147話 動けるっていいね
こんにちこんばんは。
眠くて頭が働かない仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
私の体がアルファさんにより強奪された後のこと。結果として相手は犬と羊だけになった訳だが、展開は急速に終局へと向けて転がり始めていた。
最初に動いたのは羊だった。
「メェエエエエエエッ!!」
黒い霧の周りを囲んでいたプレイヤー達に目もくれず城へと走り去っていったのだ。ただし、城へと走り去ったとは言っても、空が言ったように城に激突しに向かったわけではない。どうやら城の中へと入っていったようなのだ。
そして、それに続いて犬も走り出す。
「ワォオオオオンッ!!!」
こちらは羊とは少々行動が異なった。ただ城へと向かったのではなく、フィールドに存在するプレイヤー達を弾き飛ばすべく一周ぐるりと走った後、城へと戻ったのだ。なんとも憎らしい笑顔をしていたのが印象的だった。
尚、この際、何故か少年少女の姿の者達は無事だったことを追記しておく。徹底してますねぇ……空が警戒するのも分からなくないのです。
こうして撃退に成功したかに思えたが、次の瞬間、空には再びスクリーンが現れた。スクリーンには玉座と思しき金の椅子に少女が座っている姿が映っている。少女の両隣には黒髪の少年、老人、赤いフードを被った3人の人物が立っていた。少女の姿はやはりと言うべきか、私の依代の姿だ。なんとも嫌な予感がひしひしとする。
それに対するは翼を持った人物達。見る限り、ゼウスファミリアの方たちのようだ。ハレンチおね……コホン。トアさんの姿もある。……少々ボロボロで、際どい服装が更に不健全なものになっているが。見てません。見ていませんよー?私は。
チラッと神様を見て、視線はアルファさんに釘付けであることを確認するとモヤモヤはするものの、自分の分身の姿であるしとモヤモヤを打ち消した。
『お前がボスか。』
『……。』
問いかけるディボルトさんに対し、人形は何も答えない。先に痺れを切らしたのはゼウスファミリアだった。
『ディボルト様が尋ねているのよ!?答えなさい!!』
『……はぁ。喧しいな。何故答えねばならない?』
狐だったものは不機嫌だと言わんばかりに下々を睨みつける。しかし、そんな態度もプレイヤー達からすればイベントの一環でしかない。
どうするのかと見ていれば、時間進行でイベントが進むと考えたらしい。ゼウスファミリアは玉座を警戒したまま、休憩に入った。そして、その答えはある意味正しかった。
『おやァ?2番のりッテとこカナ?』
『……はぁっ、はぁ……マスター、無茶苦茶過ぎて私しか着いてこれてないんですが……。』
『ンー。まだまだ鍛え方ガ足りテないネ!帰ったラ鍛え直そッカ!』
『……ソデスカ。』
あ。如何にも胡散臭い眼鏡エルフが頬を引き攣らせてますね。
南無三と手を合わせておく。それはそうと、入ってきたのはアテナファミリアのようだ。2人しかいないが、他にもメンバーは居るらしい。
これで事態は進むかと思えば、更に乱入者は増える。バーンッと蹴破らんばかりの勢いで入ってきたピンクの塊は空中で縦に一回転し、スタっと着地を決めた。よく見るとそれはストロベリーブロンドの長い髪が特徴的な女性だった。踊り子のような服装は動きやすさだけでなく彼女の魅力を引き出している。
美女は辺りを見渡すと、扇で口元を隠した。
『……あら。他にもいたのね。』
『まだ戦闘は始まっていないようです。』
『キャルが一番だと思ったのに……。』
何かをポツリと呟いた美女に隣の灰色の女性が近寄り、話しかけているようだ。作戦会議でもしているんでしょうか?
何処のファミリアかは分からないが、次々とファミリアが集まってくる。
恰幅のいい女性が叱咤激励する何故か農具を持ったファミリア、海の男らしい男性が率いる海賊のような服装の方がいるファミリア。恐らく、デメテルとポセイドンだろう。
そして、少し時間が空いて妙に明るい集団とどんよりとした雰囲気が漂う集団に二極化された人達が入ってきた。このファミリアはマスターが居ないのか、どうも士気が欠けているように見えた。
扉から入ってくる者がピタリと止む。その瞬間、扉がバンッと閉まった。
『まだ鼠は居るようだが……まあ、いい。
よくここまで辿り着いたな。痴れ者共が。まずは褒美をやろうではないか。汝らに祝福を。』
人形から糸が伸びる。しかし、誰もそれを避けようとしない。私が操るよりも遅い。だが、それは場にいたプレイヤー達を確実に捉え、繋いで行った。糸は幾つにも分散して繋がる。
その様子を見てただ繋がるだけの糸に疑問を抱いた。
……と、言いますか、もしや皆さん、見えていなかったり……?
(神様。もしや、皆さんには見えてないんですか?)
(あぁ。プティは魔力が見えるんだっけ。多分、見えてないね。)
なんて事ないように答えた神様に、それならばあの状況も分かるとスクリーンへと再び視線を戻す。
スクリーンには、糸で繋がった人達が互いに武器を向けあっている姿があった。
『おい!あぶねぇじゃねぇか!』
『か、体が勝手にぃいいっ……!!』
『すまん!右に避けてくれ!』
『分かった!』
それはまるで演劇を見ているかのような光景だった。一方は攻撃を繰り出し、相対するは防戦一方。しかし、糸が見える私にはより詳細な情報が見えていた。
一方は糸により雁字搦めにされているもの。もう一方は糸を弾き、干渉を遮っているものであるということだ。
どうやら、まだあの人形は糸一本で人を操るようなことは出来ないらしい。それが朗報かはともかく、全員が相手に従うことにならなかったのは間違いなく朗報と言えるだろう。
(抗う方が辛いとも言いますがね……。)
(何か言った?)
(いいえ。なんでも。)
全部聞こえているのだということをすっかり忘れていた。誤魔化せたかはともかく、今からは気をつけるとしましょう。
この感覚も何だか懐かしいと脱線する思考を戻す。
丁度そこには周囲を囲まれるトアさんとディボルトさんが居た。
『……やれ。』
『はい!〈八重砲陣〉!』
『ちょっ!?サブマス容赦ねぇえええええっ!?』
ぎゃぁあああっと吹き飛んでいく姿に哀れみを覚えつつ、同じファミリアにも関わらず容赦なく吹っ飛ばしたトアさんに引く。
うわぁ。味方に居なくてよかったです。私でもあそこまではしませんよ?せいぜい、黒の糸で拘束するくらいですし。
えぐいなぁと次々と変わる画面を眺める。流石と言うべきか、ファミリアのマスターやサブマスターは誰一人として糸によって操られていない。
そのため、体を操られているプレイヤーの方が数は多くとも均衡は保たれていた。寧ろ、押していたとも言えるだろう。何事も無ければこのまま押し切れるはずだった。……まあ、この状況であちら側が何もしないなんて有り得ないわけで。
動いたのは赤いローブを着た小柄な人だった。
両の手のひらを上に向け、平坦な声で唱える。
『ここは魔なる海。暗い暗い母をも拒む黒き海。』
小柄な人物の手のひらに水が生まれる。異変に気づいた一部のプレイヤー達は慌てて妨害しようとしたが、それを阻むものがあった。最早見慣れた黒い霧だ。魔力を吸い取るあの黒い霧。
しかも、今回は赤い霧も混ざっている。具体的な効果は分からないが、弓が途中で落ちている様子からして物理的な力を奪い去る能力でもあるのかもしれない。
そうして妨害は妨害たり得ず、当然の如くその術は完成した。
『訪れるものは皆戻れず、帰るはただ思いのみ。
しかし、暗き場所に住まいし生命は帰る思いをも食べて消し去る。残るはただ空虚のみ。空虚に埋め尽くされし海を見よ。如何に深き悲しみをも容易く呑み込むだろう。〈暗黒海〉』
徐々に増えていく黒い水は、完成と共に玉座の間を埋め尽くす。波にのまれたプレイヤー達は意外にも部屋の底で立っていた。本人たちも困惑しているようだが、あれは水であって水ではないらしい。
ただ、水の中で動くかのようにその動きは鈍い。勿論、糸で動かされている方の動きは変わらない。一気にプレイヤー達は不利に追い込まれた。
(……あれ?でも、魔法ならまだ蹴散らせるのではないでしょうか?)
(そうでもないみたいだよ。)
神様の言う意味を知るべく画面を注視する。よく見ると、トアさんが顔を歪めて手を握ったり開いたりしていた。何故か。その答えは手のひらにあった。
『……どうした?』
『すみません。ディボルト様。魔法は使えそうなのですが、威力が……』
『構わない。トドメは任せろ。』
『……っはい!』
気を取り直し、トアさんは小さな魔力の弾を撒き散らして相手を牽制する。その隙に鈍ったとはいえ、それでも尚鋭い斬撃が襲いかかるのだ。不利になったとはいえ、まだこの2人は持つだろうという予感を覚えさせる。
(うわぁ。格が違うってああいうのを言うんですね。でも、ディボルトさんが戦えているのってあの剣が関わってますか?
あの海の効果は魔力の拡散ですよね?)
(一気に質問し過ぎだよ。でも、よく分かったね。特に剣の方は気づかないと思っていたよ。)
(いえ、流石に存在感があり過ぎるので……。)
ディボルトさんの剣は私が見ると、もはや剣ではない。では何なのかと問われると困るのだが、例えるなら黒い龍、だろうか。
モヤのようなものが剣から溢れ出し、剣が龍のように見えるのだ。ディボルトさんが振るう剣の効果が高いのもそのためだろう。つまり、いくら魔力を拡散させようと、本体が濃厚な魔力そのものであればその効果は薄くなるのだ。
とはいえ、魔法がほぼ無効化されるとは、このイベントを開催した方は魔法に恨みでもあるのでしょうか?
……ところで、私たちはいつまでこれを見ていれば良いんでしょうね?いい加減動きたいのですが。
いつまでも続く画面の向こうの戦闘に、運営の読みでも外れたのかとため息をつくのだった。
次回、そろそろプティ動く……多分
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




