157話 空気は読むもの
こんにちこんばんは。
サクサク行きたい願望なんて叶うわけないよなと書きながら思った仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
いろいろあったものの、同行することになったアイテールさんは今、窮屈そうに体を縮めていた。というのも、あまりにもアイテールさんが目立ちすぎたからだ。……正直、むしろ縮めている方が目立っている気がするんですけどね。
「アイテールさん、寧ろ堂々としている方が目立たない気がしますよ?
ほら、鳥の被り物を被った人もいますし、鳥の翼を持った方もいますから。」
あの人とあの人、と示す。
珍獣でも見るように視線が集まっているため、指はささなかったが、無事にアイテールさんには伝わったようだ。縮こまった姿勢から元に戻そうとする。
しかし、ガイアさんはそちらへ視線を軽く向けると首を振った。
「そのどちらも持つものは居ない。つまり、目立つ。その姿勢は変えないように。」
ドゴッとアイテールさんの周りが凹む。どうやらアイテールさんを基点としてその直径1.5m程の重力を強くしているようだ。
物理的に動きにくくなったアイテールさんは驚愕の視線をガイアさんに向けた。
「ぬぅっ!?い、いつの間に重力を……!?」
「ついさっき。」
「理不尽!?」
くわっと嘴を開けて叫ぶが、アイテールさんの訴えなどなんのその。ぷいっとそっぽを向き、ガイアさんは先へとすたすた歩いていってしまった。
「あ。ガイアさん。そこ右です。」
「……分かってる。少し遠まわりしようとしただけ。」
そっちは行き止まりなのだが、言わぬが花だろう。
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道中は喧嘩をしていた2人もなんだかんだ言って目的地に着けば協力的になるというもの。特にダンジョン40階層に到達したときなんかは、仲良く2人揃って入口に繋がる場所へと走っていき、思わず笑ってしまった。
確か、あの二人がいた場所は空の上だったんですよね。
ここから見ても分からないが、きっと今のガイアさんであれば以前と同様の方法で導いてくれるだろう……と、思ったのだが。
「ムリ。」
「えっ。」
「がははっ!空の上を探ってみたが、何処にもそのようなものは無かったぞ!」
「えぇっ!?」
いやいやそんな事はないと思ったが、私では見えない位置にあるために本当に今、そこにあるのかは自信を持って言えなかった。
どうしたものかと考えていると、ふと思い出す。
あれ?ニュクスさんとヘメラさんって一緒に封印されていたんでしたっけ……?
封印する者の側から考えれば、それはなかなかにリスキーだ。寧ろ避けたいはず。にも関わらず、二人は一緒に居た。という事は、やはり一緒に……いや、違う。もし、一緒に封印されたのではなく、別の場所に封印されていたヘメラさんと何かが原因で空間が繋がっていたというのなら。そもそも二人の神殿が同じだったからなんて理由でもおかしくないのでは?
「あの、ガイアさん、アイテールさん。
ニュクスさんとヘメラさんの神殿って実は同じ場所だったりしますか?」
私がそう問いかけると、二人はキョトンとした顔で私を見た。まるで、当たり前の事を何故今聞くのだろうかと言わんばかりに。
「ふむ?不思議なことを言うな!同一の神なのだから神殿も同じに決まっているだろうに!」
「あの二人は本来、同時に存在できない。
昼はへメラ。夜はニュクス。交互に入れ替わりながら、時折鏡を通して会話で遊ぶ。そんな関係。」
「あの二人が!?」
随分と仲良さげだったニュクスさんとへメラさん。ずっとべったりと二人で行動していると思えば、まさかそんな理由からだったとは。
うーん。と、言いますか、私と空になんだか似ていますね……あれ?そういえば、そういうお話を聞いたことがあるような……?
その時も同じことを考えたような……と思いつつも、考えることは別のことだ。
元が同じ神殿で、同じ神様だったというのなら。それはつまり、この街のダンジョンではなく、別のダンジョンに入口がある可能性を考慮するべきだろう。
「よし。そうと分かれば次の街に行きますよ!」
「おー?」
「うむ!」
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そうこうしてやって来ました夜闇の街。
相変わらず静かな街に少しホラーっぽい雰囲気を感じて思わず縋る先を探してしまうが、首を振って気持ちを変える。
神様がいなくても頑張らないと、ですね。
この街のダンジョンには来たことがないが、なんとかなるだろうと三人で入る。
それが後悔の始まりだった。
「いぃやぁあああああぁあぁああっ!!?」
叫びながら走る。しかし、辺りに漂う腐臭は消えない。それもそのはず、匂いの元はあちらこちらに存在し、何より迫ってきているのだから。
ちらりと後ろを振り向く。そこに居たのは、ところどころ皮膚が裂け、出ている赤黒い物体にモザイクのかかった体。上半身の力が抜けているのかと言いたいほどにゆらゆらと揺らしながらも確かな足取りで近づいてくる───所謂、ゾンビってやつですね!?初めてモザイクのオート処理なんて見ましたよ!?どれだけグロいんですかっ!?未成年には見せられないくらいヤバいってことですよね!?
「聞いてないんですが!?ゾンビがいるなんてぇえええっ!?」
叫びながらも走る。気分は某有名なホラーゲームに出てくる主人公にでもなった気分だ。
えっと、確かああいう人達は……
なんて考えている暇は当然無く。
「グォオオッ……!」
「ぎゃぁああっ!?召しませ!?浄化の光!〈クリア・ライト〉っ!!」
泥の塊から突然出てきた気持ち悪いものに向けて全力で魔法を放つ。
とにかく消えろとか浄化しろといった思いから放たれた光は、当然のごとくその生物を目の前から消し去った……のだが。
「グッ、グォォ……。」
「いぃいやぁああああっ!?崩れていくところも不気味ぃいいいっ!?」
「魔物が恐ろしいとはかわいらしい。」
「えっ。わ、ワシモソウオモウゾ。……ちょっと苦手だが……。」
「何か言った?」
「いや、何も……特訓はヤダ特訓はヤダ……。」
「?」
二人とも冷静に見てないで助けてください……!
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「はぁ……。助かりました。ガイアさん。」
「気にしない。珍しく鳥頭弟が役に立っただけ。」
「珍しくとはなんだ!?」
「本当のこと。」
ムキになっているアイテールさんにガイアさんが目を合わせる。アイテールさんはすぐに目を逸らして沈黙した後、なんでもないと呟いた。やはり姉は強いのかもしれない。
尚、私が叫んでいない理由は実に単純で、アイテールさんが浄化効果のある光を周りに沢山出してくれたからだ。お陰でゾンビ達は近づかず、寧ろ近づくだけで浄化される程だった。
「それにしても、何処に神殿への入口があるんでしょうね?」
「40階層にある。間違いない。」
「うむ!あやつらは同じである事を好むからな!間違いあるまい!」
二人の証言に納得する。確かにその節は以前からあったなと。それなら40階層の同じ辺りを探してみようと先を急ぐ。
時々ショートカットをしつつ遭遇した敵を避けたり倒したりして進むと、そこに辿り着いた。
そこはカンカン照りの砂漠地帯だった。遠くにはゆらゆらと揺らめく蜃気楼が見え、熱風に吹かれるたびに焼かれるような暑さを感じる……気が、する。
まあ、あくまでも気がするだけで実際には暑さなんて分からないんですが。
「お二人に任せっぱなしで申し訳ないのですが、お願いできますか?」
「任せる。」
「うむ!気にする事はない!もう見つけたからな!」
ガハハハハッと笑うアイテールさんの示す方向を見る。そこには蜃気楼が揺らめいているだけだった。
「何もないですよ?」
「……今回ばかりは弟が正しい。少し待つ。」
ガイアさんは私たちの前に出ると、アイテールさんの神殿に入るときと同じように三度ノックをした。前回と同様に黄緑色の波動が起きた後、橙色と濃紺色の両開き扉が現れる。扉には太陽と月の満ち欠けが描かれていた。
「ふふふ。素直。」
「まるでワシのとこの扉が素直では無いような言いようはやめんか!?」
「早く入る。」
「ぎゃあっ!?」
開いた扉にアイテールさんがドンッと押されて扉の向こう側へと転げるように入る。
続いてガイアさんが入り、遅れないように私も扉を通った。
その先は不思議な空間だった。
「鏡だらけ……ですね。」
まるで全ての境界がなくなったかのように錯覚するほどの鏡の量。一面が鏡になっているのではなく、上下、左右に複数の鏡が並べられている様なその場所は薄暗いこともあり、万華鏡のようにも見えた。恐らくここは通路なのだろう。壁と思われる部分には燭台が設置され、薄暗いなりにも周りの様子が見えるのはこれが原因だと思われた。
そうして辺りを見渡すと、先に来ていたガイアさん達を少し離れた場所に見つけることが出来た。その隣にはへメラさんがいる。少しホッとして3人に近づいた。
「ガイアさーん!アイテールさーん!」
「遅かった。」
「へぇ?この子がそうなんだぁ?」
クスクスと笑いながらこちらを見る視線に思わずびくりとする。久しぶりに向けられたヘメラさんの目は思わず背けたくなるほどに無感情で、私を見ているようで見ていなかった。
えっと、なんでしょう?怖い、ですね……?
「初めまして。エンプティです。」
「うん!よろしくー。」
にっこりと笑う顔は間違いなく笑顔なのだが、圧を感じる。どう見てもよろしくする雰囲気ではない。
あれ?これ、かなり友好的ではないですよね?へメラさん、へメラさんとニュクスさん……あっ。あー……。
「えっと、すみません。折角二人きりだったところに突然お邪魔してしまって。
ガイアさん、アイテールさん、今起きていることも伝えられたみたいですし、次の神殿に行きませんか?」
「ふむ?……貴方が言うなら。」
「む!?い、良いむぐっ!?」
余計なことを言いかけるお口はチャックし、ズルズル引きずるように来た道を戻る。
暫く後ろから視線を感じたが、やがてその視線を感じなくなると、アイテールさんから手を離した。
「あれは良かったのか?」
「あの二人はアレでいいんですよ。気になるならそのうちひょっこりと顔を出します。」
「私も賛同。今日は機嫌が悪かった。」
「?いつも通りに見えたが。」
首を傾げるアイテールさんは本気で思っているようだが、この場合はどう受け取るべきなのだろうか。
……まあ、元々仲良しではありませんし、アイテールさんですからね。
えっと、次はポントスさんですか。恐らく、協力はしてくれるでしょうが……そもそも神殿に居るかどうかですね。
ほんの少しの不安を覚えつつ次の神殿へと向かうのだった。
次回、ポントスさん居ますか?
因みに、へメラさんはニュクスさんとの二人きりの時間を邪魔されてムカムカしていました。手助けするかはちょっと面白そうだなーでも邪魔されたしなーという気持ちもあり、悩んでいるそうです。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




