171話 喧嘩は程々に
こんにちこんばんは。
そろそろこの話が終わる予感がしてきた仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
ギリッと歯の擦れる音とともにイアさんが抑えきれない感情を出すように音を漏らす。イアさんは泣いているようにも見えた。
「貴方はいつもそう。」
「……何が。」
神様の問いに漸く自分が声を漏らしたことに気づいたかのように、イアさんはハッとした顔をした。
そして、今まで抑えてきたのだろう感情をもう耐えられないと神様に向かって言葉にし始めた。
「私たちに何を残した?最後まで面倒を見た?
いいえ、全て姉に任せて貴方は消えた。」
「それは……」
「姉が、兄弟が暴走した後、貴方は何をしていた?
突然現れて、今度は面倒を見ると言ったプティを放置してまで何をしている?」
問いかけるイアさんに神様は顔を歪めた。
神様にも事情はあるのだろう。それでも言いたい言葉が溢れた。そんなイアさんの様子につられたのか、神様も戸惑うように言葉を連ね出した。
「僕だって……俺だって、最後まで面倒を見てやりたかった!でも、そんな時間も立場も許してくれなかったんだよっ!
今回だってそうだ!プティの所にずっと居たかった!でも、そんなことは夢物語だったんだよ!傍に居てはいけない、後始末をしろ?接触はするな?なのに、不誠実だって?
じゃあ、俺はどうしたら良かったんだ!」
「一言でも、言ってくれれば良かった!」
「一言でも……?」
ガイアさんの言葉に、何故そう言われるのか分からないといった様子で神様は言葉を繰り返した。
神様からすれば、言葉にしているつもりなんだろう。でも、私が思うに神様って言葉足らずな方ですよね……?たまに言ってはいけないことまで言ってたりしますけど。
「そうですよ。神様。
神様は自覚がないかもしれませんが、言葉足らずな方なんですから。言ってくれないと分からないんですよ?」
「そう、なのか……?」
「プティの言う通り。自覚する。」
「それに関しては僕も同感。
君ね。初期の神2人が無口って時点で気づいた方が良かったと思うよ?」
神様に似たからだと言外に言われ、神様は反論しようとして言葉にできない様子だった。
それもそうだろう。子は親に似るというのは、よく聞く話なのだから。まあ、親を反面教師にするというのもよく聞く話ではあるため、どちらとも言えないのだが。
テルさんとか、その筆頭のような気がしますね?
呼んだか!?と、叫ぶテルさんの幻影を消して神様に近寄る。神様は、まだ少し動揺しているようだった。
「神様。私は、神様を頼っていいのだと言われたとき、とても嬉しかったんです。
その貴方が、他の誰かを頼らなくてどうするんですか。」
「べ、別に俺は……。」
「神様が私の傍に居られないなら、他の誰かに伝えてくれたら良かったんです。もしくは、伝言をしてくれるだけでも良かった。
そうすれば、私は文句を言いながらも待っていたんですよ?神様。
ガイアさん達に対してもそうです。神様が面倒を見られないなら、他の方を頼ればよかったんです。
それとも、神様には頼れる相手は居ませんか?」
それは寂しいことだと思いながら口にする。
神様は俯きながらも、そっか……と口にして首を横に振った。
「いいや。頼れるやつはいるよ。俺が……僕が意地を張っただけで。」
「神様……。」
「ごめん。プティ。ずっと、君を不安にさせてたんだね。その事に僕は気がついてなかった……。
本当にごめんね。」
謝る神様に苦笑し、大丈夫だと言うが神様は気が済まないようでなかなか立ち直りそうにない。
まあ、後は時間が解決してくれますかね。
少しホッとしていると、後ろから舌打ちが聞こえた。振り返るまでもなくその人物が誰か分かる。エロスさんだ。
「これで大団円ってそんな陳腐な終わり方する気?」
「これで問題ない。文句ある?」
エロスさんはこの状況が気に入らないのか、忌々しげに吐き捨てた。イアさんは不信げにエロスさんを見返すが、それすらも気に入らないとばかりに目線を鋭くする。
「文句?あるに決まってるだろう?
どうして大団円になる?彼がした事に変わりはないよね?
反省したから?謝ったから?それで何になるの?本当に何もかもが解決したと言えるの?結局彼だけでは今の状況すら変わりっこないのに?」
確かに、はっきりとしない終わり方ではある。
ただ、一つだけ。これだけはエロスさんに言わなければならない事がある。
私は神様が俯く姿から目を離し、エロスさんに向き直った。
「確かにそうですね。ですが、それがどうしたんですか。」
「どうって……君はいいの?こんな終わり方で。」
こんな終わり方。それは、神様が謝ったところで何も改善されていないこの状況についてだろうか。
それもあるだろう。しかし、エロスさんが言いたいのは少し違う気がする。なんだか、こう言えば自分の味方になってくれるだろうという打算も含まれている気がするんですよね。
つまり、エロスさん自身が納得のいかない結末で終えることが気に食わない。そう感じるのだ。
だからこそエロスさんに同意はしない。心の中では……少なからず不満に思う気持ちはあったとしても。
「私は良いですよ?神様のためならいつまでだって待てますし。
それに、少し心配だったので神様の環境が改善されるなら喜ばしいことです。」
にこりと笑ってエロスさんに答える。
エロスさんは目を見開き、少し瞑目したかと思えば急に笑い始めた。
「ああ。そうか。君は、そういう人なんだね。」
笑い声が途絶え、温度のない声がそう広くない部屋に響く。あまりの冷たさにゾッとした。
イアさんはエロスさんの様子を理解できないとばかりに首を傾げた。
「何故笑う……?」
「姉さんには分からないよ。姉さんと彼女は軸が似ているから。
ホント、なんでここにあの子が居ないんだろう。あの子だったら分かってくれるのに。」
何故と問うエロスさんに幼さを感じ取り、もしかしてそのあの子とは空のことかもしれないとふと思う。
空であれば、確かにエロスさんと似たようなことを言うだろう。そして、神様に困った顔をさせるのだ。私は二人の間に入ってどうしたものかと考える。そんなやり取りが頭の中を過ぎった。
なるほど。空とエロスさんはなんだかんだで馬が合うから一緒にいたんですね。
空に協力していたのも、恐らく空の行動がエロスさんの思いに沿っていたからなのだろうと当たりをつける。
「エロスさん。貴方はもしかして……」
「言うな!」
空のためにここまで来たのかと続く言葉を遮られる。エロスさんもそこまで強く言うつもりはなかったのだろう。ハッとした顔で口元に手をあてた。
「……とにかく、こんな終わり方、僕は認めないから。」
そう言って姿を消したエロスさんに驚きから数度目を瞬き、イアさんと目を合わせる。イアさんは眉間に皺を寄せて考え込んでいる様子だった。
「……あの様子だと、何かをやらかしかねないな。」
「そう、ですね……。」
何故だろう。空の二の前になる気がして嫌な予感が消えてくれない。
せめて誰もが笑えるような終わりになる事を密かに願った。
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翌日、私たちは神様のお店へと帰ってきていた。
あの後、神様からここの鍵を預かったのだ。物凄く謝られたが、正直そこまで困らなかったこともあり……と、言うよりも今回に関してはもう正直そこまで苛立ってもいないのだ。
寧ろ、神様のお店の鍵を貰ったことの方が嬉しいんですよね。
だからこそ、こうして神様のお店で掃除をしつつ待てるのだ。
「ふんふっふふふーん♪」
「姉さん。」
「空!」
それに、空もこのお店の中でなら出て来てもいいと言われていますしね。
ますます気分が上がり、掃除にも気合いが入る。
「もうそこの掃除何度目?」
「えっと……3度目ですかね!」
「そんなに掃除しても変わらないよ?」
もう…と苦笑する空に嬉しくなり、抱きつくとクスクスと笑われてしまった。しかし、このやり取りが出来ることが嬉しい私は更にきつく抱きついた。
「二人とも仲良し。」
「うむ!良い事だな!」
「そうだな。」
「シャッ!」
2階から降りてきた3人と1匹の声に振り向く。どことなく微笑ましげに見られているのを感じ、少しばかり恥ずかしくなったが空に抱きついたまま話しかけた。
「もう話し合いは終わったんですか?」
「ああ。」
「居なくなった馬鹿の行方も見当がついた。」
「後は我らが母が目覚めしだい探しに行くのが良いだろう!」
ガハハッと笑う声も何処か空回りに聞こえるが、それも無理はないだろう。
エロスさんの不穏な言葉はそれだけ影響を与えているのだ。
また、ルナさんについてだが、ルナさんはあれから寝たままだ。あの時、やけに静かだとルナさんを探すと、端にあるソファで寝息を立てている姿を発見した。
イアさん曰く、流石に疲れたのだろうとのことだった。
まあ、滅びの天使だというあの生き物を産まれる前の状態に戻したというのだから、並大抵のことではないだろう。寝込むのも無理はなかった。
「あれ?そういえば、ノスさんは……」
「……ここにいるが。」
むすりとした不機嫌そうな声が聞こえ、見るとノスさんの影になって見えていなかったらしい。
つまり、身長差が大きすぎて見つからn……これ以上考えるのはやめましょう。ノスさんからの視線が痛いです……。
「それじゃあ、ルナが起きたら皆はあのバカを探しに行くんだね。」
「そうなる。」
少し寂しそうな空に、分裂した状態で話す方法があればいいのにと考える。
……あ!そうです!
「空!分裂した状態で一緒に居られる方法、思いついたんですが試しませんか?」
「えっ。……まあ、姉さんがどうしてもって言うなら……。」
よーしっ!目指すは空と一緒にバレずにお外に行くこと!です!
うきうきとしつつこうして試行錯誤が始まったのだった。
「あれ、放っておいていいのだろうか?」
「嫌な予感がするな……。」
「シャァ……。」
次回、プティの試行錯誤
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




