176話 奪還作戦は静かに
こんにちこんばんは。
メリークリスマス?クリスマスイブですが、クリスマスらしくない話を投稿する仁科紫です。
クリスマスには狂い猫の方で何か投稿する予定です。(間に合えば。)
それでは、良き暇つぶしを。
ここは月の裏側。既に一度来たことがあるだけに感慨のようなものは特にないかと思ったが、案外そんな事もない。
遠くに光る星が幾つも見える暗い空に思わず感嘆し、足を止める。
「置いていかれるぞ。」
「あっ。はいっ!今行きます!」
ロノさんから声をかけられ、慌てて駆け寄りながらも私はここに来るまでの経緯を思い出していた。
「それでは、皆幸せハッピーエンドに向けての工程をおさらいしましょう!」
私が宣言すると同時にまばらな拍手とやる気がなさそうな、おーと言う声が聞こえた。元気がいいのはカンタとテルさんくらいだろう。
流石に議論が長引いたから疲れたんですかね?と、まず間違いなく違うことを知りつつ思考を明後日の方向に投げ出す。
彼らはやる気がないのではなく、盛り上げる必要性がないから反応が薄いだけなのだ。それくらいは理解している。
思考が逸れてしまったが、とにかく工程の説明を行うとしよう。
「まず、ポントスさんを運営から奪還する。これは皆で行きますよ!」
「ええ。」
「うむ!あそこに行くならば全員の方がいいだろう!」
「全滅の危険もあるけどね。」
「だからこそ、慎重に、なのです!」
これはもはや決定事項だ。誰かが留守番をするにしても、留守番をする意味はあまりない。寧ろ、人数を分けたことで力及ばずといった結果に至ることを避けたいという意見の方が多かったのだ。
因みに、エロスさんは2つのグループに別れたい派である。速攻で却下されてましたけどね。
「続いて、ポントスさんを奪還次第、イベントの契機となる現象を引き起こします。こちらは、ルナさん、お願いしますね。」
「だいじょぶ。」
グッと親指をたてる姿は頼もしいが、目が閉じてきている様子から少しばかり不安になる。いえ、ルナさんですし。皆さんのお母さんですもんね。やる時はやってくれる(はず)でしょう。
「ルナさんにより引き起こされた現象は、多くのプレイヤー達に影響を与えるはずです。
そして、その後まず間違いなく何かが起こります。暴動、もしくは、なんとかしてルナさんを探し出そうとする集団が出てくるでしょう。そこで次のステップに移ります。」
ここまでは良いかと周りを見渡す。全員が頷く姿に満足して私も頷く。
次からが本番のようなものだと気を引き締め、口を開いた。
「暴動が起きた場合、私たちはそこに介入しません。寧ろ暴動が酷くなり、収集がつかなくなったところで介入、仲裁を行います。
また、ルナさんを探す一団が出てきた場合、各所にて誘導を行います。そこでルナさんの事情を知って信者が増えればルナさんの汚名返上にもなるでしょう。
誘導役はイアさんとロノさん、お願いしますね。」
「任せて。」
「ああ。恙無く進めよう。」
頷く2人を見て、神様方に案内して貰うとはかなりの贅沢ではないかという考えが頭を過ぎる。
まあ、本人たちが良いらしいから気にすることではないのだろうが。
それはともかくとして、今回の作戦は名付けて「創造神話の巡礼作戦」だ。
言うなれば、ルナさんがどんな神様であるかを知らしめるのが今回の目的である。更に、ルナさんにより問題が解決したなら自然と信仰するものも増えるだろう。これぞマッチポン……んん。なんでもありませんよ?ええ。
とにかく、そうしてルナさんの力を高めると同時にこれはもう一つの目的の達成に向けての布石になるのだ。
「ルナさんの汚名返上と共に私たちの……空に関する記憶をルナさんに消してもらいます。」
「やる。」
ルナさんを見ると、頷いている姿が見える。しかし、別のところから不満の声が上がった。
それは当然のごとく理想が高すぎるエロスさんだ。エロスさんは唇を尖らせて口を開いた。
「えー。やっぱり、こればかりは納得がいかないんだけど。」
「えーじゃないんですよ。何回も話し合った結果じゃないですか。」
「私もこれが妥当と判断した。妥協する。」
しつこいと言わんばかりに目を細めるイアさんに尚も不満を隠さないエロスさんはある意味怖いもの知らずだろう。
イアさんは怒ると物凄く怖い。それは今も戦々恐々とした様子でやり取りを見ているテルさんを見れば、今がどういう状況か分かるというものだろう。
長時間にも渡るハッピーエンド議論を重ねた結果、イアさんはエロスさんのあまりにも理想主義的な一面を知ってしまった。つまり、夢ばかり見てないでそろそろ現実を見ろよといい加減呆れているのだ。堪忍袋の緒が切れるのもそう遠くはない。なんなら今すぐ切れてもおかしくないくらいだ。テルさんの心配は杞憂ではないのである。
それを理解しているのか、エロスさんは何か言いたげではあるものの、分かってますよとため息をつきながら言った。その仕草がよりイアさんを苛立たせるのだが、分かっていてやっているのだろうか。
こうしてエロスさんは少し不満げであることを不安に思いながらも作戦は始まったのだった。
そうして今に至る。
追いついた先には4人が立ち止まっていた。一体どうしたのかと横から覗き見る。そこは以前来た湖に似ているが、すっかり別のものへと変化していた。
水は一滴も見当たらず、かかっていた虹は代わりかのように雷雲へと変化している。
そして、湖底にはいつか見たようなカプセルがあった。分厚く覆う雷雲から降る雷を避雷針の如く集めるそれは、エネルギーを貯めているらしい。時間を追うごとに増す光りからして間違いないだろう。
「と、停めなくていいんですか!?」
慌てて声を上げる。イアさん達は首を振り、その必要はないと言った。そんな悠長な話があるかと思うが、イアさん達の様子からして本当に問題がないかのように見える。
何より、カプセルの中に見えた影は人魚のような形をしていた。
ポントスさんは海を司る神だ。もしかしたら、ポントスさんがあそこにいるのかもしれない。それにしたってこの状況で傍観に徹するというのはおかしな話だと思うのですが。
「あそこにいるのはポントスさん、ですか?」
「……ええ。あの雷が海弟の変異を促している。」
「もっとも、あいつの海の性質が強すぎて海の生物にしか変異できていないようだけどね。」
だから傍観していたのかとイアさんとエロスさんの言葉に納得する。どうやら、滅びの天使に至るほどの大きな変化が起こせていないと分かっていたかららしい。それでも傍観はどうかと思うが。
イアさん達は状況が深刻ではない場合、まるで研究者のように振る舞う時がある。珍しい事象を観察するような色のない瞳で見るのだ。もしかしたら、そういう所が神様達の神様らしい所なのかもしれない。
「そうなんですね。で、どうするんですか?ここから。」
「……姉ならば変異ごと戻せなくもない。今の力で出来るかは……。」
視線がルナさんに集まる。集まった視線を微動だにせず受け止めたルナさんは、静かに首を振った。縦ではなく、横に。
「ふか。うみ、かえる。」
「るなさんの場合は海に還すのが元々の役割ですし、役割からズレている以上は仕方がないですね。」
うんうんと頷く私を意外そうにエロスさんが見る。これはもしや、その考えに行き着くとは……!という意味での驚きでしょうか?
ふふんっと得意げに胸を張ると、ロノさんは私を見て呆れたように呟いた。
「そいつ、プティのことはそこの鳥頭兄と同類とでも思っているからな。」
「まさか、君、今の理解出来たんだ?っていう驚きでした!?今の!!」
「え。それ以外にあった?」
「ありましたよ!?」
酷い人だと頬を膨らませる。まあ、エロスさんの私への扱いは元々雑なんですけどね。
今更かと遠い目をしつつ、ここからどうしたものかと考える。
ルナさんでは上手く戻せない。今、他にここに居る人達であれば……大地、清浄、空、愛情と恋、そして、時間。
……こういうのって、頼んでもいいんですかね?
本人が言うのを待つと恐らく、彼は言い出すことはないだろう。その事を知っているだけに本当に聞いていいものかと躊躇する。
それでも、聞かないと。ポントスさんはきっとあのままなんですよね。
「あの、ロノさん。」
「なんだ。」
「……本当は、良くないのは分かってます。
それでも、ポントスさんを解放して、姿を戻してあげることは出来ますか。ロノさんの力で。」
ジッとロノさんを眺めると、ロノさんは少し俯いた。そして、なるほどなと呟く。
次に顔を上げた時には口元に笑みを浮かべていた。
「ああ。待っていたんだ。その言葉を。」
「……まあ、それしかないだろうね。」
「私とユーラがカプセルを消す。鳥頭弟は雷の対処。姉はサポート。後は末弟。任せた。」
的確なイアさんの指示に、カンタはもちろん、私も含まれていない。そこに無力感を感じつつも、エロスさんも含まれていない事から適材適所であることは分かっている。……まあ、別にそうでなくても拗ねたりなんてしないんですけど。適材適所ですし?私に出来ることくらいは把握していますし?
自分の中に子供っぽい私が居ることを自覚している間にも話は進んで行く。
「ああ。私とギアなら出来る。」
「ええ。……始める。」
イアさんがノスさんに手を差し出し、ノスさんがその手を繋ぐ。
そして、繋ぐ手をそのままに反対の手をカプセルに向けた。イアさんとノスさんの周りに深緑の光と白水の光が集まってくる。
「人の作りしモノは地より出でしモノ。」
「地より出でしモノは空に通ずるモノ。」
「何時かは朽ちゆくモノよ。」
「何時かは消えゆくモノよ。」
「朽ちよ。」
「消えよ。」
「「時の運命は無常なり。〈天地の掟〉」」
ピシリと音がする。カプセルはここからは遠い。しかし、目に見えて崩れていくカプセルからして効果は絶大だ。
崩壊していく中から出てくるそれに向けて空から雷が降ってくる。即座にテルさんが手を叩くことで、雷は霧散した。
出てきた魚とも亀ともタコとも言い難いそれは動くこともなくその場で佇んでいる。
暴れることもないそれに向けてロノさんが動いた。
普段は閉じているロノさんの両目が開かれる。赤と青のそれぞれ異なる色をした瞳がそれを見据えた。
目が離せなくなりそうな強い輝きを放つ瞳に思わず見蕩れる。しかし、すぐさま目を逸らした。輝く瞳に、その奥に潜む何かが恐ろしくなったからだ。
これは、確かに普段から目を閉じているだけありますね……。
「赤は確たる事実を。青はまだ見ぬ栄光を。
描くは彼の望みし姿。壊すは彼の異なる姿。
今に有り得た姿をここに。開け。〈evernote〉」
赤と青の光が辺りを包む。目を開けていられず目を閉じた。
光が収まるのを感じると同時に目を開けたその先には、いつか見たポントスさんの姿がそこにあった。
次回、次なる作戦へ
因みに、湖がなくなっていた理由はどっかの誰かさんがセキュリティをハックして停止させていたためです。
「ホント、目が離せないよね。」
運営が大混乱していたため、バレませんでした。尚、ポントスさんが居なくなったことに気づいた一部の運営は大混乱していたとか。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




