177話 其は描かれし幻想の如く
こんにちこんばんは。
今年ももう終わりですね……にも関わらず、終わりそうで終わらない仁科紫です。
予定よりちょっと長くなりましたがお許しを。
それでは、良き暇つぶしを。
「ポントスさんっ!!」
倒れゆくポントスさんに慌てるが、完全に地面に着く前に動く影があった。
「シャァ……!」
その影とはカンタだった。
かつて見た事がない程の速さでポントスさんを抱え、こちらへと向かってくるカンタは目を輝かせている。何処か嬉しそうだ。
カンタの様子にほんわかと見ていると、隣から辛辣な声が聞こえた。
「何のんびりしてんの。そんな暇ないよ。」
「えっ。」
「……来るな。急いで離脱するぞ。」
「な、何がですかぁああっ……!?」
えっ、えっと、戸惑う間にもロノさんの言葉からしてどうやらまずいものが追いかけてくるのだろうと察し、とにかく走り出す。何が、だとか、何処にだとかは考えない。私に出来ることはとにかく置いていかれないように走るだけだ。
しかし、せめて目的地だけでも分からないものか。
先の見えない不安を感じ取るように先導するルナさんが動いた。
「ひらく。……つなげ。〈夢幻洞窟〉」
ほんの5m先に両開きの重厚な扉が現れると、ほぼ同時に遠くから駆けてくるような爪と地面が擦れる音がした。ヒェッ……お、追われてっ!?もし、これがお、狼だったら……。
確実に動けなくなりそうで後ろを見るのも恐ろしいと前だけを見る。ルナさんが何処へ繋げたのかは分からないが、躊躇いなく前のガイアさん達が入っていくのを見て私も通る。
後ろで何かが吠え、生暖かい息を感じると同時に扉が閉じた。あれ?これ、もしかしてもしかしなくともかなりギリギリだったのでは……?……か、考えない方が良さそうです。
バタンッと閉まる音ともに中の様子がはっきりと見えるようになる。中はまるで宇宙の中に居るようだった。
星空のようにキラキラと輝くそれは一瞬で消え去り、次の瞬間には見覚えのある部屋に出た。
「神様の……?」
「姉さん!」
「空。」
てっきりエロスさんの部屋に出ると思っていただけに、呆然とする。そこは神様のお店だった。
階段から降りてきたばかりの空が目を大きく見開き、私の方へと飛び込んできた。慌てて抱きとめるが、やはり上手く思考が動いてくれない。さっきまで何かに追われていたのもあるかもしれないが。
「えっと、ポントスさんは……?」
「シャッ!」
「寝かせる。こっち。」
「シャァア!」
スタスタとポントスさんを抱えるカンタはイアさんの先導で2階へと向かった。2階にある個室のベッドで寝かすのだろう。
その様子をぼんやりと見つつも、少しホッとする。無事に、帰ってこれたんですね。
「大丈夫?姉さん。」
「あっ。は、はい。急に神様のお店に戻ってきたので。少し驚いていて。」
空の心配そうな顔が目に入り、余程今の私の顔が酷いのだと察する。こういうときは深呼吸、ですね。
すうはぁと息を整えると、気持ちも段々と落ち着いてきた。ポントスさんの奪還作戦は成功したのだという達成感がじわじわと湧き上がってくる。
「落ち着いたか。母上が戻ってきたら次の作戦に移るぞ。」
「はいです!」
ロノさんの言葉に、こくりと頷く。今頃居なくなったポントスさんに運営は困惑しているだろうが、気にするべきは今ではない。
デュランさんが上手く立ち回ってくれていることを祈りつつ次の作戦に向けて動き出した。
・
・
・
「……んぅ……ねー?」
「起きた。おかしな所は。」
「……ないよ。ぼくはげんき。」
私達が次の作戦について考え始めて1時間が経過した頃。
起きてきたポントスさんは眠そうに目を擦っているが、以前見たときと変わりはなさそうだ。
「それでは、ポントスさんも起きてきた事ですし、動き始めましょうか。」
「うむ!まずは……」
「姉の宣言から。」
テルさんの言葉を遮るように割って入ったイアさんの言葉に、ルナさんへと視線が集まる。
ルナさんはこくりと頷き、準備は万全だと言いたげだ。
「それでは、さっそく『旧代の神話』作戦開始!ですよー!」
おー、と続く声に満足し、ルナさんを送り出した。
正直、これに関してもルナさん一人に全てを背負わせるのかとエロスさんに言い募られ、反対されたくらいなのだ。
それでも、ルナさんはやると言ったのだ。エロスさんはルナさんの意思を無視出来なかった。だからこそ、この作戦は成り立ったのだ。
ルナさんの姿がなくなった後、その反対していたエロスさんが私の方を向いた。固唾を呑んでエロスさんの言葉を待つと、エロスさんは少し目を泳がせた後、私を見て首を傾げた。
「『創造神話の巡礼作戦』じゃなかったの。」
「え。それは第二段階の作戦の名前ですよ?」
「……そ、そう。」
明らかになんで名前が違うんだろうと言いたげな顔をするエロスさんにむっとする。分かりやすくていいじゃないですか。
「エロス。姉さんのそれに意味はあまりないからね?深く考え過ぎない方がいいよ。」
「ふーん。そう。」
「空!?理由ならちゃんとあるんですからね!?
分かりやすくていいじゃないですか!?」
「ほら、たいした理由じゃないでしょ?」
「確かに。」
「酷すぎません!?」
ちゃんと、理由があるんですけど!?
分かりやすくていいという理由はあまり理由になっていない事を私は理解していないのだった。
□■□■□■□■
一方、天空の街上空にて。
天高くにあり余りにも小さすぎるその影は、ただ地面を見下ろしていた。
その影、世界創造における母であったルナは考える。
ルナはもうとっくに自身のことを思い出していた。自分がかつて愛した人と世界を創ったことも。嫉妬に狂ったことも。……犯した禁忌も。その後の利用された自身のことも。
かつてはただ人が笑い、花が風に揺れる様を見るだけで満足出来ていた。
しかし、満たされなくなったのは何時からだっただろう。自分もあの輪の中へと願い始めたのは。見ているだけでは足りぬと足掻き始めたのは、一体何時からだったのだろう。
もうとうに昔過ぎて忘却の彼方に捨ておいた感情は、今でも燃やすことが出来る程に近くある。
だが……
「私は、もう間違えない。」
エンプティ達に見せる幼い姿ではない。虚ろな気配が厚みを帯びる。
少女の気配を抑える為にとつけられた拘束具が世界の監視者を騙すために更に進化を遂げる。
枷はより輪が大きく、黒色に紅色のラインが美しく薄いものに。しかし、性能はより強固な隠蔽能力を持っている。
手、足、首にあった枷は分裂し、肘や膝までをも鎖で結ぶ。更には狐耳に尻尾をも飾りの如く結びつく。
しかし、ルナの拘束はそれだけではない。
全てを見通すルナの目を覆う黒い目隠しは赤みを帯び、長い髪を縛り始める。巻き付く紐は何処か蛇のような生き物めいているが、全ては万物の母のため。物言わない無機物さえも役に立てる喜びから蠢き、自ずから動くのは自然のことだった。
そして、背に現れるは赤黒い十字架。巻き付けられた髪も、手足の枷も、身につけた巫女服のような白と紅の装束さえも全てが十字架に絡みつく。
それは罪人の姿とも言うべきものだ。
本来は神にとって恥ずべき姿。
見せるべきではない、普段は隠している姿を今、ルナは生み出した子らに見せようとしている。
「それでもいい。隠蔽は、悲しみを産むと私は学んだから。
だから……大丈夫。」
万全の状態であると判断したルナは自身の力を解放する。
少女の体は変わらない。しかし、自身の力の源たる狐耳と尻尾が変化する。狐耳はより大きく。一本あった尻尾は九本へと育った。
背に負う光輪は輝き、神々しさを増す。
この段階に至ると地上からも視線が集まってくる。不躾な視線もあるが、地上では光を崇めるかの如く膝をつき、手を合わせるものまでいた。
不躾な視線は我が子のものではない。それはルナも理解していたが、今回の言葉はその視線に向けたものだ。これでいいと頷き、世界中へと聞こえるようにスクリーンを出現させた。世界の騒めきが大きくなる。
声を聞きながらもルナは語りかけた。
『聞け。世界よ。世界中に在る我が子よ。異界より訪れし客人よ。
妾はこの世界を産みし母なり。そして、妾は同時に罪人でもある。』
ざわりと動揺する空気を肌で感じつつルナは言葉を続ける。力を分けた子らのため。そして、愛した人の愛し子のため。
ルナは本来、嫉妬深い質ではない。歪みが嫉妬を産んだ。今はその歪みも正され、嫉妬の感情は消え去っていた。今ルナにあるのは慈しみと悲しみの情だけだ。
『この姿を見よ。醜くも繋がれた妾の姿を。
妾は世界を創りし時、世界に妾は不要と理解した。
故に、妾は世界に子を遺し、世界を遠く離れた地から見ていた。
しかし、世界よ。今の姿のなんと歪な事か。我が子は忘却による危険に晒され、異界より訪れし客人は度重なる忘却と悲しみに包まれている。ただ競うことのみを目的とする愚か者と化している。』
こうして空から見ることでルナは世界の歪みをよりはっきりと感じていた。
このままでは世界は歪みにより破綻し、消え去るだろう。傍観者が動くのが先か、世界が自然と消えるのが先か。どちらが先かは僅差でしかない。
理解すればするほどに湧いてくるのは怒りだ。己を排除しておきながらもこの体たらく。
管理をするのであればまだしも傍観しているだけであった、本来の自身の親達に対する怒りは言葉に力を齎し、世界に雷を降らした。
『それの何処が幸たるものか。
世界の傍観者共は己が我を通すばかり。世界の事など考えてはおらぬ。これが到底許せるものだろうか。
否!妾は許さぬ!故に、妾は動こう。縛られ、繋がれ、自由をなくされようと妾は世界のために、幸多き未来のために動こう!』
暗雲すら存在しない。ただ快晴の中、光が落ちる。
通常ではありえない光景に感じるのは畏れか、感動か。
世界のために動くと叫ぶ母に感じるのは疑念か、高揚か。
人生、立場、考え。全て異なる人々が感じることは当然ながら異なり、同じ者など居るわけがない。
故に、続く言葉に動く者たちの行き先もまたバラバラだった。
『妾は古の創造の母、ルーナ・ブラッディレディ・イプラジオーネ!世界を創造し、今の世界を粛清せし古き神である!
手始めに汝らに問おう!世界の歪の根源は何処にあるか!汝らは知らねばならぬ!傍観者共に世界を壊される前にも!
全てを知りたければ世界を回れ!世界を渡れ!世界の歴を知れ!そこに全ての答えはある!』
顔を見合せるもの達は困惑し、神だと名乗る少女の姿をしたものをただ見つめる。
原始の母と理解した子らはただただ跪き、何が出来るのかとただ考えるのみ。それ以上できぬ己を恥じ、動けるもの達を羨みつつも原始の母への信仰を取り戻す。信仰しか出来ない彼らにとって原始の母に捧げることが出来る唯一であるが故に。
そして、それは古き神への力を齎し、世界の傍観者から力を奪うことに繋がるとは誰も思いもしないのだ。この作戦をたてたもの達以外には。
ルナの宣告は次の約束にて終幕する。全てがより良い方へと向かうことを願ってルナは告げた。
『満月の日、全てが集いし地にて答え合わせをしよう。汝らがどのような選択をしようとも構わない。
妾らに協力し、世界を正すも良い。妾らを滅し真に新しき時代を迎えるも良い。妾は全てを受け止めよう!
それでも、妾は世界を正せる日を待っている!』
各地のスクリーンが消える。背に負った光輪が消える。
そして、ルナの姿は上空から消えた。
この日、動き出した人々は後に言う。
「あれは正しく世界の母たる姿だった」と。
次回、次のステップへ。
因みに、
ルーナ・ブラッディレディ・イプラジオーネ
→月・血の淑女・粛清(イタリア語)
という順番で並べただけだったり。
月(月の女神の予定だったので……。)
血の淑女(アルファさんの名残です……多分。)
粛清(今のルナさんの司るもの的な理由で……。)
本当は旧神達に敵ムーブさせるつもりだったので結構予定から離れてたりするんですよね。
ルナさんのお名前もそれが原因でかなり物騒だったり。(敵の敵的な立ち位置予定だった……。)
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。
あ。来年もお付き合い頂けましたら幸いです。
それでは、良いお年を〜!




