149話 城の中は複雑怪奇
こんにちこんばんは。
やる気を眠気に吸い取られている仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
城壁を乗り越えた私たちは、城の扉ではなく窓から侵入していた。城の扉はいくら開けようとしてもビクともしなかったからだ。
(こんな所から中に入れたんですね。)
(まあ、裏ルートみたいなものだよ。意外とこの城にはそういう仕掛けが多いからね。)
(そうだったのか!)
へぇと頷きながら神様の隣を移動する。ここで、何故神様は知っていてアイテールさんは知らないのかとか聞いてはいけない。いけないったらいけないのだ。
まず間違いなく神様の極秘にすべき案件が関わってくるでしょうからねぇ。
どうせ教えて貰えないという気持ちからスルーし、別の話題を振る。
(そういえば、ここは1階なのでしょうか?)
辺りを見渡す。窓から入ったときは間違いなく何処かの部屋だったのだが、そこから一歩踏み出すと全く違う景色へと変化していた。恐ろしい程の静けさに包まれた真っ赤な絨毯が特徴的な広い廊下。まるで誰かが慌てて不都合がないように移動させたかのような、そんな違和感を覚える。
(1階……ではないね。ここは2階だよ。)
(ふむ。なんとも面妖なこともあったものだ。)
(この先はどうなっているんでしょう?)
どちらに進めば良いのかは分からないが、廊下の続きはどちらも暗闇に包まれており、先を見ることは出来ない。
そこへ珍しくアイテールさんがピシリッと翼を上にあげた。挙手のつもりらしい。
(我に任せるといい!少々待つのだ!)
(うん。任せたよ。)
胸を張るアイテールさんに神様が頷く。神様がいいと言っているのならば何か先を知る手段があるのだろう。任せることにした。
アイテールさんはギュッと目を瞑るとすぐに目を開いた。
「〈先の風読み〉!」
ピカッと光る眼に驚き、びくりと輪っかを仰け反らす。抗議しようとアイテールさんを見ると、アイテールさんは真剣な顔で廊下を見ていた。うっ。真面目なことが分かるだけにツッコミしづらいんですが!
そして、1分も経たないうちにアイテールさんは頷いた。結論が出たようだ。
「……ふむ。どちらも上へと続いているようだな!」
(ありがとうございます。アイテールさん。)
「気にするほどのことではない!ガハハハッ!」
ひっそりと侵入したにも関わらず、大声で笑うアイテールさんに思わず白けた目を向ける。有能なのは間違いないが、時と場合を選べないのだろうか。この鷲は。
そして、案の定と言うべきか、忍べないものにはそれ相応の歓迎というものがある訳で。早々に本人が引いたのは果たして良かったのか悪かったのか。いや、間違いなく私にとってはざまあみろと思ったのだが。
恐らく、アイテールさんの声に反応したのだろう。アイテールさんの頭上に突如としてタライが落下した。そして、見事にアイテールさんの頭に直撃する。グワンッという痛そうな音がした。
「……っ!な、何事か!?」
(え。痛くないんですか?)
驚いただけで特に痛くなさそうなアイテールさんに驚く。……というよりも、ほんの少し残念な気持ちになる。
うーん。もう少し痛がってくれると思ってたんですが。ちょっぴり残念です。
「それより、先に進もうか。」
(はーい。それはそうと、どっちに進みます?)
「どっちでもいいなら右に進もう。」
「うむ!さあ、ワシの後ろについてくるがよい!」
偉そうにバッサバッサと翼を羽ばたかせて先へと進むアイテールさんの後ろを歩く。ちっ。アイテールさんが鳥じゃなければ床の安全確認も兼ねられたんですが……まあ、ファーストペンギンならぬファーストワシをしてくれてるんですし、良いとしましょう。
アイテールさんなら、犠牲になる事もないでしょうしね?
「わぁあああっ!?ちょっ、ワシは暗きものには耐性が……お、お助けを……!!」
あ。アイテールさんが黒い影みたいな手に連れ去られて……見なかったことにしましょう!
(さあ!次に行きますよ!)
(せめて助けてあげてから、ね?)
(はぁい。)
せっかく2人旅ができるかと思ったのですが……まあ、またその内、ですかね。
その後、アイテールさんは神様の手によって救い出されたのだった。
助けられたアイテールさんは神様の胸に張りつき、号泣している。ここで仮にも旧神のはずなのに情けなくないのかとか考えてはいけない。
時折思うんですが、旧神の皆さんって結構情緒が幼めなんですよねぇ。
「我らが父よぉおおおおおっ!!」
「あーハイハイ。先に進むよ。」
「対応が冷たい!?」
私は自業自得だと思いますけど。
□■□■□■□■
そうして進むこと5分。私は神様の肩にへばりついていた。急ぐからくっついてくれ、はまだ分かりますけど、アイテールさんも一緒だなんて……許しませんよ!神様!!
(うーん?別に許されたくてやってる訳でもないんだけど……。)
(それはそうですけど違いますぅー!)
乙女心の分からない神様にそっぽを向く。とはいえ、神様のおかげで早く目的地にたどり着きそうなのも間違いなく、むすりと拗ねるしかないのだ。ムシャクシャしますね!?
うがーっと内心で叫びつつ、たどり着いたのは巨大な門の前だった。
尚、この間、一体どこを通ってどこを曲がったのか全く分かっていない。あまりにも神様の動きが速すぎて景色が消し飛んだのだ。楽しむ余裕なんてものはなかった。
情趣も何もないですよねぇ。そして、城内で迷えば確定で帰り道が分かりません。なんたる不覚……と、それはさておき。
(誰かいますね?)
門の端の方に人影が2人分見えた。片方がこちらに向かって手を振っている気がするが、気のせいだろう。こんな所に知り合いがいる訳もないですし……と、思ったら向こうから声をかけてきた。しかも、その声には聞き覚えがある。
「おーい!急げよ!こっちは待ちくたびれてんだから!」
(アキトさん!)
その隣に居るのは確か、アルテミスのマスターさんではないだろうか。何故この二人が門の外に居るのかは分からないが、神様を促して近づいてもらう。
相変わらずアキトさんは憎めない顔で笑っており、アルテミスのマスター……確か、ルカといっただろうか。ルカさんはどこか気まずげに目線を逸らしていた。
「意外だね。どうして中に入ってないんだい?」
「そりゃ、何かあるなら外からに決まってるからな。念には念をってやつだ。」
「アタシは……コイツの監視。」
「へぇ?なるほどね。」
納得したのかしていないのか、曖昧な相槌をうつ神様は何かを警戒しているようだった。
「それで、急げって何かあった?」
「おう。そろそろ中が持ちそうにねぇからな。援軍が必要だったってわけだ。」
なるほどと頷いた神様は部屋の中央に浮かぶスクリーンを見た。そこには確かに、窮地に追いやられるプレイヤー達の姿がある。
「うん。それじゃあ、中に入ろうか。」
「んじゃ、開けるぜ?」
アキトさんが扉に手をかける。それを待っていたかのようにゆっくりと扉は開いていった。
そして、中の光景はスクリーンで見ていたよりも酷かった。
脱落者は消えているのだろう。数を半分以下にまで減らしたプレイヤー達と、無表情と言っても過言ではないアルファさん達を見ればどちらが優勢なのか聞くまでもない。
扉が開いたことで沈黙が落ちる。
動いたのはアルファさんだった。
「ふ、アハハハハッ!!まさか、貴方がここに来るなんて……ねぇ?どうして?私達のときは姿を現さなかったくせに、どうして?」
目に狂気を宿して神様を見るアルファさんは、人形のはずなのに以前よりも人間らしい。抜け落ちた表情も、爛々と光らせる目も人とは異なるはずなのに、声に感情が宿っているかのように聞くものにその激情が伝わってくる。
それにしても。
(神様。また、アルファさんの口調が変わっているのですが、どうしてですか?)
まるで迷子が道標にすがるような印象を受けた私は、つい神様に聞いてしまっていた。答えが返って来ることを期待しているわけではない。ただ、疑問を口にしただけだった。
しかし、神様はきちんと答えを返してくれた。
「多分、依代によって人格に影響を受けているんだと思う。彼女の自我は今、かなり不安定だからね。」
「おいたわしい……しかし、それでもして良いことと悪いことがある事をワシは知っているのだ!」
キリッとした目をしながらもアルファさんから全力で目をそらすアイテールさん。どこからどう見ても格好がついていない。まあ、アイテールさんらしいですが。
「……あぁ。そう。貴方は、その子を選んだの。」
唐突に私に視線が向けられる。思わずビクリと震え、神様の後ろに隠れる。どう考えても今アルファさんの前に姿を現していい事があるとは思えなかった。
それでも感じる視線に『私は空気』と何度も唱えていると、思いもよらない人がアルファさんに話しかけた。それは、アルファさんと同じ耳と尾を持ったルカさんだった。
「……なぁ。話が見えねぇんだけど。どうしてそこに居るんだ。ルナ。」
アルファさんではない名で呼びかける狐の少女に迷いはない。あたかも昔の知り合いであるかのように話しかけたルカさんに動揺が走った。
その場にいたプレイヤー達は勿論、当のアルファさんでさえも訝しげにルカさんを見ている。
「ルナとは、誰のこと?」
「は?とぼけんな!友達を間違えるわけねぇだろ!」
キョトンとした表情のアルファさんはやはりと言うべきか、ルナさんだった事を覚えてはいないようだ。まあ、神としての性質が変わったとかなんとか神様が言ってましたからね。その時に記憶ごとなくしていてもおかしくはないですし。
恐らく、ルカさんはアルファさんがルナさんだった頃に知り合ったんでしょうね。
それはともかくとして、どうにか思い出して欲しいのかルカさんは声をあらげながらも自然とアルファさんへと近づいていく。ルカさんの横にいたアキトさんは心配なのだろう、斜め後ろをついて行っていた。
そして、2人の距離が残すは階段のみとなった頃、ルカさんが動きを見せた。
「はぁ……まあ、もういいか。なぁ?ルナ。アンタが忘れてもアタシが覚えてる。なら、それが全てだもんな?
だから……いい目が出ろよ?第二双六赫双六!」
言い終えると同時にルカさんは反転し、こちらへと体を向ける。
人差し指と中指に挟まれた黒色に赤い目が描かれた双六が宙を舞う。
「〈六の目:憎悪〉」
唱えた少女の体からは赤い煙のようなものがゆらりと立ち上っていた。
次回、ルカ大暴走
赫双六
説明:白双六が使用者の涙を吸い取り、感情も何もかもを奪い取った末に遺された双六。持ち主には時折、声が聞こえるらしい
獲得条件:白双六を4949回使う。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




