174話 みんな幸せハッピーエンドは遠く
こんにちこんばんは。
相変わらず色々なものを先送り気味な仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
とりあえず、中に入ったテルさんが出てくるまで待つかという話になり、待つこと15分。それなりに待ったのだが、出てくる様子もなく待ち飽きたルナさんは近くにあったベンチを占領し、寝息をたて始めてしまった。
私もそろそろ待ち飽きてきたところだ。カップラーメンが5個出来ちゃう時間って普通に考えて長いですよねぇ。
「うーん。やっぱり、中に入るしかないんじゃないでしょうか。」
「……嫌な予感を私は感じない。入るのもあり。」
「俺も反対はしない。対策方法ならば分かるからな。」
「対策方法、ですか……?」
それは一体何かと首を傾げる。ロノさんの視線はノスさんに向けられていた。
一先ず、寝ているルナさんを起こし、首をぷるぷると振ったルナさんが完全に目が覚めたことを確認した後、お化け屋敷の入口に立つ。
並び方は、イアさん、ノスさん、ロノさんが3人で前を進み、ルナさんとカンタを抱っこした私がその後ろをついて行くことになった。
そして、ロノさんの指示で嫌がりながらもイアさんに頼まれてガラッと態度を変えたノスさんが、私たち全員を覆うようにシャボン玉のような空気の膜を貼る。
「これは……?」
「空間そのものに作用があるなら、その空間から物理的に隔離したらいい。それだけの事だ。」
「なるほど!」
淡々と言うロノさんにおーと拍手をおくると、イアさんが偉い偉いと少し背伸びをして頭を撫でる。
その手を少ししゃがんでロノさんは受け入れており、口角が上がっていることからも嬉しそうだ。勿論、この状況をノスさんは悔しそうに歯噛みして見ており、ロノさんのことを見る目が少し……いや、かなり怖い。
うーん。あれを放置するのは場所的に良くないような気がしますね。
「ユーラも良い子。」
「そ、そんなの当たり前だろう!早く行くぞ!」
しかし、そこは流石ノスさんの手網を握るイアさんだ。容易く不穏な空気も素早く察知し、ノスさんを褒めて頭を撫でる。
ノスさんがチョロいだけとも言えるが、言えば本人は否定したことだろう。「ギアだからだ!」とでも言って。
褒められて意気揚々とやる気十分に歩き出したノスさんは、当然のようにイアさんに急ぎすぎだと止められるのだった。
「こら。先々行かない。」
「すまない。気をつける。」
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暫く歩くこと10分。中は特に変わっている様子はなく、初めにノスさんにより周りとの空間を隔離して貰っていたからか、ただ只管に白い空間が続いている。
強いて言うなら、通路が曲がりくねっていることが以前入った屋敷との相違点だろうか。イアさんが言うには、ここは並列に存在する別空間であり、もう一つの空間にエロスさんの気配があるらしい。恐らく、そちらが以前訪れた方の屋敷になるのだろう。
「では、どうするんですか?」
別空間に居るのならば、別空間に行く必要があるだろう。
こてりと首を傾げる私に、ロノさんが答えてくれた。
「簡単な話だ。もう片方の空間への入口を探せばいい。」
「でも、重なっているんですよね。
そんな入口をエロスさんが設置するとは思えないんですが。」
益々どうしたものかと考えていると、ロノさんはいずれ分かるとだけ言って先へと進む。
大抵聞けば教えてくれるロノさんには珍しい対応にどうしたものかと思いつつ無言で前を歩く3人の後ろをついていった。
それからそう時間がかかることなくこっちだと明らかに従業員用の出入口らしき扉が目に入る。ここに従業員なんているのだろうかと思いながら見ていると、そこでイアさんたちの手が止まった。
「どぅむぐ……?」
どうしたんですかと声をかける前に隣にいるルナさんに口を手で覆われる。
何事かと視線を向ければ、無言で首を振るルナさんと唇に人差し指を当てシーっと動作するイアさんが目に入った。これはまず間違いなく何も言わない方がいいやつだと口元を抑えて首を縦に振る。
ルナさんが私の口元から手を離したのを確認したイアさんは頷き、扉に手をかざした。
「開けゴマ。」
「はい?」
物凄く聞き覚えのある呪文に疑問符を浮かべ、戸惑っている間にもクルリと世界が反転するような感覚と共に一瞬で景色が変わる。
そこはやはり以前訪れた屋敷と同じものだったらしく、見覚えのある壁紙が目に入った。
まあ、あの時は色々と大変でそれどころではなかったんですけど。何故か唐突にプロレスが始まりましたしね……。
少しぼんやりしていると、いつの間にか目の前を歩くイアさんの足が止まっていた。続いて足を止めると、そこは重厚な扉の前だった。
以前、ヘメラさんとニュクスさんがいた場所とはまた違う扉のようだ。
顔を見合せ、一つ頷いてイアさんが扉の取ってに手をかける。そして、開いた先にはどこの引きこm……自宅警備員の家かと言いたくなるような近代的な部屋があった。
薄暗い室内に青い光が眩しい古そうなコンピュータ、棚には様々な本と何かのフィギュアが飾られ、1人用のベッドが部屋の3分の1ほどを占めている。その逃げも隠れも出来ない部屋には、少しやつれた気がする桃色の髪の青年がいた。
「エロスさん……。」
思わず漏れ出た声にバッと振り向いたエロスさんは見開き、この訪問が想定外であることを告げていた。
「なんで。」
ここに。と、続けられるはずの言葉は途切れ、代わりに私たちを嘲笑うように取り繕った笑みを向けられる。
それでもそれが、取り繕ったものであると分かるのは単純に今のエロスさんの姿のせいだろう。
ボサボサの髪に不揃いな無精髭、よれた服。一応神であるはずだが、何があればここまでやつれるのだろうかと首を傾げるしかない。
精神面が姿に現れる仕様なのだろうかと思考に過ぎったところでイアさんからの視線を感じた。どうやら、私に話せと言っているらしい。
「なんで、って。勿論、無謀にもみんな幸せハッピーエンドなるものを一人で考えているようですし?
進捗は如何なものかと訪ねたんですよ。」
で、どうなんですか?と尋ねれば、勿論姿からして案が出来ているはずもなく。少し、いや、かなり嫌そうに数秒して出来ていないと返される。
まあ、そうだろうなと心中で呟き、ため息のかわりにニッコリといい笑顔を浮かべた。
「なら、私たちが力になりますよ。」
「はぁ?」
え。何言ってんのコイツと言いたげな目線と声にそっちこそ何を言っているのかと呆れた目を向ける。
エロスさんには常々思っていたことがあるのだ。ここで言わねばいつ言うのか。
「あのですねぇ。エロスさん。
そもそも、なんかいい感じになぁなぁで終わりそうだったのに、不穏な爆弾置いて去っていったのはどこの誰ですか。」
「僕だけど?それが何か関係ある?」
どこか不貞腐れた色の濃いエロスさんの声に眉間に皺が寄りそうになるのを堪え、そっちがその気ならと更に言葉を口にする。
「ありますよ。寧ろ、こっちは何かやらかさないかずっと不安だったんですからね?
それに、こう言ってはなんですが、みんな幸せハッピーエンドを一人でどうにか作れるものだとでも思ってたんですか。」
「で、出来るさ!作れなわけがない!だって、僕は」
「愛と恋を司る、神だからですか。」
「っそうだよ!」
ずっと考えていたことがある。
それは、どうしてエロスさんはこんなにも周りの幸せに気をかけているのか、ということだ。
不思議な程にエロスさんは反骨精神旺盛な人のことを随分と気にかけている気がする。
それは、タルタロスさんにしろ、空にしろ、だ。
もしかしたら、過去に同じような手助けをしていたこともあるかもしれない。もし、そうだと聞いても私は不思議に思わなかっただろう。それだけエロスさんは自分が面白いからと言って到底得があるとは思えないことに力を貸す。私にとってそれは理解できるものではなかった。
そこで、少し視点を変えてみることにした。
もし、私がエロスさんと同じ立場だったらどうするのか。愛と恋を司る神としての役割を持ったなら?
その役割を仮にとても真面目に実行するとするなら、様々な愛のカタチ、恋のカタチを受け入れ、叶えようとするだろう。自分の利益など省みず、叶えようと奔走するだろう。
つまり、エロスさんの行動は、正しく愛と恋を司る神としての行動なのだ。
では、エロスさんは、今行動しているこのエロスさんの理由は、今も尚叶えられない、願いのためなのではないだろうか。
正直、この結論に至った時、エロスさんのイメージがガラッと変わったんですよね。ただの真面目さんだったんですねって。
「何?その目。」
「あ。なんでもないです。お気になさらず。」
「気になるんだけど!?」
思わず暖かい目で見てしまったことに気づかれてしまったらしい。にこりと笑って誤魔化し、それよりもと話を変える。
「皆で素敵なハッピーエンド、考えましょうか!」
「おー。」
「まあ、ギアがするなら……。」
「必要なことだからな。これも未来のためだ。」
「シャァ!」
「おー……?」
「え?これ、本当にやる気あるの?」
思わずといった様子のエロスさんに、よく良く考えればイアさんは付き添ってくれてるだけであり、ノスさんに至っては付き添いの付き添いだ。やる気があるわけがなかった。ルナさんはそういった意思の主張が怪しいところがある。
では、ロノさんはと言えば……ほぼ間違いなく考えてはくれるのだが、あまり案は出して貰えない可能性がある人物であることに気づく。
あっ。この人選は失敗だった気がしてきましたね!?
「……主に私とカンタが!」
「シャァ!」
「不安でしかない……。」
こうして不安になりつつも、みんな幸せハッピーエンドについて考え始めるのだった。……なんだか、私も不安になってきましたね?
次回、いろいろ不安なハッピーエンド会議
一方、その頃のアイテールさん
「ガハハッ!ワシであればこんなもの!恐ろしくはなかったのだ!……して、皆はどこか?」
40分かけてゆっくりと出口に辿り着けたとか。
(通常、20分程度の道。)
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




