邪魔してくるね。」
何かを呟いた空に尋ねるものの、誤魔化すように赤組の球へと向かっていってしまった。
どうしたんでしょう?変な空ですね。
不思議に思いつつもそういう事もあるかと前を向く。一方の空はというと、赤組の球を蹴って妨害していた。
「月に叢雲花に風。〈シレネ〉!」
「うわっ!?全然進まねぇ!?」
「何この花……!」
巻き起こる花の嵐に驚く人々は、次に動かない球に動きを止める。そんな中、冷静な人もいた。
「海は全てを呑み込むもの!〈呑海〉!」
何処からか現れた大量の水によって空の花は流されてしまったのだ。それだけではなく、赤い球の前方に大量にあった障害物が次々と押し流されていく。それに合わせて球も加速していくが、慌てて走り出したところで加速する球はそれ以上の速さで進んでいく。
ゴロゴロと物凄い勢いで転がっていき、やがて壁に激突した。
『大きくコースを外れ、壁に激突した赤玉!これはやり直しでしょうか!?』
『まあ、やり直しだろうな。あの状況で地面に足が付いていて手が球に付いているなんて……あっ。アイツがいたか。』
『え?』
何を見たのかそう呟く月光院さんにラパンさんはどういう事かと戸惑っているようだ。
興味が湧き、赤い球の下を見る。そこには人影があった。
「うっ……ここは……?」
辺りを見渡し、何事かと言いたげな大柄の男性。人の良さそうなその顔にどこか見覚えがあった。
確か、あれは黒闇天ファミリアのオーダさんでしたっけ?運が悪いことが起きたあとに何か良いことが起きるという。……もしかして、回転する球に巻き込まれた後、ずっと手だけは触れていて、しかも転がっている間も定期的に足が地面についていたという事でしょうか!?
進む白組の球をある程度コントロールしつつ見守ると、審議の結果、壁にぶつかったところから開始することになった。本当に定期的に手と足がついていたらしい。
もはや運とか関係ない気がしてきますよね。それ。
何はともあれ、暴走した赤組に比べてこちらは200メートル程出遅れている。いくら真っ直ぐのレールから外れたとしても戻るのは直ぐなのだ。こちらも何か考えなければならない。
正直、これでもかなり精一杯の速さなんですよね。ほぼ完全な球体なのか、少しでも押すとコロコロ転がってしまうので、障害物さえもはやブレーキ役と言っても過言ではないほどです。
しばらく何かないかと考え、一つの案を思いついた。
そうですね。これなら……。
「空!」
「何?姉さん。」
「ちょっと、やりたい事がありまして。」
遠くにいた空を呼び、ニヤリと笑う。空は愉快そうに口元を歪ませた。
さあ、皆の反応が楽しみですね?
・
・
・
「さぁ!ゴーゴーレッツゴー!なのです!」
わははと笑いながら球を転がす。既にターンを終え、ゴールするだけとなっていた。
「いや、マジで何してんの?嬢ちゃん。」
「え?玉転がしですが?」
「いや、だから、その姿とかなんで浮いてても判定はオーケーなのかとか、色々あんだろ?」
「色々あっても疑問に答える必要は無いよね?」
「それこそ、俺らの仲じゃねぇか。」
「どんな仲でしょう?覚えがありませんね。」
「うわ。ひでぇ。ぜってー。他の奴らも疑問に思ってることなのに。」
ボヤくようにそう言ったアキトさんを見て、それもそうだろうと内心で苦笑する。というのも、今の行動によるものが原因だった。
現在、私は空と相称合体をし、紫光の女王と呼ぶことにした人形を操っている所なのだ。……それも、空中に浮かんで。
そこは普通に転がせと思うかもしれない。ルール上では勿論、手は球に付け、足は地面に付けなければならないのは分かっている。
しかし、そこは本体がリングである私だ。リングに手はあるのか、足はあるのかと考えて行き着いたのは魔力糸が手足判定を得ることができるんじゃないかということだった。
実際にしてみると大当たりでなんとも言えない気持ちになりましたけどね。
念の為にと可視化させた魔力糸をペタペタと地面につけ、魔力糸の先を反魔力にする事で球に触れるようになったそれを手のように動かす。パッと見は気持ち悪いかもしれないがそこは気にしない。
『エンプティさん凄いですね!何をどうしたらアレだけの数の触手?を動かせるんでしょう!』
『演算能力がずば抜けてるんだろうな。
ちょっとでも逸れたら周りから囲むように押して戻すし、不自然な白組の球の軌道もこれがタネだったんだろうさ。
あと、アレを触手と呼ぶのはなんかヤダ。』
『あー……まあ、他に呼びようがありませんからね。』
『糸みたいなんだから、魔力糸で良いだろ?』
『なるほど!エンプティ選手の魔力糸によって差を縮めていく白組!果たして勝利はどちらの手に!?』
白熱していく最後のデッドヒート。赤組も速度を上げて逃げようとするが、持続的な速度はこちらの方が上だ。
と、そこで何処からか大柄な男性が現れた。
「〈破邪円月〉!」
身の丈ほどありそうな大剣を振り回し、くるりと魔力糸を切り取る。
しかし、2秒経てども元の位置に戻すよう警告音は流れない。
『ど、どういう事でしょう!?確かに魔力糸は切られているはずですが!?』
『システムの異常……じゃないな。
うーん……?お。なるほどな。どうやら、糸はあれだけじゃ無かったようだぜ?』
『まさか!?』
驚愕の表情に染まっているだろうラパンさんの顔を思い浮かべつつ、消していた魔力糸を実体化させる。
それを驚きながらも再び男性が斬るが、またどこからともなく糸は現れ、斬っても斬ってもキリがない。
とはいえ、タネは簡単である。要は、見えない糸と見える糸を作っただけなのだ。人は見えるものを優先する生き物だ。例え見えない何かがあるはずだなんて思っていたとしても、見えているものがある以上、無視は出来ない。
さあ、あと一押しですよーっ!
私から一定距離を保ちながらゴロゴロと転がっていく白い球はそのままゴールテープを切った。続けて赤い球が白い線を転がり、勝敗は決まる。
『ゴールっ!巨大玉転がしの勝者は白組です!』
『まあ、最後の方はほぼ一人による独壇場だったけどなぁ。……ってか、マジでカオスファミリア、ヤバいな。どうなってんの?』
呆れるような月光院さんの声にニヤリと笑みを浮かべ、勝った喜びを空と分ちあう。
「やりましたね!空!」
「うん!姉さん!」
「……お前ら、せめて一旦分裂してからやろうな?一人芝居になってるぜ?」
こうして午前の部は終わったのだった。
さあ、お昼ご飯を食べたら午後の部ですね!楽しみです!
次回、お昼休憩
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。
〜2023/10/22 23:46 感を勘に訂正する誤字報告を適用しました〜
ご指摘ありがとうございます。
よくやるポンコツ……ですが、なかなか見つけられないので助かりますm(_ _)m




