170話 再会は修羅場の予感
こんにちこんばんは。
シリアスが暫く続くことに愕然とする仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「……それも、そう、ですよね。」
空の存在は確かに問題だったのだろう。世界を壊そうとするのは流石にいただけない。それも理解はできる。
寧ろ、バグとして既に消されてしまっていてもおかしくない存在のはずなのだ。通常であれば、今もまだ私の中に居るなんて、それこそありえない。神様であっても同じことだ。
この世界で自由を謳歌する私たちは、自由である代わりにある一定の定められた範囲内を超えた事は制限されている。そうでなければ、この世界は成り立たないのだから。
逆に言えば、それさえ超えなければ私たちは自由な訳だが、ある意味不自由の伴う自由とも言えるだろう。だからこそ、この世界はリアルといえる。
不自由のない世界はそれこそ夢幻の中にしか存在しないのだから。
だから、一線の超えた空という存在を生み出した世界を壊してもう一度初めからにしようと考える運営の気持ちも、まあ。分からなくはないのだ。少し短絡的だとは思いますけどね。
「でも、関係ない人を巻き込むのは違うと思うんですが。」
「それもそう。だから、あれは姉に壊してもらう。」
ん?と、首を傾げる。
何か話がおかしな方向に転換されなかっただろうか。
ルナさんの方を見ると、こちらを見てこくりと頷く姿が目に入った。
「うまれる、よてい……くつがえす。
……時計よ。回れよ回れ。反転し、変わる運命は水の如く溶けて今に残る。因果を背負うは無垢の子。けれども無垢の子はもう居ない。
帰れよ帰れ。全てはゆらぎ、母なる海に溶けて消え去る。〈海の唄・回帰〉」
静かな声。だが、清らかな子守唄のようなそれは静かに響き渡り、まるで空間に影響を及ぼすように滅びの天使と呼ばれたものを中心として揺らぎが広がっていく。
そして、カプセル全体が揺らぎに包まれたかと思えば、滅びの天使が目を閉じたままに最後のあがきと鳴き声をあげた。
「……ォオオオオオオンッ……!」
「……おやすみ。」
どこか物寂しい泣き声に温かみのあるルナさんの声が応える。滅びの天使は溶けるように消えていった。
「……今のがルナさんにしか出来ないことですか?」
「死に導くことは出来ても、生を還すことは姉にしか出来ない。」
「ある意味バランスブレイカーだからねぇ。
そんな人がやらかしたから、月に封印されてたって訳なんだけど。」
「そうなんですね。」
話の流れに納得しつつ、これまた良いのだろうかとさっき考えた事を想起する。明らかに味方にしてはいけないレベルの人だった……と、思ったところで今更だと思い直す。そもそも、それを言ったら神様もかなりの規格外だったわけで。本当に今更でしかないのだ。
ただ、少し冷静になると思いの外おかしな状況だと気がついただけで。
これは、もしや空が私の中でツッコミを入れてくれているとか、そういう理由で閃いているのかもしれませんね。
不思議なこともあるものだと考えていると、暫く虚空を見つめていたルナさんがこちらへと戻ってくる。
「おわり。」
「流石、姉。これでこの世界は続く。」
「続いたところで、だけどねぇ。」
「へぇ?そんな皮肉を言うんですね。エロスさん。」
「ちょっ、べ、別にこのくらいの皮肉くらいいいじゃないか!」
気持ちは分からなくはないがと呆れた目で見ると、エロスさんは慌てた様子で反論する。段々分かってきたのだが、エロスさんは皮肉屋で素直ではない性分のようだ。
ふむ。これはこれでからかいがいが……。
「でも、また天使が生まれたらどうするんですか?」
自然と浮かんだ疑問が口から滑り落ちる。
間を置くことなく答えたイアさんが言うには、それはありえないとのことだった。
「何かを誕生させるにはそれだけのリソースが必要。今はもうないはず。」
「まあ、問題が完全になくなった訳ではないけどね。今度は物理的にこの世界を閉じられてしまえばお終いさ。」
「物理的……。」
まるでこの世界が作られたものであることを知っているかのように言うエロスさんの言葉を反芻する。エロスさんはそんな私を小馬鹿にするように鼻で笑った。あっ。ちょっと今のムカついたんですが?
思わずむすりと不貞腐れると、エロスさんは悪役のように片方の口角をつりあげた。その視線は私と言うよりも、他の誰かへの不満をぶつけるようでもある。
皮肉げな表情のままにエロスさんは尖った声を出した。
「僕たちも無知じゃない。君たちが他所から来ていて、この世界があるのは君たちが来るためだって事くらいは分かってるんだ。ホント、誰かの掌の上でしか生きていられない生なんてやってらんない。だいたい……」
「それ以上はお口チャック。」
エロスさんの口元にイアさんの手が添えられる。物理的にイアさんによって閉じられた口は未だに何か言いたそうにしていたが、流石に沈黙していた。
「なに?」
「なんでもない。我らが父は……」
「……こっち。」
不思議そうに問いかけたルナさんは、イアさんが首を振ると興味がなくなったようだった。
イアさんから尋ねられたままに指をさしたルナさんが進み始める。私たちもそれに続いた。
暫く歩くこと20分。
カプセルが消え、現れた螺旋階段を降りるとその先には研究所のような殺風景な青白い廊下と扉が続いていた。
「ここは?」
「世界の中枢。」
「扉は下手に開けない方がいいよ。何に当たるか分かったものじゃないからね。」
「は、はいっ!絶対開けません!」
慌てて扉に伸ばした手を後ろに回す。あ、危なかったです。好奇心に任せて開けるところでした。
誤魔化すように笑うと、呆れたようにエロスさんから視線を向けられる。
バレてる……と、思いつつも気を取り直してルナさんの後を追いかけた。
「ここ。」
ピシッと指をさす。相変わらず変わりのない風景ではあったが、ルナさんには確信があるようだった。
少しドキドキしながら扉を開……
「これ、どうやって開けるんですか?」
「うん。知らないなら開けようとするのはやめようね。」
開けれる気がしたんですけどねぇ……。
やはり呆れた視線を向けられ、代わりにエロスさんが前に出る。エロスさんは扉の横に手をかざすと、現れたキーボードに何かを打ち込む。
ピーッと電子音がなって開いた扉に思わず拍手をすると、何とも言えない顔でエロスさんに見られた。やはり素直じゃないですね。というか、どの道これ、私は開けられるはずもないですよね?
さっきのやり取りはなんだったのかと釈然としない気持ちていると、エロスさんから声がかかった。
「そんなことしてないでさっさと入れば?」
「何があるか分からない。私から入る。」
頷き、先に行くイアさんに続いて中へと入る。
中は明るく何処かのオフィスのように机や椅子、パソコンが並んでいた。
そして、その中には人影が……
「神様!」
「……プティ?」
えっ、え?と、頭の中にハテナが乱立していそうな様子のその男性に近づく。
色合いは黒髪黒目に白衣と普段見る姿とは違うが、顔立ち自体は同一人物だと分かる。
「やっと会えました!神様!」
「えっと、どうしてここに?」
本気で不思議そうな神様に少しだけムスッとする。そもそも、始まりは神様がいなくなったことだというのに。
「……私、神様がいるから毎日が楽しく感じられていましたし、神様がいるから安心して過ごせていたんです。
正直、神様がいなくなって、もうこの世界に来るのをやめようかと思ったくらいなんですよ?」
分かってますか?と、神様を見る。神様は気まずそうに目を逸らした。
それを見てハッとする。いきなり会ってこんなに重たい発言は神様も流石にどう対処したらいいのか分からないだろう。
「あ、すみません……神様にも、何か事情があったんですよね。
どうして消えてしまったのか、教えて貰えますか?」
「えっと……うん。出来ればそうしたいんだけど……ごめん。機密だから言えない。」
「そう、ですか……。」
致し方がないことであるとしても、やはり落胆を隠しきれない。
少し、そう。少しではあるのだが、ここまで来たにも関わらず自分の欲しい言葉が貰えないだけで、今までの自分の頑張りはなんだったのかと思ってしまったのだ。結局、私は期待してしまっていたのだろう。神様なら私の欲しい言葉をくれるのだと。
思わず俯いていると、エロスさんが前に出た。まさかエロスさんが行動に出るとは思っておらず、瞬きをする。
「ねえ。健気にもアンタを頼りにして来た子がここまで辿り着いたんだよ?何か言うことはないの?」
「それは……」
何かを迷うように、躊躇うように口を開閉させ、決心がついたのか神様は私の方を見た。
「その、急に居なくなってごめん。
事情を説明出来たら良かったんだけど、あの時はそんな時間もなくて。本当は、全部終わったらまた君の所に戻ろうとは思っていたんだ。
だけど、空くんのこともあってなかなか戻れなくて。君たちがここに居るのも、本当は良くないんだけど……。」
「神様……。」
ああ。そういう事か……と、腑に落ちる。濁してはいるが、神様は私たちのせいで運営の方から何かを言われたのかもしれない。そして、その責任をとらされたのだと。
だから、私たちに会いに来れなかったのだろう。
「分かり、ました。」
「プティ……?」
「神様には神様なりの事情があって、今は会えない。会いに来るのも迷惑、ということですね。
分かりました。それなら、もうここに来るのはやめます。私は、大人しく神様が戻ってくるのを待っていますね。」
だから、もう戻りましょう。
振り返ってイアさん達に言う。イアさんは無表情ながら、一歩神様に近づいた。どうしたのかと見ていると、手を挙げ……神様の頬を叩いた。
パシッとなる音に驚愕する。
「えっ……。」
シーンっと静まった空間に私の声が響く。
叩かれた神様も驚愕から目を見開いていた。
「我らが父よ。その態度は何か。」
「いや、僕にだって立場が……」
「違う。不誠実だと言っている。
貴方は、いつもそう。」
そう言ってイアさんは唇を噛んだ。伝わらない思いに悔しがっているかのように。
次回、ガイアVS神様
因みに、カプセルは中の人がいなくなれば消える仕様です。
今回、入口が勝手に現れているようにプティからは見えていますが、実際にはこの泉からルナさんやガイアさんがハッキングして入口を作り出しています。
そのため、通常は入って来れないはずの所まで来ている4人に神様は驚愕しています。
エロス「パスワード?知ってるわけないよね。神様からのお導きってやつさ。」
エンプティ「あ……(この人もハッキングしたんですね……。)」
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




