173話 恋の応援は程々に
こんにちこんばんは。
何故にこういう話になったのかと首を傾げる仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
穴の中へと入る。暗く、空いた天井から射す光だけが唯一の光源のようだった。
周りを見渡せば外の瓦礫がここにもあり、山のようになっている。奥の様子はやはりはっきりとしない。尤も、キョロキョロしているのは私ぐらいのもので、他のイアさんやテルさん達は一方にばかり視線を向けている。恐らく、見えないのは私だけ……あれ?そういえば、暗視スキルなるものがあったような?
意識すると同時に周りの景色がよく見えるようになる。以前は勝手に見えるようになっていた気もするが、仕様変更でもあったのかもしれない。
そうしてよく見えるようになった目で5人と1匹が見つめる先を見つめる。
そこは崖となっており、大きな吊り橋がかけられていた。
見るからにグラグラと揺れそうではあるが、整備はされているのだろう。繋いでいる縄は頑丈で板は綺麗に揃っている。板が割れたり、吊るしている縄が切れたりといった吊り橋あるあるの罠はなさそうた。
「吊り橋ですね。どうしてこんな所に?」
恐らくダンジョンの中だからということもあるが、周りには特にこれといった気配を感じない。風は吹いており、吊り橋の反対側は森が広がっているからか、ザワザワと木々の揺れる音はするが、それだけだ。生き物が潜んでいる感覚はしない。
森の中にある人工的な吊り橋という存在にイアさん達は警戒しているのだろう。私の疑問にイアさんが応えた。
「分からない。でも、あれは通るべきではないと感じる。」
「む。私はギアと通りたいが。」
瞳に嫌だという意志をのせて主張するイアさんに、むすりと不貞腐れたようにノスさんが反論する。
この橋を渡るべきか、それとも他に道を探すべきか。どうやら、ルナさんの視線があちら側に向いていることからして吊り橋の向こう側にエロスさんは居るのだろう。
あの吊り橋を渡れないのであれば、他に探すしかないですが……。
崖に近寄り、下を見る。暗視スキルでも底は見渡せず、他に通路があるとしても遠回りになりそうだ。
「どちらにせよ、向こう側に行かねばなるまい!通るしかないのではないか!?」
「シャァ!」
「まあ、それはそうだな。
ところで、母上と渡りたいと言ったな。もう少し詳しく教えてくれ。アレを渡れるのであればその方が力の温存になる。」
テルさんの言葉に同意したロノさんはノスさんに問いかけた。
ロノさんの疑問にノスさんは顎に手を当てて考え込んだ後、首を傾げた。尚、テルさんは意気揚々と橋を渡ろうとしてカンタに止められている。やれやれと呆れているカンタにサムズアップをおくっておいた。ナイスですカンタ!
それはそうと、ノスさんの言葉に耳を傾けた。
「何故だろうな。ギアとは通りたいが、他の者は……無理だ。」
「お前はそうだろうな。」
はっきりと拒絶するノスさんにロノさんはさもありなんと頷く。どうやらロノさんは何か分かっており、確認のために尋ねたようだ。
吊り橋……イアさんと渡りたいノスさん……あれ?もしや、これは定番の吊り橋効果と言うやつでは?
ロノさんの言う言葉に嫌な予感がする。もし、これがエロスさんが設置した罠だとするのなら……
「あの橋を一緒に渡れば一緒に渡った人と恋に落ちたり?」
「本当か!?」
「えっ。」
ノスさんにガバッと肩を掴まれ、思わず仰け反る。流石に必死過ぎないかと口元を引き攣らせた。
「あの、痛いんですが。」
「あ、ああ。すまない。つい、な。」
ハハハッと誤魔化すように目をそらすノスさんをジト目で見つつため息をつく。よっぽどイアさんと恋仲になりたいとみた。うーん。でも、正直オススメしないんですよね。イアさんは望んでいない気がしますし。
「まあ、いいんですが。
この調子であれば一緒に渡るのはやめた方が良さそうですね。」
「何故だ!?」
「何故って……ノスさん。イアさんのお顔を見てください。」
「顔……?……ヒェッ!?」
頭が恋愛で逆上せきっているノスさんも一瞬で冷静になるイアさんの顔。
勿論、その余波を受けてテルさんはガタガタと震えだしており、抱えているカンタによしよしと撫でられている。
そりゃそうだよなと遠い目をしていると、イアさんがノスさんに近づいた。ノスさんは後退り、何処からか取り出した般若の面を付けているイアさんから目線を逸らす。
「ぎ、ギア……?」
それは正に罪人が裁判官による裁きを待っているかのようだった。恐る恐るイアさんに目線を合わせるノスさんに、イアさんは面をゆっくりと外した。
「……ユーラ。」
「ヒャイッ!?」
現れた眉を下げたイアさんにか、それとも滅多に呼ばれない名前にか。目を見開いたノスさんは、イアさんから目を離せない様子だった。
イアさんは、ノスさんに合わせるように少し屈んだ。
「私は、急いでない。私はここに居る。一緒に居る。急ぐ必要、ある?」
「ない、な。すまない……。急いでしまったんだ。
ギア、許してくれ。私は、君に許されないと」
「いい。許す。素直なのは良いところ。」
素直に謝るノスさんを褒めるように首に手を回したイアさんに、恐らくイアさんの思い通りにノスさんは頬を赤らめた。
「……でも、次はない。」
「わ、分かった!」
よしよしと撫でられているノスさんは少し顔が青い気がするが、あれはあれで幸せそうだ。
「これが飴と鞭ですかぁ。」
「あめ……?」
「あ。ルナさんはこの飴をどうぞ。神様の手作りです。」
「ん。……おいしぃ。」
あの二人のやり取りから目線を逸らさせるように取り出したいちご飴を手渡す。
そこそこ大きいはずだが、ルナさんは躊躇せずに口の中へと放り込んだ。口の中からはバリボリと全く似合わない音が聞こえるが、聞かなかったことにした。
それはそうと。
「で、渡るんです?渡らないんです?」
「渡らない。」
「「はーい。」」
イアさんの一言で即決したのだった。
あれ?それはそれでいいんですけど、これからどうするんでしょう?
・
・
・
結局、イアさんが崖どうしを繋ぐ橋を別に作ったことで難を逃れ、広がっている森をルナさんの案内で進んだその先。
そこには遊園地があった。
「え。何故に遊園地?」
見渡せばコーヒーカップにメリーゴーランド、ジェットコースター、観覧車と定番の乗り物が目に入る。
その奥にはお化け屋敷らしい旗の立った大きなお屋敷が見えた。
「ふむ?ここがゆうえんち。……ゆうえんちとは?」
「ゆうえんち?」
イアさん達は初めて見たようで、そういえばこの世界ではまだ見た事がないなと思い至る。説明しようかと迷っていると、その前にロノさんが口を開いていた。
「遊園地とは、人間の娯楽施設だ。あれらも何かしら人が乗って楽しむものだろう。」
「そう、なのか。
む?確かにおかしな話だな。こんな所に何故人の遊ぶ場所があるのだ?」
「シャァ……?」
人気がない場所に何故……?と全員で顔を見合せていると、気がつけばテルさんが居なくなっていた。
辺りを見渡せばいろいろと見て目を輝かせるテルさんの姿が目に入る。どうやら、初めて見る遊具の数々に好奇心を抑えきれなかったらしい。
「なんだか珍妙なものが沢山あるな!あれはなんだ!?」
「ここまで声が聞こえますね。皆さん、どうします?」
「む……遊ぶために来た訳ではない。姉、バカは?」
「……あっち。」
ルナさんが指さす方向にはお化け屋敷があった。どうやら、あそこにいるらしい。まあ、その更に向こう側にいるという可能性も否定できないんですが。
お化け屋敷の裏側には岩肌が見えている。パッと見たところ行き止まりだ。お化け屋敷に居らず、何処にも入口がない場合は穴でも掘らなければならないだろう。
「はーい。テルさん、行きますよー。」
「な、何故だ!?手前にあるのだから、やはり楽しむのが先では!?」
「馬鹿なことは言わない。目的を忘れるとは……」
「あっ。や、やっぱり先に目的を達成からにするぞ!
ほら!お主ら!早く行くぞ!」
「変わり身が早いですねぇ……。」
特訓という言葉の前に方針転換したテルさんの後ろをついていく。
人気のない遊園地はどこか不気味だ。クルクルと回り続けるコーヒーカップ、メリーゴーランドは楽しげな音楽が余計に恐ろしく感じる。……まだ、不協和音とかじゃないだけマシ、ですかねぇ。
ぼんやりと頭の片隅で考えつつ時折遠回りしながらお化け屋敷へと辿り着く。
案の定、お化け屋敷の手前の旗にはお化け屋敷と書かれており、少しばかりおどろおどろしい雰囲気だ。屋敷自体も古く見え、よりお化け屋敷らしい雰囲気を感じる。ですが、どこか見覚えがあるような……?
僅かな引っかかりから一体どこでだったかと思考をめぐらせる。ややしてロノさんと遭遇した屋敷だと思い出した。あの屋敷はエロスさんの持ち家だったらしい。
「な、何故であろう。少しばかり嫌な予感がするのだが……。」
「まあ、お化け屋敷、ですからねぇ。テルさん、怖いところ苦t」
「そ、そんな事ないぞ!お化けなどちっとも怖くはない!さあ!行くぞ!」
「あ。ちょっと待ってください!」
苦手ではないと主張するようにドスドスと歩いていくテルさんを呼び止めるが、先に入っていってしまった。
正直、中に入るのは嫌な予感がして仕方がないんですけどね。
吊り橋に遊園地、お化け屋敷にエロスさんがいるとなれば大体の予想がつく。これはつまり、所謂デートスポット、恋を応援するものなのだ。
「さっきの吊り橋は吊り橋効果がかけられていたみたいですし……今回も、恐らくそうなのだと思うんですが。」
「今回も?」
「どういう事だ?」
説明を求める視線に、少し考えをまとめてから話し始める。あくまでも簡単に、だが。
「そもそも吊り橋効果とは、恐怖体験によるドキドキと近くに居る異性への意識、つまり恋心が芽生えることによるドキドキとが混ざり誤認した結果、恐怖体験を異性と体験するとその異性への恋心が芽生えてしまうという現象を言います。」
「ふむ?……つまり、先程の吊り橋とはその事を概念として作り上げられた罠?」
「一緒に渡った者へ強制的に恋心が芽ばえる……なんともあいつが好きそうな罠だな。」
どうやらイアさんたちは、先程の吊り橋をなんとなく嫌な予感がするから避けていたらしい。
ほんの少しノスさんが惜しいという顔をしている様子からしてそうなのだろう。まあ、先程のことがあったのだ。今は大丈夫だろうが。
「更に言いますと、このお化け屋敷は怖い場所、という概念を持っています。つまり、」
「ここでもその、吊り橋効果、という奴が起きる?」
「そうなりますね。」
なんとも面倒なところにいるものだと考える。ルナさんに尋ねたところ、やはりここに居るのは間違いないらしく、迂回するのも難しそうだ。
うーん。本当に、どうしましょうか?
次回、お化け屋敷で恋しない方法
因みに、皆が悩んでいる理由としては、エロスさんが作りあげたこの罠はあくまでも概念であるため、状況が鍵になるからです。
ドキドキしないから、怖くないから恋に落ちないという抜け穴はありません。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




