46話 私は神様のためなら
こんにちこんばんは。
神様が空気と化す話になった気がする仁科紫です。
……いや、最近は扱いが雑だった気が……?……気の所為ですね!
それでは、良き暇つぶしを。
「えっと、どうしましょう?これ。」
凹みとカードを見比べて首を傾げる。どうしようも何もはめ込んでしまえばいいのかもしれないが、そういう問題でもない気がする。
そもそもこれって使ってもいい物なんでしょうか?
どうしたものかと考え込んでいると、パシッと音が鳴り、空が神様の手から強奪していた。……って、
「それって掴める物なんですか!?」
「うん。ちょっとコツがいるけど。」
どういう事かと空を見つめると、ある事に気づく。
「もしかして、魔力を手に通していないんですか?」
「いや、正確には最小限の魔力を通して表面には出さないようにしたんだ。無機物なら触れられるみたいだからね。」
なるほどと納得していると、今度は神様が空からカードをとった。それを空が不満げに見ていたが、神様がため息をついたのを見て仕方がないと首を振った。
「これは僕が預かっておこう。彼女もこれさえ見せれば納得するだろうし。」
神様がそう言った時、地面がゴゴッと揺れる。飛んでいる私と空には支障がなかったが、突然の激しい揺れに神様の手からカードがすぽりと抜ける。
目で追うと、あっという間に飛んで行ったカードは何故か綺麗に凹みにはまった。
「え。」
誰が言ったのかもはや分からないが、次の瞬間にはガコンっという音がした。体が落ちていく感覚と共に景色が遠ざかっていく。
今までの浮いていた感覚が消え、ヒヤリとしたがそれよりも立て直そうとすればするほどにどうにもならない現実に混乱する。
「えっ。お、落ちてます……!?」
「プティ。無理に飛ぼうとしないで。ここは飛べないように罠が張ってあるから。」
「そうだよ。姉さん。着地する時のことだけを考えていて。多分、落ちるところまで落ちれば魔力が使えるようになると思う。」
妙に落ち着いた神様と空の声にまだ混乱から抜け出せてはいないものの、落ち着きが戻ってくる。
落とし穴に魔力が使えない罠とか酷すぎません!?
古典的でも弱点を無くせばかなり効果がある。だからこそ今でも使われているのかもしれないですねぇ。まあ、落とし穴一つでこんな事を考える羽目になるとは思いませんでしたがね……!
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どれほどの時間が経ったのかは分からないが、見えてきた出口を抜ける。眩しい日差しに一瞬目の前が真っ白になった。光量を調整し、落ち着いたところで辺りを見渡すとそこはどうやら森のようだ。
森を抜けてまた森ですか。よっぽど森が好きなんですねと思ったが、先程の森とは少し様子が違う。
静けさに包まれたそこは命の存在を感じない。落下によって徐々に近づいてくる森自体も何処か作り物めいて見えた。
訝しみながらもそろそろ飛べるかと魔力を調節してみる。どうやら上手くいったようで、ふわりと宙に浮けた。
ホッとしてようやく周りを見る余裕が出来た。空も私と同様に宙に浮いており、何故か神様だけが未だに下へと落ちている。あれ?と見ている間も地面は近づいていき、途中で止まりそうにもなかった。
神様の姿を見失わないようにと慌てて追うと、追いつく前にズドンッという音が静かな森に響いた。
後ろからついてきていた空と顔を見合わせ、速度をあげる。見えてきたのは地面で踞る神様だった。
「だ、大丈夫ですか!?神様!」
慌てる私に手を挙げてこたえるも、神様はなかなか立ち上がろうとしない。どうしたのかと近づいていくと、ようやく神様の状況が分かった。
神様が落ちたそこは底の深い泥濘になっており、一度はまると抜け出しにくくなっているのだ。
「えっと、抜け出せそうですか?」
「うーん。ちょっと無理かな。」
「泥濘にはまるって……ふふふ。良いざまだね?」
「流石にあたりが強すぎないかな!?……まあ、落ちた僕も間抜けだったとは思うけどさぁ!」
やけくそ気味に言う神様に空はそうそうと頷いていたが、私からするとそれはそれでどうかと思う。
これ、落ちた人が悪いのではなくて落とした人が悪いんじゃないんですかね……?
そうして神様が抜け出せない状況に陥っていながらものんびりと話していると、ゴゴゴゴッと先程よりも近くなった揺れを感じた。長くなった揺れに3人で顔を見合わせ、この状況はマズいとようやく神様を引っ張ろうという話になった。しかし、いくら引こうとも神様は抜けない。どうしようと焦り始めた頃、それは起こった。
ドゴォオオオッと地面が天へと登るように浮き上がる。突然の大地の変化に驚いて動けずにいると、神様の声が聞こえた。
「プティ!何処でもいい!木に掴まって!」
いつになく切羽詰まった神様の声に慌て、何処の木に掴まればいいのかと辺りを見渡す。運悪く周りは泥濘のせいで支えとなりそうな木や草は存在しない。
何時までもそうしていると、空が手を繋いでここに掴まってとぬかるみの真ん中にあった岩まで引っ張った。感謝しつつひしりとしがみついていると、やがて揺れが収まり、今度は空へと届きそう程の大きな声が聞こえた。
「キュォオオオオンッ!」
それは下から聞こえ、未だに姿が見えない。まさか地中に何かいるのかと思ったが、それよりも正に天変地異と言っても過言ではない程に変化した周囲が気になった。
周りにはちょうど泥濘の部分だけが残され、向こう側には巨大な木が右側と左側にそれぞれ見える。先程までは間違いなく無かったものだ。もしかしたらあの地面に埋まっていたのが出てきたのかもしれない。そう考えると、この状況もなんだか分かってきた。
恐らく、地面の下にいた何かが出てきたのだ。その結果、地面が割れた。これなら……うん。この説なら納得出来ますね。
しかし、それなら他の森のあった地面はどこに行ったんでしょうか?どうもここからでは見えないんですよねぇ。
改めて周りを見る。遠くにあったはずの山は、今はもう見えない。辺りはだだっ広い空間が広がっているだけだ。一部の欠片のような大地は宙に浮いており、他の森も同じように浮いているのかと思えばそうでも無い。
ではどこに行ったのか。気になり、神様たちに声をかけてから少し離れることにする。
「ちょっと周りの様子を見てきますね!」
「分かったよ。気をつけてね。ボクはこの人をどうにか出来ないか試してみる。」
「うぅ。僕は今回はお荷物だね。ごめん。本当に気をつけてね。プティ。」
「はいです!」
徐々に神様達から離れ、見えてくるそれに頬を引き攣らせる。
こ、これ、マジですか……?
離れれば離れるほどに見える巨大な体躯。
先ず見えてきたのは頭だった。それもそうだろう。私たちがいたのは額にあたる部分だったのだから。次に背中、足と見えてその全体を見て結論づける。
どうやら、私たちはこの巨大な鹿の上に居たのだと。
見えないと思っていた森は鹿の背中に存在したのだ。頭の上から見えないのは仕方がないことだろう。
しかも、巨大な大木だと思っていたそれは巨大な角だったのだから、どれ程大きいかは言うまでもない。
それにしても、これは想定外ですね。ここまで大きな鹿が居るとは。空に浮いているようにも見えますがただ浮いているようですし。そもそも、これってどうしたらいいんでしょう?動きませんし。
うーん。分からないですし、神様に尋ねるとしましょう。
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「なるほど。あー……。」
未だに泥濘にはまっている神様は私の話を聞いて頭を抱えた。どうやら、何か思い当たることがあるらしい。
ムスッとした顔の空は神様に鋭い目を向けた。
「で?どうするの?」
「え。うーん。……多分、これは力試しを要求されてるんだと思う。僕のこれもその影響だろうね。」
これと言って指さしたのは足元の泥濘だった。膝から下を覆う泥はどうやっても抜け出すことが出来なかったのだ。
神様が言うには、それは誰かによる仕業なのだと言う。私もそれについて意義はない。しかし、力試しを要求しているとはどういう事だろうか。
「神様。力試しを要求されているとはどういう意味ですか?それに、その泥濘とはどういう関係があるんです?」
『はぁ。的外れ。相変わらず父は情緒に疎いと見た。』
私が問うと、私たち以外に居ないはずのそこに声が響いた。女性のような男性のような不思議な声だ。
パッと後ろを見るが、そこには誰もいない。何処から聞こえたのかと辺りを見渡す。しかし、何処にもその姿は無かった。
姿を求めてクルクルと回りながら探していると、また何処からかクスクスという忍び笑いが聞こえた。どうやら私が一生懸命探している姿が面白かったらしい。
『頑張って探しても貴方には見えない。面白いけどこちらにも事情がある。姿を見たいなら手を貸して。』
「ちょっと待って。どうして手を貸さないと行けないの。」
淡々とした声に空が口を挟む。手を貸して欲しいという願いが引っかかったようだ。別におかしな事では無いだろうと首を傾げる。
「どうしたんですか?空。お願いくらいなら聞いてあげてもいいと思うんですが。」
「ダメだよ。姉さん。なんでも直ぐにイエスっていうのは悪い人に騙されちゃうよ。」
空の真剣な顔にコクコクと神様は頷く。何故2人ともそんな反応をするのかは分からないが、2人が言うならと同意しようとしたその時。
『待ちなさい。人の子。……いえ、我らが父の寵愛を受けしもの。』
何処か焦った声が響き、頷くのをとりあえずやめる。一体何が言いたいのかと問うと、待ってましたとばかりに話し出した。
『これはこの世界に関わること。私を今手助けせねば困るのはそこの父。つまり、私を助けることはそこの父を助けることになる。だk』
「やらせて下さい!」
『え。いいの?』
必死になっている声の主が思わず戸惑うほどには返事が早かった自覚はある。しかし、この人の言う意味は分からないが、神様を助けることになると言うのならば何であってもしたいのだ。これは海が1番であっても変わらない事実。……ただ、海を犠牲にしろというのならば話は別ですけどね。
「だ「ダメだからね!姉さん!」……僕が言おうとしたのに……はぁ。とにかく、ダメだよ!プティ!」
2人からダメだと主張されるが知ったことではない。もう決めたのだから。
『ああ言ってるけど、本当にいいの?』
「はいです。問題ありません。今なら神様は動けませんし、空なら最悪、同化してしまえば邪魔も出来ませんから。」
「姉さん!」
今にも止めようとする空に目をやり、私は本気だと手をかざす。諦め悪く説得するかと思ったが、それだけで仕方がないと思ったのかやれやれと首を振った。
そのやり取りを見ていたのか声の主はやや躊躇って話し出す。
『……私が言うことでもない。でも、もう少し自分を大事にした方がいい。』
「ふふ。本当に貴方が言うことでもありませんね。
でも、良いんですよ。私がしたいので。」
『そう。人の子は相変わらずよく分からない。』
道案内するから着いてきてという声に従い、先を急いだ。
因みに、この間ずっと神様は私を止めようとしていたが、そこは知らないふりをする。
そんな事をしても僕のためにならない?関係ないですよ。私がしたいからするんです。危ないなんていうのは承知のうちなんですよ。分かってませんね。神様は。
次回、お願いとは?
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




