145話 後先は考えないもの
こんにちこんばんは。
明日更新するかは分かりませんが、とりあえず今日更新することにした仁科紫です。
(筆が乗れば更新します。)
それでは、良き暇つぶしを。
「ふむ。ちょっと慣れてきましたね。」
クルクルと闇の糸と普通の糸を混ぜる。時折ムラが出来るが、かなりの進歩ではないだろうか。
あれから私はずっとクルクルと糸を回し続けていた。
え?そんなことしてる場合なのかって?……まあ、意外に暇でした。ハイ。苦戦はしていますが、私が罪悪感なく糸をクルクルできる程度には戦況が安定していますからねぇ。
理由としては、有効な攻撃手段が見つかったから、ですが。
それは蹂躙され初め、5分程経過した頃。
始まりはヘルメスファミリアのマスター、カルマの一言からだった。
「あれ。今、魔法が吸収されたような……です?」
「何言ってるんだ。とりあえず逃げるぞ!」
サブマスターのクラウドが手を引こうとするが、カルマはその手をすり抜け、思考の海に浸る。カルマの頭の中には先程見たもので埋め尽くされていた。
「いえ、です。どうせ、こっちに振り向くまで安全なのです。考察くらいさせて欲しいですよ。
あの黒い霧、どうやら魔法の掻き消しではなく、吸収してると思われです?」
「……なるほど?その根拠は?」
「簡単なのです。僕が見たです。」
「相変わらず、狡いなぁ。その目……。」
カルマは幽霊族だ。それも、最上位種の一つである超級幽霊。超級幽霊は幽霊の中でも超越種とよばれ、姿に大きな変化はないままに力のみを蓄えて進化したパターンの種族だ。その進化自体は地味であるが、高位幽霊から進化するのに最も時間のかかる種族である。
そして、超級幽霊は様々な種族スキルを持ち合わせる。その一つが、今カルマが使用している魔眼だ。
魔眼は魔力を見るというシンプルな能力だが、その効果はかなり強力だ。魔力とは、この世界において力そのものである。力の流れが見えるということは、これから相手が何をしようとしているのか、何が起きるのかが凡そ把握出来てしまうということなのだ。
故に、今回もカルマは魔法が使えなくなるという事象について正解を叩き出していた。カルマにはまるで砂鉄を集める磁石のように魔力が黒い羊に集まっていく姿が見えていたのだ。そして、その魔力が羊の中で蓄えられているのも。
「見たところ、魔法を使うのは良くないです。最悪、敵に再利用、危機的状況に陥ると考えられ、です。」
「へぇ……?じゃあ、どうやって攻撃するのかな?」
今、プレイヤー達の間で攻撃手段として最もメジャーなのは魔法なのだ。それ以外と言われれば、それこそ今この場に居ないアテナファミリアのマスターの気を使う気功法やアルテミスファミリアのマスターの霊力を使う陰陽術が当てはまるだろう。しかし、今この場に居ないものを思っても意味はないのだ。
困ったことになったとクラウドは頭を抱えた。しかし、カルマは黒い羊に対抗する手段を既に考えていた。
「あの羊くん、光属性に変換された魔力は吸収出来ないみたいです。外から光属性で攻撃がいいですね。黒い霧の中だと変換する前に魔力を吸われます。」
「黒いだけに光が弱点……ナイスだな!所長!」
「……?(いつから所長になったです……?)」
こうして明かされた情報はすぐさま伝達され、ヘスティアファミリアを中心に光属性の攻撃魔法持ちが対応することとなったのだった。
そして、カルマさんの見立て通り、光属性の魔法は黒い羊に有効だった。
黒い霧の外から次々と放たれる光の魔法がまるで星のように降り注ぎ、黒い羊は堪らず逃げ惑うしかない。……お陰で、行動が不規則になってしまい、一部に犠牲者が出ていましたけどね。そこはヘスティアファミリアのマスターらしく、ラパンさんが上手く対応していましたが。
そうしてラパンさん主導の元、行動をある程度誘導しつつ攻撃は今も続いている。ここまで来ると最早黒い羊は敵ではなくなっていた。
しかし、黒い羊がピンチに陥ることで新たな展開が訪れていた。
「ワォオオオオオンッ!!」
「メェエエエエエエッ!!」
プレイヤーに誘導される形でほぼ一箇所を走り回り続けていた羊の元へ犬が駆け寄ってくる。
犬がアイテールさんを振り切り、羊の応援へと駆けつけたのだ。そして、吠える。再びの咆哮。それも2体同時ということもあり、ビリビリと地面が揺れた。……って、体が傾いて!?
慌てた瞬間にピタリと止まる。背中の翼が一度、ばさりと羽ばたいた音がした。
〈レジスト完了。私がいなければ落下していたな。主。〉
(ぐぬぬ……!羊さんの鳴き声のせいでしたか……。)
〈半々だ。犬が器用にも羊の魔力吸収力を増幅させている。増幅さえなければ問題はなかった。〉
強がりなのかそうでないのかは分からないが、ニケさんの言葉を胸に留めておく。つまり、多少の魔力を吸収されたとしても、本来ならば問題はないのだろう。ふっと一息つくとそこにアイテールさんが慌てた様子でやってきた。
「面倒なことになったものよ!ワシの隙をついて合流するとはな!」
「アイテールさん!」
このような状況でもガハハッと笑うアイテールさんに思わず引くが、今はそういう場合でもない。どうするのかと尋ねるとアイテールさんは当然とばかりに胸を張った。
「ワシは行くぞ!お主はどうする!?」
「私は、もう少しでなんとかものに出来そうなので!あと5分下さい!」
「あいわかった!」
バサッと翼を翻し、犬の元へと果敢に向かうアイテールさんを見てふと思う。
そう言えば、この技って光の糸を混ぜたらどうなるんでしょう?
ふとした思いつき。
以前にもしたようなしていないような……正直戦闘をしていなさ過ぎて忘れてしまったが、とてもやらかしてしまった気がする。
とはいえ、どうせなら試すのも悪くはないだろう。
そう軽く考え、実行する。
「〈闇の糸〉!〈光の糸〉!」
いつもの略式ではなく、空中に一度闇の糸と光の糸を作り出す。左の手には黒紫の糸が浮かび、右の手には薄黄の糸が浮かんでいる。
それらはまるで絡まった糸のように整わず、ただ宙を漂っていた。
「二種の異端なる糸を紡ぎ、成るは〈二極混合:混沌の糸〉!」
そして、2つの糸を手の中に収め、混ぜ合わせる。イメージは渦潮だろうか。グルグルと混ぜ合わせ、一つにしていく。
傍から見ると混ざっているようには見えないだろうが、私には闇と光が混ざり合い、斑な糸になっていくのが分かった。うーん。初めてですし、仕方がないのかもしれませんがあまり綺麗ではありませんね……。
気持ちを切り替え、作業を続ける。
「此に合わせ縒るは〈魔力糸(粘)〉!」
斑な糸に魔力糸を加えるのではなく、斑な糸を魔力糸に纏わりつかせる。
完全な糸の合成を目指さずに縄を作るように2:1の割合で束ねるのだ。……やっぱり、何処かでやった気がしますが、思い出せないので今はよしとしましょう。どちらかと言えば、今の状況の方がちょっぴり恥ずかしいくらいですし。さっさと終わるにかぎります。
準備を終えた糸を手に持ち、フィールドの中心へと降りる。その場には都合よく誰も居ない。何事かと視線を向ける者はいてもすぐさま邪魔をされ、私には辿り着けない。
全ての盤面は整った。手にした糸を掲げ、言葉を紡ぐ。ただ成功することのみを考えて。
「かくて全ては満ちる!
続く言の葉に従い動けよ我が混沌!
其は縛りしもの。我が敵とせし、万物を戒めしもの。なれば秩序を持たねばならぬ。己を御さねばならぬ!
混沌たる糸よ!規則を遵守せよ!思いを力に変え、整然なる理をもって全ては叶えられる!
〈混合編糸:|混沌タル人形劇場〉!」
たっぷりの言葉によって力を定義付ける。混沌を求めてはいない。あくまでも選んだ敵のみを縛るものでなければ意味が無いのだ。
そうして完成した糸(もはや糸というよりも紐だったが)は思いの外綺麗に色が混ざりあっていた。
混ざり合った糸はフィールド全体を覆い尽くさんと私を中心に広がっていく。まるで蜘蛛の巣のように。
初めにかかったのは最も近くにいた狐だった。
「グァオオオオオッ!?」
まさに蜘蛛の巣にかかった蝶のように動かなくなった足を離さんともがき足掻く。しかし、動けば動くほどにバランスを崩し、更に糸へと絡まっていくのだ。これにはたまったものではないと犬も羊も糸から逃れようとする。
そこへ、当然のように糸が追いついた。
「メェエエエッ!?」
「ワォ……アォオオオンッ!!」
糸は犬と羊を捕まえ……しかし、捕まえるだけに留まってしまった。
「……っ。あ、はは……流石に魔力が、ない、ですねぇ……。」
〈やれやれだな。もう少しペース配分というものを考えた方がいいぞ。主。〉
(うっせぇですよ!?)
捕まえるだけ。そこで魔力が尽きてしまった為に糸を動かすことが出来なくなる。拘束は不完全に終わったのだ。
結果、どうなったかと言えば簡単な話だ。捕らえられていない部分は自由に動く。糸は私を中心に残っている。ならば、糸の外から私を攻撃してしまえばいい。
故に、動いたのは羊だった。
「メェ……ェエエエエエッ!!」
羊の丸まった両方の角の先から魔力が集められる。それはほんの数秒のことだった。それだけの速さで成されてしまってよいのかと思うほどに強大な魔力の塊は私目掛けて投げられる。
自業自得とはいえ、流石に後先考えなさ過ぎたと一瞬後悔する。
あ、これ詰んだと素直に諦めたときだった。
「〈一の太刀・祓魔〉!」
何が起きたのかと思った。声が聞こえた瞬間に現れた神様は刀を一閃。そのたったの一振りだけで巨大な魔力の塊をかき消してしまった。……かき消し、え。は?え……
「えっと、流石神様ですね!最強です!」
「「それで済ませていいのか!?今の!!」」
何故かツッコまれたが、あえて言おう。
やっぱり、私の神様は素敵ですね!と。
次回、神様ファイトー
因みに、混沌の糸の主な効果は触れた場所からMPを吸収し、相手の状態を固定する、です。
MPが吸収されるのと同時に触れた箇所から段々石化が進むみたいなイメージを想像していただけると近いと思います。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




