143話 状況は次の段階へ
こんにちこんばんは。
ギリギリ更新の仁科紫です。
もっと余裕もって行動したい……。
それでは、良き暇つぶしを。
城の中でゼウスファミリアが4階に到達した頃。外に異変が訪れていた。
初めに気づいたのは誰だったか。いや、間違いなくそれはアルファさん達の動きを止めていた私だったのだろう。
パキパキッと何かが壊れる音に神様との会話の途中にも関わらず振り向く。
「どうしたの?プティ。」
「いえ、何か割れるような音がした気がして……。」
「割れる……?まさか!?」
焦った様子でアルファさん達を見た神様は、事態を正しく理解したのか次の瞬間には周囲へ警戒を促していた。
「休憩は終わりだ!動くぞ!!」
パキーンッと一際大きく音が鳴ると、音だけではなく視覚にも変化が訪れる。アルファさん達を包み込んでいた黒いモヤが散り散りになって宙に消えたのだ。
神様の掛け声もあり、休憩していたプレイヤーたちはすぐさま体勢を整える。しかし、襲ってくるかと思われたアルファさんたちは予想と反し、その場で咆哮をあげるだけだった。
「ワォオオオオンッ!!」
「グゥァオオオオオッ!!」
ビリビリと痺れるような振動。恐怖を誘うような音ではあったが、すぐに別の意図があったのだと思い知る。
始まりは軽やかな蹄の音だった。
「何の音だ……?」
それは誰の声だったか。地を蹴る音は近づいてくる。まさかと思って城の方を見るとやはりと言うべきか想像通り、巨大な黒い羊が壁の向こう側から降ってきた。……いえ、流石に羊が降ってくるとは思っていませんでしたけどね!?
「メェエエエエエエッ!!」
羊は周囲を囲むように点在するプレイヤーたちを吹き飛ばし、狐と犬の横に立つと恭しく頭を垂れた。
羊の姿であるというのに伝わるその仕草に一瞬呆気にとられる。
「エレボス……。」
「まさかの3体目とか聞いてませんが!?神様!!」
神様に言っても仕方が無いことは分かっていたが、それでも愚痴を言いたくなる。
一体、この状況をどうしろと?
MPはまだ回復しきっていない。いかにMPの自動回復能力持ちであろうと、猶予時間が短すぎた。たった10分では全体の6分の1が限度なのである。これでは先程の足止めは行えない。勿論、神様から渡されたMP回復アイテムもあるが、今は使い時ではない気がした。この先何が待ち受けているのか分からないのだ。常に全力を出し切るのは良くないだろう。……あと、あまり私頼りにやる状況も好ましくありませんからね。
今も期待の目をこちらに向けてくる輩は少なくない。もしかしたらまた止めてくれるのでは。止めるまではいかずとも、一瞬の隙を作ってくれるのでは、と。
しかし、私からすればその視線を向けられることすら不快なんですよねぇ。私が頼られたいのは神様だけなのです。他の方から求められても困るんですよ。
「……プティ。僕は抑えに行くから、君はさっきのヤツの準備を。遠慮せずに回復薬は使ってくれていいから。」
「分かりました!」
前言撤回。神様からのオーダーが入ったため、すぐさまMP回復薬(特)を使う。神様が作ったものだからか、たった一本でMPは全回復となった。ただ、何本も一気に使わせないためか、残り時間10分と表記が出てアイテムを使用出来なくなっている。
まあ、流石に何度もこれだけのMPを回復できるのって大技連発出来すぎてどうかと思いますしね。
気を取り直して先程の魔法をかけようとする……が。
「うーん?上手くいきませんね。」
黒の糸を混ぜようとすればする程に糸は固まり、求めている糸が出来上がらない。
更に、先程から3対の目がこちらを見ているのをひしひしと感じるのだ。上手くいきそうだと思った瞬間にとんでくる視線に手元が狂って失敗するのを繰り返していた。
〈主。妨害されている気配を感じる。〉
(妨害、ですか?)
〈ああ。私も詳しくはないが、どうもあの羊が怪しい。〉
羊。神様からエレボスと呼ばれた方のようだ。私がまだ出会ったことのない旧神の一人だろう。
全身真っ黒な羊は目だけが紅く光っており、少々不気味だ。
上手くいかない時は上手くいかないものだと戦況を観察しながら糸を紡ぐことにした。
現在、最も激しい戦闘を繰り広げているのは意外にもアイテールさんと黒い犬だ。
神様が動き出すと同時に犬へと飛び蹴りをいれたアイテールさんは、時に犬の巨体の周りを飛んで注意を引き、時に目を突かんと突撃する。しかし、その悉くを犬は避け切り、噛みつかんと凶悪な牙の生えた口を開く。アイテールさんはたまったものではないと上空に逃げるが、逃げた先を黒い炎が襲いかかる。
「ぬっ!」
「ワォオオンッ!!」
「これしき……姉殿の特訓に比べればァ……!!」
いや、何と比べてるんでしょう。アイテールさん。
とにかく、黒い犬はアイテールさんが抑え、暫く持ちそうではある。そして、狐はやはり神様が対応しており、危なげなく立ち回っている。
気にかけるべきは羊の方だ。
「メェエエエエエッ!!」
羊の鳴き声と共に黒い霧が吐き出される。勿論戦い慣れたプレイヤー達は距離をとる。徐々に広がっていく黒い霧はフィールドの4分の1を覆って止まった。
黒い霧は不思議なことに中が全く見えないわけではない。視界を遮る能力はないらしい。他に何か能力があるのかと霧に包まれたプレイヤー達は警戒する。
「何これ?〈シャイニーウィンド〉!」
「全然霧晴れてないんだけど。」
「え。……いや、そもそも魔法が発動してないんだけど!?」
「はぁ!?」
霧を晴らそうと試される魔法の不発動にプレイヤーたちは困惑する。しかし、それだけではない。
「あ。ヤバい。なんかいつの間にか毒で死にそう。」
「なんか花畑が見えるんだが。」
「あはは。双子がいっぱいだー!」
毒、幻影、泥酔等、様々な状態異常がプレイヤーたちに襲いかかる。正に混沌ともいうべき状況に動けるプレイヤーは意味もなく右往左往するが、その中にも正しく行動できるもの達がいた。
「状態異常!?聖女ちゃんヘルプっ!!」
「はーい!状態異常のみなさーん!出来るだけこっちに来れますか!?」
「動けない子は気合いで声を上げなさい。
反応のない子は仕方がないから私が運んであげるわ。」
ヘスティアファミリアのマスター、ラパンとサブマスター、サルーラの2人は状態異常になったプレイヤーたちを黒い霧の外に運んでは回復させていく。
見ている限り、状態異常になるのは耐性のないものたちばかりだと判断したからこその行動のようだ。
それが正しいかどうかはともかく、救助をする分には状態異常にはならないらしい。次々と運び出され、黒い霧の中からプレイヤーたちが居なくなっていく。
そして、黒い霧の中に誰も居なくなった瞬間。今まで動かなかった羊が動き始める。
「メェエエエエエエッ!!」
黒い霧を背負いながら。
「えっ。ちょっ!?それ背負って動くとか!?」
「おーいっ!!黒い霧注意な!?魔法使えなくなる!!」
「はぁっ!?」
すぐさま伝達は行き届くが、情報が伝わろうと対応が出来なければ意味がない。
魔法で強化された前衛は突如として鈍くなる動きについていけず、羊に弾き飛ばされ、後衛に至っては魔法使いたちが何も出来なくなる。
更に、黒い霧に触れるだけで状態異常、魔法使用不可状態になるのだ。プレイヤーたちからしたらたまったものではない。
羊がプレイヤーに触れるまでもなく崩れていく戦線に誰もが羊から距離をとろうとする。そうなると危機に陥るのは狐と犬に対応していたプレイヤーたちだ。黒い霧は狐と犬にも効果があるのか、霧が触れる範囲までは近づかない。しかし、プレイヤーは意識せざるを得ないのだ。油断出来ない相手と対峙しているにも関わらず、黒い霧にも注意を払わなければならない。
当然、負傷者は増える。黒い羊はフィールドに混乱をもたらした。
と、ここまで状況を見ている私は今、空に逃れていた。
(ニケの翼があって良かったです。)
〈魔法の阻害、状態異常は共に一つの権能に寄るものだ。私には届かない……が、どうする。主。〉
うーん。そうなんですよねぇ。
困ったことに今下で暴れている羊さんのお陰で魔法がほぼ意味をなさない。私の糸は魔力で出来ているため、魔法と同様使えなくなると考えた方が……
〈ふむ?主の糸ならば使えると思うが。〉
(……え?はい?魔法使えないなら魔力糸も使えないんじゃ……。)
〈それは勘違いというものだな。
そもそもあれは規則性のあるものを少しばかり乱しているだけにすぎない。だからこそ、魔力の塊や強すぎる魔力には関与できていないのだ。〉
(でも、です。糸を紡げませんでした。)
もし魔力糸を使えるならば魔力糸を紡ぐことも出来たはずだ。
そう訴えるが、返ってきた答えは単純なものだった。
〈ただの力量不足だな。〉
(あー……なるほど。さっき出来たばかりの技では流石に魔力が安定していないという事ですね。)
〈ああ。直接影響下になかったにも関わらず、失敗したのはそれだけ不安定な合成しか出来ていなかったというわけだ。〉
ふむふむ。……ここで練習するのってどうなんでしょう。とはいえ、やはりあれが使えないのはこの状況では痛いですからねぇ……。
(とりあえず、罠の設置はします。流石に魔力糸を設置しておいて魔力を吸収される、なんてことはないと思いますし。それと同時進行で混合紡糸の方も練習するとします。
ニケ、手伝ってくださいね。)
〈あ、ああ。私が何処まで力になれるかは分からないが、やれるだけやってみよう。〉
(頼みました!)
方針は決まった。後は進むだけだと私は自分のやるべきことに集中するのだった。
次回、続き!(中か外かは考えます)
因みに聖女ちゃん=ラパンです
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




