45話 ダンジョンは不思議でいっぱい
こんにちこんばんは。
案の定、お待たせした仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
私の大暴走は、蜂が近づいてくる度に空と神様がさっさと倒してくれるという有り難い状況によって改善されていた。初めの頃はかなり警戒していたのだが、私に届く前に神様が斬るというのを繰り返すうちに私も安心して蜂を見れるようになった。
蜂から開放された私は周りを心配することなく下へと降りていく。その先にはこちらを見上げる熊がいた。
「グァオオッ!」
目は赤く光り、通常の熊よりも大きい。下手したら6倍ほどはあるんじゃないだろうか。とにかく巨大な熊に威圧感を覚えるよりも一つ思ったことがあった。
「……あれ、動けなくありませんか?」
「うん。正に洞穴に詰まった熊だね。どういう状況でこうなったのかはボクには分からないけど。」
「顔だけを努力して動かしてるあたり、本当に詰まってるんだろうなぁ。」
はははとなんとも言えない笑みを浮かべる神様を見て、私もつい可哀想なものを見る目で見てしまう。
ここの縦穴は直径が狭めだ。恐らく10人ほどで手を繋いで輪を作ったくらいの大きさだ。テニスコートの半分くらいだと言ってもいいだろう。その穴を下が見えないほどに熊の体で埋め尽くされていた。
きっと、大きく育ちすぎて出られなくなったのだろうということにし、可哀想な状況から助けてあげることにした。……まあ、救いかどうかは知りませんが。
いつもと同じように熊の首に魔力糸を巻く。そこでいつもとは違うことを試すことにした。
多分、このままだとあまり切れない気がするんですよね。だから、切れ味を上げるために……。
「〈魔力糸:振動〉!」
キュイーンっと機械音のような音を立てながら熊に巻き付けた糸が振動を繰り返す。一息に引っぱると、予想通りいつもより切断力が上がった糸がクマの首を容易くおとした。
「え。」
ただ、予想外だったのはその切れ味の良さだ。余りにもな勢いの良さに閉口する。
混乱しすぎて言葉が出ないが、今の心情を表すなら、何これ?状態である。
あれ。これ、ダメなやつでは?普通、こんな事は起きないはずで。つまり、それを起こしてしまった私は……。
ひやりとする心と落ちていく感覚に動けずにいると、後ろからトントンと肩が叩かれた。感触からして空だろう。なんだろうかとノロノロと後ろを見ると、いつもの笑顔を浮かべた空がいた。その事に少しホッとしつつも、神様の様子をこっそりと見る。思ったよりも近くにいた神様は普段と変わらず苦笑いだった。
「姉さんは凄いね!あの大きな熊の首も落とせちゃうんだ!」
「ほんと、プティは予想外なことをするよね。」
なんでもない様子の2人に落ち着きを取り戻し、いつも通りに振る舞う。普通の体ならぎこちなくなるような笑顔もこの体なら問題ない。……そうです。私はお人形さん。決して普通とは言えないのが私なのでしょう。
つまり、普通ではないのが私の普通なのですから、私はこのままで良いはず。……恐らく。きっと。
「ふふふ。そうでしょう?お姉ちゃんは凄いんですよ!」
「うん!カッコよかったよ!」
キラキラとした目で見てくる空にニコリと笑う。神様もそんな私たちを見て微笑ましげに見ている。
なんというか…上手く言葉に出来ませんが、家族ってこんな感じなんでしょうか。繋がりなんてないのにこの人たちは絶対に私の味方だって。そう思えるんです。……まあ、思っても詮無いこと、ですけどね。
ニコニコとどうやったのかを空たちに説明しながらぼんやりとそんな事を思った。
・
・
・
20階層は洞窟から森へと変わっていた。あまりの変わりように驚き、天井を見るがちゃんと太陽がある。意味が分からなくてポカンと数秒立ち止まってしまったぐらいにはこの光景が不思議だった。
「あれって、太陽ですよね?」
「そうだよ。ダンジョンは謎が多くてね。ずっと夜の場所もあれば昼の場所もあり、外と変わらない時間が流れる場所もあるんだ。」
ここもその内の一つだよと続ける神様の言葉に他にもこんな場所があるのかと驚く。うーん。世界は不思議で溢れてますねぇ。
感心しながらも先に進む神様の後を空と並んで進む。すると、どこかで聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
「あれ?この声って……。」
「どうかした?姉さん。」
突然立ち止まり、辺りを見回す私に空が首を傾げる。それに気づいた神様も立ち止まり、私を見た。
「何か気になることでもあったのかな?」
「はいです。近くに狼さんがいらっしゃる予感が!」
「あ…本当だ。ちょっと遠いけど居るね。」
ビシりと感じる方向に指を指すと、感心したように空が頷く。私は称号のお陰かなんとなく分かるのだが、空は無くても察知することが出来るようだ。
それとも、視点を変えたら見えたりするんでしょうか?
不思議に思い、あれこれと視点を変えてみると、確かに狼を見つけることが出来た。ここに居るのは焦げ茶でお腹周りが白っぽい狼のようだ。
ふむ。以前狼を見かけた森の狼達は全身が茶色でしたし、少し違う種類なのかもしれないですね。
「2人とも目がいいね。結構遠いと思うんだけど。」
「人形の特権ですね!」
「いや、輪っかの特権だと思うよ?姉さん。」
感心する神様にえへんと胸を張ると、空に訂正されてしまった。よくよく考えるとそうかもしれないと思い、それもそうだと素直に頷く。
私的にはその辺りはどっちでもいいように思えてしまうんですよね。ほら、私が本当にお人形さんだった期間って短いですし?
「プティ。そろそろ目的地も近いし、戦わないなら振り切るけどどうする?」
言い訳めいたことを頭の中で考えていると、神様から話を振られてドキリとする。
咄嗟に考えるふりをして話を聞いていましたアピールをするが、正直何を話していたのか聞いていなかった。
こ、困りました。神様のお言葉を聞き逃すなんてことはこれまでに無かったんですが……。注意不足でしょうか。
内心で焦りながら幾ら考えても答えが分からず黙り込んでしまう。見かねた空が助け舟を出してくれた。
「姉さん。そろそろ急いだ方がいいんじゃない?」
その一言で何を問われたのかをだいたい察して頷く。
「そうですね!狼さんには悪いですが、倒されていただきましょう!」
自信満々にそう言った……が、沈黙する2人の様子にやってしまったと気づく。どうやら、方向性は間違えていなかったが、空の助言とは反対方向に話を進めてしまったようだ。
あれ?そういえば、そろそろ急いだ方が……って事は、先を急ごうってことですよね?なんで狼さんを倒すなんて話に……?
自分でもよく分からず、頭の中がぐちゃぐちゃで整理出来ない状況が続く。どうして?と自分に3回ほど問いかけたあたりで神様がおずおずと話しかけてきた。
「えっと、プティが話すまではと思って黙って見ていたんだけど……ごめんね。ねぇ。プティ。何か悩み事でもあるのかい?」
混乱しきった頭の中に神様の言葉がすっと入ってくる。
悩み事。……確かに、あるにはある。が、自分ではそこまで気にしていないと思っていただけに口を閉ざしてしまう。私の問題、ですしね。神様たちに言うのは少し違う気がするんですよ。
このまま時間が過ぎるかと思ったが、そこに空が割って入った。
「そんなに急に聞かれても答えられないよ。ホント、タイミングが分かってないよね。神様は。」
「え。そんなに悪かったかな?今のタイミング。」
「TPOを全て外してるね。最悪。」
「うわぁ。確かにそれは最低だ。ごめんね。プティ。」
からかうような空の声におどけつつも謝る神様。2人の様子から気を使われているのが分かり、ますます気落ちしてしまった。しかし、こうしてばかりもいられない。これ以上心配される前にと慌てて神様に謝らなくていいと言い、先を急ぐことにした。
それにしても、今日は随分と私に余裕が無いようです。……神様の言うとおり、アレのせいでしょうか?
・
・
・
「さて。ここが依頼にあった場所のはずだよ。」
神様が辺りを確認しながら話す。それを聞きつつ私も辺りを見渡した。周りは水のない渓谷のようになっており、大きな岩がゴロゴロしている。草木も僅かに見えるが、それよりも壁のようにそり立つ崖の上が気になった。ここで行き止まりなのだと神様は言っていなかっただろうか。
もし、あの先に何も無いとしたら、本当にダンジョンってどういう理屈でこんな地形になっているんでしょう?
不思議に思いながらも指さされた崖の下を見る。どう見てもおかしな所はない。強いて言えば、凹凸があったり、多少ヒビが入っているように見えるくらいだ。
「ここ……ですか?」
「何も無いね。神様、地図の見間違えでもした?」
「いや、調査するのが目的なんだから、これから調べるんだよ?見て分かるなら調査依頼なんてしないからね!?」
私が首を傾げていると、その横で空も同じ疑問を抱いたようだ。辛辣な言葉を吐く空は神様の的確なツッコミにも怯まず、どうかなと首を振った。
なんだか最近はこんな調子ですね。やっぱり2人は仲良しのようです。
適当にそう結論付け、前方を向く。しげしげと見ていると、気になったことがあった。
「神様。ちょっと魔力を流してみてもいいですか?」
「え。いいけど、何処に?」
戸惑っている神様を放置し、崖へと近づいていく。ほぼ垂直になっているそれではなく、地面の方へと触れた。
どうやらこの辺りに魔力を発する何かがあるみたいなんですよね。
地面に魔力を流して正確な場所を探る。暫くすると、魔力を弾く物にぶつかった。
それがある真上まで移動し、石が沢山転がっているそこを魔力糸でゴソゴソと探してみるものの、魔力を発するものは触れることすら出来ない。何故か弾かれてしまうようだ。
確かにあるんですけどね。こう、トランプ位の大きさの物なんですが。うーん。……もしかして、これって魔力そのものなんでしょうか?それなら、魔力を弾くのも納得出来なくもない……かもしれません。正しいかは分かりませんけど。
でも、魔力の塊を取るのに魔力糸では取れない。なのに魔力糸で石を動かすことは出来る……って、もしかして、この魔力糸は魔力自体を掴むような能力はないということでしょうか……?でも、魔法は掴めた気がするんですよね……?
段々とよく分からなくなってきた辺りで後ろから声がかかる。集中していただけに少しイラつきながら振り向くと、声の主は空だった。
「姉さん。何か見つけたの?」
「はいです。でも、取れないんですよねぇ。」
溜息をつきながら答えると、空の隣にいた神様から不思議そうにどういう状況なのかを尋ねられ、実行した事を全て話すと、神様がポンっと手を叩いた。
「ああ。それなら僕が取れるかもしれない。」
「本当ですか!?」
「本当に?そんな訳分からないものが取れるの?」
訝しむ空の横でさすが神様と目を輝かせていると、空は神様に目で何かを訴えたようだ。神様はそれに苦笑しつつも私が先程まで探っていた場所に手を入れ、あっさりと何かを掴んで差し出した。
「はい。これ。」
「凄いです!神様!……でも、これはなんでしょう?」
差し出されたカードのようなそれを見る。
それは黒に近い程深い緑色の長方形の物体だった。よく見ると1ミリ程の厚みがある硬い材質で出来ており、新緑色の宝石がついている。宝石はただ丸く、透かせばその向こう側に何かが見えるということもない。ただキラキラと輝いていた。
空と顔を見合わせ、首を傾げる。神様はなんとも言い難い顔で口を開いた。
「ここの鍵、かな。ほら、そこに丁度よさそうな凹みがあるくらいだし。」
神様が指さした崖を見る。ちょうど神様が腕を伸ばしたくらいの高さに、先程まではなかった長方形の凹みがあった。……え。いつの間にですか!?
次回、はめたらどうなる?
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




