158話 出会いは初めから
こんにちこんばんは。
時間に余裕が無い仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
さて、そうこうしてポントスさんが封印されていた場所にやって来たわけなのだが、私はすっかりもう一人……いや、もう一体?杯?の存在を忘れていたのである。
それは……
「シャァアアアアァアアッ!!」
「わぁ!カンタじゃないですか!久しぶりですね!」
「襲われているのに開口一番にそう言えるとは、なかなかの根性。」
「うむ!……しかし、カンタとは……?」
そう。そこに居たのは神殿の守り手であると言わんばかりに場所を陣取るイカともタコとも言えないクラーケン。イカのように尖った頭にタコと同じ八本足の見上げるほどに大きな軟体動物だ。
恐らく、イカンタコ……略してカンタなのだが、少し自信がない。クラーケン違いだったらどうしましょう!?
不安には思うもののの、確かめるためにクラーケンが待ってくれはしないのだ。
「シャァアアッ!」
「えっと、カンタですよね?合ってますよね!?」
襲いかかってくるカンタからニケを展開し、水を翼で押し出して離れる。
とりあえずカンタか否かが分かればまだ戦いようがあるのだと声かけをすると、思わぬ方向から答えが返ってきた。
「不安になる気持ちも分かる。でも、合ってる。安心して。」
「良かったです!そうと決まれば捕縛ですね!」
「だから、カンタとはなんだ!?」
やはりカンタだったのだとガイアさんが居てくれたことに感謝する。その後ろで何やら騒いでいる鳥頭さんは置いておくとして、捕縛するべく魔力糸を用意した。
「魔力糸(粘)!」
「シャァアッ!」
体の前で糸を展開すると、かかって来いとでも言うかのようにカンタが触手を広げる。
攻撃を仕掛けてこないカンタにほんの少し期待を抱くが、望みすぎるのも良くはないだろう。すぐさま魔力糸による包囲を始めた。
「包囲!目標:カンタ!」
ビシッと対象を指さし、蜘蛛の巣状の魔力糸がカンタを包み込むべく大きく囲う。しかし、カンタがされるがままになってくれる訳もなく、上へ下へと糸の隙間をついて逃れ続ける。やはり魔力糸は直接相手に使うよりも罠として仕掛ける方が良いのだろう。
ある意味当然の事実を再確認しつつ、ガイアさんに視線を向ける。
相変わらず察しのいいガイアさんは頷き、手を振った。途端、カンタの前方に巨大な大岩が現れる。加速し突き刺すようにカンタへと迫った。
「シャァッ!」
しかし、カンタは瞬時に肉体を大岩に沿わすようにさせ、スレスレで避ける。大きく移動しないのは私の思惑を理解しているからか。
とはいえ、今回に限りその僅かな回避時間はカンタを捕縛するには十分な隙となった。
「〈捕縛〉!ですっ!!」
「シャッ!?」
辺りに漂う糸を全てカンタに向けて一斉にギュッと縛り付ける。
捕縛の意思がのった糸はそう易々とカンタの脱出を認めず、カンタはただ触手をジタバタさせるだけだ。
「捕縛完了!ですね!後は……」
「私に任せる。」
「お願いします!」
「……む?何故だか哀れな予感が……?」
そういえば捕縛後のことを何も考えていなかったと呆然としたが、ガイアさんに何か考えがあるようだ。ホッと息をつき、ガイアさんに任せて後ろに下がる。アイテールさんが何故か首を傾げていたが、きっと気のせいだろう。
後ろからガイアさんが何をするのか見守ることにした。
「〈母の……友の純愛〉」
「シャァッ……!?」
「えぇっ!?」
ただ、私はどうやらガイアさんの意図を読み切れていなかったらしい。ガイアさんはカンタに向けて岩を投げ始めたのだ。
次々と岩が命中する度、苦しげに身を捩るカンタを見ては黙っていられないとガイアさんに呼びかけた。
「が、ガイアさん!?」
「……貴方の言いたいことは分かる。
でも、これは必要なこと。」
「必要な、こと……」
ふと思い出したのはカンタとの出会い。もしもあの時と同じ展開を再現しようとしているのなら。それは、カンタを瀕死にまで追い込もうとしているということなのではないでしょうか……?
考えに至るとほぼ同時に体がガイアさんの前に出た。くるりと反転し、ガイアさんを見据える。見据えたガイアさんは厳しい表情で私を見ていた。
「退く。」
「退きません。」
互いに一歩も譲らず、ただ見つめあう。
先に動いたのはガイアさんだった。
「退かなくても、通すだけ。〈母の愛情〉!」
「通しません!〈黒の糸〉!」
蜘蛛の巣状に編んで広げた糸が飛んでくる全ての岩を食い止めるが、やはり相手は神なだけあって私の小細工なんてものともせずに破ろうとする。
しかし、ただそれを見ているだけの私ではない。
「追加ですっ!!」
破られそうな場所に向けて糸の補充を施す。プツプツと簡単に切れてしまう糸であれ、幾重にも重ねれば丈夫になるのだ。
そうして耐えていると、ガイアさんは一つため息をついた。そして……まあ、これで諦めるような相手でもないのは分かってはいたのだ。少し考えたくなかっただけで。
「母の愛でお腹いっぱいになればいい。
〈母の、愛情〉!」
一つ二つ三つと増えていく岩の数にえっ、ちょっと……!?と流石に慌てる。
最終的には10を越して20並ぶ絵面に、無理という言葉で頭が一杯になる。いや、どうしろと!?
パニックになる頭でふと気がついたのは今糸で抑えている岩が動かなくなっていることだった。
それなら、この岩で……!
魔力糸で岩を覆い、ひとつに纏める。そして飛んできたその岩達にぶつけた。
「えいやぁっ!!」
ドゴーンッどころか、パーンッ!!と凄まじい音でぶつかった岩は互いに砕ける。
くっ、次の岩を防げませんか……!
すまん、カンタと思いながら迫る岩を見ていると、何故か後ろから影がにょきにょきっと生える。私が呆然としている間にも影は迫ってくる岩を吹き飛ばした。
慌てて振り向く。そこには、縛られながらも隙間から触手を出すカンタの姿があった。
「カンタ……。」
「シャァ……シャシャシャ、シャシャシッシャ!」
言葉にはなっていないが、意味は分かる。別に助けたわけじゃない、自分に向かってきた攻撃を防いだだけだ。そう言ってるのだ。
なるほど……ガイアさんはこれを狙っていたのかも、しれないですね。
今なら言葉が通じるかもしれない。そう思い、カンタに近づいた。
「あの、すみません。突然カンタと呼ばれても分かりませんでしたよね。
でも、もし良ければなんですが、一緒に来ませんか?」
「シャ?」
「ここには貴方が守るべきものがないと思うのです。貴方は守護者。なら、今の状況は少しおかしいんじゃありませんか?
一緒に、守るべきものを探しにいきませんか?」
じっとカンタを見る。少し私は焦りすぎていたのだろう。だから、思わずカンタと呼んでしまったし、呼びかければ応えてくれると思った。
でも、違った。今のカンタは、初めて出会った時のカンタとも、その後一緒に過ごしていたカンタとも違うカンタなのだ。
守るべきもの、だなんておかしな表現かもしれない。それでも今のカンタは、守護者としての役割を持っていたカンタを知っているだけに守るべきものを求めている気がするのだ。
じっと待つ。暫く逡巡するように私を見ていたカンタは、周りの水を急激に吸収したかと思うと、以前と同じような小さな姿で私の方へと飛び込んできた。
「シャ!」
「カンタ……はい!よろしくお願いしますね!イカンタコ……略してカンタ!」
「シャァ!」
良かったと息をつく。しかし、よく考えるまでもなく良くない状況であることを私は忘れていたのだ。
「……まだ続ける?」
「いや、どう見てもダメだぞ!?
姉殿ぉ!?ストップ!ストップだ!!」
あ。アレ止めないと色々とまずそうですね。
慌てて止めて説得するのに20分はかかったという……。
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こうして旅の仲間が一匹増え、賑やかになりながらも次へと向かう。
「次はロノさんですね。」
ロノさんとはニュクスさん達を探すために訪れたお屋敷で知り合ったため、空間の街のダンジョンに訪れるのは初めてだ。神殿は何層にあるのだろうかと考えつつ、大体の場所が分かるガイアさん達の存在に心強くなる。
訪れた空間の街を眺めながらダンジョンへと進んでいると、ガイアさんから声をかけられた。
「前から思っていた。そのロノとは何故?」
「はい?」
「名を省略する理由。」
ああ……と尋ねられた理由に納得し、少し考える。確か、あれはロノさんの名前を全て聞き取れなかったから、だったはずです。
特に深い意味はないが、クロノスというフルネームを聞いてもロノさんという呼び方がしっくりきていたために変えなかったのだったか。
「えっと、聞き間違えでロノさんと呼んでいたら、他のお名前で呼びにくくなったんですよ。」
「ふむ……。」
何故か考え込むガイアさんにどうしたのかと少し不安になる。神様の名前を省略するのってダメだったんでしょうか……?
ガイアさんの様子を伺っていると、ガイアさんは何度か頷いて私を見た。
「なら、私も略して呼ぶ。
あだ名は親しい間柄である証拠と聞いた。」
「むっ!?それならばワシもだ!」
「えっ!?きゅ、急に言われてもですね……!?……ま、マジですか?」
問うと2人からマジだと返ってくる。足を止めた2人は決めるまでは進んでくれそうにもない。
えぇ……。アイテールさんの場合はまだ長いからいいですけど、ガイアさんは……ちょっと、短いですしね……。
「えっと、では、ガイアさんはイアさん。アイテールさんはテルさんで!」
どうですか……?と2人を見る。2人は……あれ?反応がない……?
アイテールさんを見る。何処かプルプルと震えているように見える。
ガイアさんを見る。目元は影になって見えなかったが、口元が歪んでいるように見える。
あれ?私、やらかして……?
暫く待っていると、2人は私に抱きついて来た。
「うわっ!?なんですか!2人とも……!?」
「イアでいい。イアと呼ぶ。」
「テルと呼ぶのだ!プティよ!」
「えっ!?あっはい!イアさん、テルさん!」
「ええ。」「うむ!」
何処か満足気に頷く2人にホッと息をつき、ニコりと笑う。
2人が嬉しそうで何よりです!
「シャァ……」
あっ。カンタの存在、忘れてました!?
腕の中にカンタが居ることを忘れていた為に2人に潰されたカンタは、暫くご立腹だった。
次回、ロノさんの神殿はどこに?
因みに、エンプティはお名前を省略して呼ぶ許可を得ているので問題ありませんが、許可がなければ神様たちの凄まじいお怒りが待っていたりします。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




