155話 記憶は不思議
こんにちこんばんは。
唐突に視点が変わる回なので注意して頂きたい仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
扉の外へと出ると、そこには来た時と同じ岩がゴロゴロと転がっている地形が広がっていた。
そこで今まで沈黙していたニケが話しかけてくる。やはりと言うべきか、ニケの読み通りあの場所ではニケは話せなかったようだ。
〈無事で何よりだ。主。
記録を見る限り成功したようだな。〉
(は、はい。まあ。)
〈ふむ?どうした。煮え切らない返事をして。〉
姿があればまず間違いなく首を傾げているのであろうニケさんに愚痴を言いたくなるが、それはさておき今はガイアさんだ。
ガイアさんは物珍しそうに辺りを見渡した後、私の方を見た。何か言いたい事でもあるのかと私もガイアさんの目を見る。
お互いに見つめ合う時間が過ぎた後、ガイアさんが動いた。
「あっち向いてホイ。」
「あぁっ!!負けました!?」
〈いや、お主ら何やってるんだ?〉
いえ、唐突なあっち向いてホイは乗るべきかと思いまして……?等と考えていると、ガイアさんが指さした方に何かが落ちているのが見えた。
「あれ……?」
興味本位で拾ってみる。それは黄緑色の三角形をしたピースだった。手のひらにちょうど収まるそれは何故気づかなかったのかと思うほどに綺麗だ。
どことなくガイアさんの神殿にあった宝石に似ている気がすると光に当てて眺める。キラキラと光るそれは澄んでいたが、一部淀んでいる所もあり時々形を変える。色の移り変わりは見ていて飽きなかった。
「どうかした?」
「いえ!何かよく分からないものが落ちていたので拾っただけですよ。」
立ち止まってそんな事をしていれば流石にガイアさんも気づく。辺りを見渡していたガイアさんは私に近づくと掌を差し出した。
「見せて。」
「あ。ハイ。これです。」
有無を言わせない迫力にタジタジになりながらもガイアさんの掌にのせる。ガイアさんはそれを手に取ると先程の私のように光に当てたり何かを確認するようにじっと見始めた。
前まで見下ろしていた人を見上げる感覚は不思議だったが、いつにない様子に首を傾げる。はて?ガイアさんはそれが何か知っているのでしょうか?
しばらく待っているとガイアさんはおもむろにそれをポイッと口の中に入れた……って。
「えぇええっ!?が、ガイアさん!?ダメですよ!何か分からないものを口に入れたら!ぺっして下さい!ぺって!」
「もがもぐ、もがんもが。」
「何言ってるか分からないんですが!?」
それよりも口の中から出してもらおうと声をかけるが、ガイアさんは歯牙にもかけず聞き入れようとしない。
暫くしてこくりと喉が動くのが分かった。
「ちょっ!?飲んじゃダメですって!」
「大丈夫。全て、思い出した。」
「えっ……?」
そう言ってガイアさんはにこりと笑った。何処か表情は柔らかくなり、先程までとは違って見える。
「えっと、あの……ガイアさん、ですか?」
「それ以外に見える?」
「っいいえ!ガイアさんはガイアさんです!」
思わずガイアさんに抱きつく。ガイアさんは困った子を見るように私を見たが、抱きついて離れない私の頭を撫でてくれた。
ガイアさんからは新緑の落ち着く香りがした。
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「もういい?」
「うっ、はい……ご迷惑をおかけしました。」
私がガイアさんから離れると、気にしなくていいとガイアさんは笑った。
以前は小さな子が背伸びしているようなちぐはぐな印象を受けたが、今では見た目年齢が精神年齢に追いついたからだろう。以前にも増して包容力を感じる気がする。
「ならいい。
それより、あれからどうなってる?」
「……あれから、旧神の皆さんと神様は姿を消しました。カンタも居ません。
そして、世界には黒いヶ月が襲いかかっています。」
「黒い影……。」
考え込むガイアさんを前にまだ聞いていなかったことがあったと話しかける。私がガイアさんたちと最後に別れたのは月に行く直前なのだ。聞かねばならないだろう。
「あの、ガイアさん。」
おずおずと話しかける。ガイアさんはチラッと視線を私に寄越して首を傾げた。
「何?」
「……ガイアさんは、私たちと別れたあとの事、どれだけ覚えていますか?」
よくよく考えてみるとガイアさんと2人きりになった事はあまりなかったと、今更ながら気まずさを覚える。
ガイアさんは少し考えたあと、やがて私の目を見て話し始めた。
聞き取れたことは以下の通り。
まず、ガイアさんが覚えているのはやはり私たちから離れた後、戻ってくる私たちを待っているところまでだった。
次にガイアが目覚めたのは自分のかつての神殿内だったという。驚くことにこの時にはガイアさんは封印された記憶やルナさんが月に封印された記憶すらなく、何故か連絡の取れない兄弟たちを不思議に思っていたようだ。私があの空間に入ってすぐに接触をしたのもそれが原因らしい。
そして、今のガイアさんは間違いなく神であるらしい。にも関わらずファミリアが現存する理由としては、それこそ神様の不在が理由のようだった。
「恐らく、我らが父は創造神への信仰を消した。代わりに偽りの神への信仰を可能にした。」
「偽りの神……。」
「そして、無理のある改編は影を産む。その影が今世界を襲う黒いものの正体。
影は偽りを飲み込み原初へ戻そうとする。つまり、影で覆い尽くされればこの世界は原初に戻る。」
それは私が今聞いてしまっていいのかと思うほどに正確な世界の現状だった。それらしい事は空が言っていた。しかし、私は聞いた時にこう思っていたのだ。
空と和解すれば全て解決するのだと。
今、その想定が崩れた。崩れてしまった。到底ありえることではないのだと、空を止めるのではなく影を止めなければ今の世界は崩れ去るのだと理解してしまった。
衝撃は大きかった。嘘だと言いたかった。でも、ガイアさんは嘘をつくような人ではないと私は知っていた。
だから、全ての感情を飲み込んで今出来ることを尋ねた。神様への信仰を取り戻すために。
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少しボクの話をしよう。
ボク、とは勿論空の話じゃない。空とエンプティの原点、空野海が如何にしてボクと姉さんに分かれたのか。その始まりの話。
全ての始まりは違和感だった。ほんの少しの違和感。
『あら。お宅の海ちゃん、本当に素敵な歌声ね。まるで天使の歌声のようで空野さんが羨ましいわ。』
『そんな事ありませんよ。○○ちゃんのお歌も可愛らしくてうちの子が歌えないような歌も歌えますもの。うちの子は……周りに合わせて歌うには向いていませんから。』
『まあ……』
ニコニコと話す大人たち。しかし、その裏では全く笑っていないのだと気づいたのは、いつの頃だっただろう。
気がつけば私は大人たちが自身を飾るための道具になっていた。
『海、貴方の歌は特別よ。だから、沢山歌って沢山の人に届けましょう。』
『はい。お母様。』
母は私の歌が評価されればされる程喜んだ。私は沢山の人の前で歌うようになり、元々歌うことが好きだった私は褒められることが嬉しくて頑張った。
……いつからだろう。母が歌う曲にまで口を出してきたのは。
『海!……ああ。ごめんなさい。怒ってる訳じゃないのよ。
でもその歌は貴方には合わないわ。もう歌っちゃダメよ?全く。どこで聞いたのかしら……。』
『はい。ごめんなさい。お母様。』
合っていない、素敵じゃない、貴方らしくない。そんな言葉で否定されては歌わなくなった曲達。
母は何も知らない。私がどれだけその曲が好きでも母には伝わらない。
だからこっそりと歌った。帰り道に公園に寄り道した時、母を待っている間。
私はそれだけでも十分だった。でも、しまいにはそんな僅かな自由もなくなっていった。
全てに完璧を求めた母により、勉学に手を抜くことは許されなかった。年齢が上がるほどに勉強は難しくなる。求められる技術は高くなる。
そんな学業や歌の練習、コンクールに追われる日々は私から感情を奪っていくのに十分だった。歌うことは楽しい。それでも、自分の望むことが出来ないことは苦しい。
そんな私を母はこう評した。
『なんだか最近、調子が悪そうね。』と。
ああ。この人は本当に何も分かっていないんだ。そう思わせるに十分な一言だった。
その時はそうでもないと適当に誤魔化した。でも、心の傷は消えないし癒えない。
だから、あの時。あの瞬間、チャンスだと思った。
両親の訃報を聞いた、あの瞬間が。
私はあの瞬間、全てを終わらせる方法を考えた。有名になって欲しい、なんて自己満足な母の願いは叶えたくなかった。例え、母の願いが私のためだったとしても私は自由が欲しかった。
でも、私は、私のままで居てはその願いを叶えてしまう気がしたから。
だから、その時に思い出したのは意識が戻らない患者に使うというVRでの事故。治療後に記憶喪失になったというニュースだった。
私が目指したのは、VRによる治療法でわざとバグを起こすこと。必要なのは意識を飛ばす衝撃とこの世界には居たくないという強い意思。
そして、私の無謀は成功した。
私は気がつけばVRの世界に漂っていた。すぐに分かった。ああ。私は自由になれたんだって。だから……
「ボクは戻らないよ。姉さん。」
黒い影達がプレイヤー達に襲いかかる姿を上から見下ろす。目的のためなら、誰かの不幸さえも選べるほどに今のボクの意思は固いんだから。
次回、神様の信仰のために!
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




