164話 痴話喧嘩は他所でやりましょう
こんにちこんばんは。
何故かしんみりモードが進行する仁科紫です。あれ?こんな予定ではなかったのですが……。
それでは、良き暇つぶしを。
ロノさんと別れ、影の出てくる門までもう目と鼻の先という所まで近づいたにも関わらず、私たちはそれ以上先へと進めずにいた。
いや、正確には少しずつ進んではいるものの、足止めをされていると言ったところか。
今、私たちは今までにないほどの大量の影と面倒な相手と対峙していた。
「もう!なんでこんな所でエロスさんが待ち受けてるんですか!」
「あっはっは。いやー。だってほら、上司に『何時までここにいるんだ』なんて、目で見られちゃったら出るしかないでしょ?
ほら、追加で100匹。いけるいける!」
「のわぁーっ!?」
「いけるいけないの量じゃないんですが!?
〈魔力糸(粘)〉!」
「あははははっ!たーのしーなー!」
愉快げに笑い転げるエロスさんに殺意の籠った視線を送り付け、瞬時に切り替えて糸で影を捕まえた。100も居れば1体くらい影を捕まえることは容易だ。
確かな手応えと共に影を2体捕まえたことを確認するとまたヨーヨーのように振り回し、ペタペタと影を貼り付ける。完成したものを振り回せば、あら不思議。簡単な鈍器の完成っ!ですね!
ブンブンと振り回し、寧ろ沢山いるからこそ避けることも容易ではない影達を吹っ飛ばす。
隣でぎゃっ!?だとか、わっ!?だとか叫び声が聞こえる気がするが、気にしてはいけない。私よりも下にいれば避ける必要もないのだから、避けているテルさんはきっと遊んでいるだけなのだろう。こんな時に困った方ですねー。全く。
「いや、そんな暇もないからだが!?ぉわっ!?」
ん?何か言いましたかね?
首を傾げつつも粗方吹き飛ばしたところでフラフラになったテルさんを放置し、どうやってこの人の横をスり抜けようかと視線をさまよわせる。
上……は、影が少ないものの、ここが私の飛べる最も高い位置ですからこれ以上なんて無理ですし。横はそれこそ、影が陣取っているので通り抜けは難しそうです。下は……まあ、死角にはなるのでしょうが、目の前で下に降りていくなんてバレバレでしかありませんし。
「ふむ。困りましたね。」
「おや。どうしたんだい?まだまだ遊んでいくだろう?困ったことなんてないはずさ。」
にこりとはしているものの、笑っていない目でそう断定するエロスさんに頬を引き攣らせる。
あれ?私、エロスさんを怒らせるようなこと、しましたっけ?
あっれぇ?と首を傾げていると、エロスさんはバカにしたように笑って私を見下ろした。
あ。これが上から目線か。と、どうでもいい事を考えている間にもエロスさんが口角を上げて話し始めた。
「君さ。色んな人を巻き込んでおいて、それでも彼女を求める理由ってなんなの?」
「え?それ、今聞きます?
そんなの決まってるじゃないですか。元々、空は私と……」
「私と、何?もしかして、私から生まれたから一緒じゃないといけないとかそんな在り来りでつまんない理由じゃないよね?」
「そんなんじゃ……」
ないと言いたかった。それでも、エロスさんから向けられる視線のあまりの冷たさに否定の言葉は止まる。
ああ。なるほど。どうやら、エロスさんは私の知らない理由で私に対して怒っているらしい。
大方空の気持ちも考えろとかそんな話なのだろうが、それはとっくに今更の話である。つまり、何が言いたいかと言えば、で、それがどうしたんですか?ということだ。私は私の信念を持って動いているのであって、そこに空の意思は関係ない。……まあ、自分勝手と言われればそれまでなんですが。それこそ、空も同類ですし?
やってられないとジト目でエロスさんの次の言葉を待つ。エロスさんは不貞腐れたように頬を膨らませた。
「ほーら。そんなことだと思った!
どうせならもっと面白い理由にしなよー。
例えば……ほら、あまりにも空くんが好きすぎて閉じ込めたい欲を我慢できなくてーとかさぁっ!」
ズコーッとコケる。思わずとってしまった行動に慌てて体勢を整え、何を言い出すのかとエロスさんを睨みつけた。
「サイッテーですよ!?
何言い出してんですか!!」
「そうだよ。このポンコツ。時間がかかってるかと思えば何やってんの。ホントありえない。」
聞こえてきた辛辣な声にパッと振り向く。
そこには偽物か本物なのかは分からないものの、確かに空の姿があった。
「空っ!」
「もうこんな所に来てたんだ。ホント、姉さんもしつこいよね。」
「っ!」
敵意の籠った視線を空から向けられ、思わず怯む。しかし、言われっぱなしも癪だと空にずっと言いたかったことを言ってやることにした。
「空こそ!勝手に居なくなったかと思えば、こんな事を仕出かして!私みたいなお人形よりも優男が良いってことですか!?」
「……は?」
ビシッと指を指し、私は怒ってるんだぞとアピールをするが、空はスンッとした顔をしている。思いがけない言葉を聞いたからとも取れるが、咄嗟に出た声の低さからして怒っているのかもしれない。
怒っているのは私の方なんですけどね!
「しかも、大切な体を傷物にして!神様に申開きはないんですか!」
「いや、え……?」
戸惑ったように私を見る空は我に返ったのか、唐突に首を振って慌てるように口を開いた。
「ご、誤解だよ!?そもそも、こんなヤツの隣に居るくらいなら姉さんの方が大切だし!」
「じゃあ、なんで居なくなったんですか!」
「それは……!」
言うべきか言うまいか悩むように口をはくはくとさせた後、言葉にできないものを堪えるように空は唇を噛んだ。
へー。そーなんですか。言えないんですね。
「もういいです。
私は空が自分勝手をするなら、私も自分勝手すると決めましたから。」
ふいっとそっぽを向き、エロスさんも何故かこちらを見ておらず、障害となる空も私から目を逸らしていると状況を把握する。
ふむ。今なら門の方へ行けそうですね?
この状況のおさめ方なんて知ーらないっと荒んだ気持ちに蹴りをつけ、こっそりとその場を離れることにした。
「そもそも、傷物って表現の仕方が……って、姉さん!?あれ!?」
あ。もうバレちゃいましたか。
後ろから追ってくる空から逃げるように慌てて門へと向かうのだった。
「……あれは何だったのだろうな……?」
「いや、ホント、何あれ。面白すぎ……っ!!
痴話喧嘩か何かかなっ……!!」
呆然とする鷲頭の大男ともう耐えられないとばかりに笑い始めた優男を残して。
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「ふぅ……到着!なのです!」
ようやく着いたとかいてもいない汗を脱ぐう仕草をしつつ、目の前にある黒い穴を見る。
今も中から影が出てきているのかと思えば、存外にそんなこともなく。まるでブラックホールのような穴が宙に開いている。そんな印象を受けた。
「さて。穴を閉じるとは言ったものの、どうしたらいいのでしょうか?」
正直、ノープランで突っ走ってきただけにどうしたものかと穴を見つめること数分。
そこでふと、ここに来る前の話を思い出した。
あ。そういえば、穴はエレボスさんが閉じてくれるので、私達は殲滅をしたらいいんでした。
じゃあ、なんでここに来たのかと言えば、空と対話するため……あー。ついムカッとして大事なことを忘れてしまっていましたね……。
私は、どうしたいのだろうか。ただ、空と会えば話し合って解決できると思っていた。でも、空の意思は強固だ。つまり、覆そうにない。
でも、私は覆したい。……と、なれば。
「姉さん。」
後ろからかけられた声に振り向く。空は焦っているように見えた。空は、恐らくエレボスさん達が動いていることを知らない。
それはつまり、私が穴を閉じる何らかの方法を持っていると考えていることに繋がるはずだ。
地上を見れば、影を撃退できることに気がついたらしいプレイヤー達が次々に影の数を減らしていっているのが見えた。特にある一角の進撃は特に凄まじい。その一角はイアさんたちがいる方角な訳だが……ん?守備だけのはずなのですが……?
まあ、何はともあれ、この状況は空にとって不利な状況であることは変わりない。空が焦るのも無理はなかった。
であれば、交渉の余地は十分にあるのではないだろうか。
「空。」
「……何。」
不機嫌そうにこちらを見る空は気もそぞろといった様子だ。本当なら私に構うことなくこの状況の改善につとめたいはずだ。それが出来ないのは、空にとっての計画の急所がここにあるから。
「空はどうして、海をやめたかったんですか。」
「はぁ?」
何を言い出しているのかと私を呆れた目で見る空。空は今更だと思うかもしれないが、私にとっては不可解だったのだ。
私にとっての海は、何でもできる凄い子だ。両親の期待に応えようと努力の出来るいい子。そんないい子がこんな悪役めいたことをするだろうか。いや、しない。だからこその不可解。
でも、それは私に残された記憶から見た海だ。もしかしたら、空にとっての海はそんな子ではなかったのかもしれない。
ジッと空からの返答を待つ。空は顔を俯かせ、こちらからは表情を伺えない。
やがて空はどこか諦めの籠ったため息を零した。
「……あのさ。それ聞いてどうしたいの?」
「どうもしません。ただ、私の知らない海がいるのであれば、知っておかないと今後の対応を間違えそうだから聞いているだけです。」
「……あっそ。」
再びため息をついた空は、なんでこんないい子ちゃんになったんだろうね。なんて言いながらも空は話し始めた。ただし、それが本当に空の言葉であるかは私にも分からなかったが。
「私は、海であることに疲れただけ。ただ、それだけ。」
「疲れた?」
「そう。私が私である限り、周りは私に期待する。私はその期待に応えるのに疲れた。疲れてしまったから……別の人に託すことにした。」
それがあなただと指を刺され、虚ろな目が私を捕える。空であって空でない人……恐らく、海が話しているのだろう。
冷たい表情は私を拒絶するようだ。
やがて、海から空に戻ったのだろう。ため息をつく顔はどこか疲れており、今のが何だったのか聞ける雰囲気ではない。大人しく黙って待つ。正直、さっきから黙ってばかりなだけに口出ししたくて仕方がないが、そこは雰囲気を読んだ。
そうして待っていると、空はまたため息をついた。
「ボクは確かに海なのかもしれない。海という存在が考えていたことをボクは全て知っているから。
だから、ボクは海の選択を尊重する。そうするしかないからね。」
「空……。」
諦めたように呟く空に少し心配になる。……が、それよりも気になったことがあった。
「ところで、私に託されても海みたいなことは出来っこないんですが、その辺、海はどう考えてます?」
「……私もまさか、ここまでおバカな子が出来るとは思わなかった、だってさ。」
「はぁっ!?おバカとはなんですが!?おバカとは!?」
次回、多分、どうにかしてケリつけます。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




