142話 一致団結には程遠く
こんにちこんばんは。
結局中の話を書くことにした仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
ディスプレイに外の様子が映る。
巨大な狐と黒い犬が暴れる様は正しく暴風。弾き飛ばされるプレイヤーたちには同情したが、それよりも未知なる強敵に城の中にいるプレイヤーたちは興奮した。
しかし、続く声にプレイヤーは黙り込むことになる。
『実は、この子達が外で暴れているのは想定外でね?本当は君たち全員に城の中を探索してもらう予定だったんだけど、残念だよ。全く。
あ。そうそう。外の足止め組が全滅するとこの子達は城を襲う予定だから、外の足止め組は頑張ってね。早く中の攻略組が出てくるのを祈ってくれてもいいよ?』
中を攻略しきらねば外には出られない。言葉にはしていないものの、そうとしかとれない発言にプレイヤーたちは愕然とする。
現在、最も進んでいるゼウスファミリアでさえ、3階である。プレイヤーたちはそもそもこの城が何階まであるのかを知らない。それこそ10階以上あるのであれば、今のペースで進んだ場合、外がどうなるか分からない。そうなればあの巨体が城を襲うのだ。
慌てたプレイヤーたちは先を急ぐ。それが罠だとも知らずに。
先へ先へと急ぐ。ゼウスファミリアは流石ランキング1位と言うべきか、指揮系統が統一された優秀なファミリアだった。
外の様子は気になるが、慌てても良いことはない。ある種の信仰じみた思いをディボルトへと向けるファミリアのメンバーたちはその言葉に従い、鏡の迷路を慎重に進もうとする。しかし、そこには当然、例外もいた。
(ふん。皆して慎重すぎないかしら。ここは私が活躍してディボルト様の目にとまるチャンスよ!)
意気込んでいるのは最近ファミリアに入ったばかりの新人、プリムだ。
普段ならばこういった手合いはトアによって痛い目を見させられるのだが、最近のトアは何かと忙しかったために目が行き届いていなかったのだ。
「私、道を確認してきます!」
「あっ!おい!コラ!何があるか分からねぇんだぞ!ちょっと待て!」
「大丈夫ですよ!ちょっと行くだけなんですから!」
道を確認するという名目で走り始めるプリム。鏡の迷路を攻略するにあたり、ゼウスファミリアは5人ずつの班に分かれた。同じ班の者たちは言葉で止めようとはするが、追いかけることはない。
その事にプリムは弱気だと嗤うが、鏡の迷路の角を曲がった次の瞬間、強気な思考が塗り変わる。恐怖に、だ。
「きゃぁあああっ!?」
「ガゥッ!ガゥッ!!」
突然鏡の中から現れた黒い犬に噛みつかれる。油断していたところでのこの襲撃は一溜りもなく、その場でプリムの姿は消え去るのだった。
後から警戒して進んでいたプリムの班はプリムの悲鳴を聞いて顔を見合わせる。しかし、慌ててプリムの後を追うことはしない。そのような愚をおかす者から脱落することくらい、皆わかっていたのだ。知らぬは新人のプリムのみ。
すぐに脱退させられる事になるだろうプリムを憐れみつつ彼らは信じる王のために先へと急ぐのだった。
「申し訳ありません。ディボルト様。何名か先走る者がいたようです。」
数箇所から聞こえてきた悲鳴に畏まり、進みながらであるが故にその場で軽く頭を下げるに留めたトアは内心屈辱でいっぱいだった。
(新人たちの監査は私の仕事だったのに……!ディボルト様からの評価が落ちてくれたらどうしてくれようかしら!)
……いや、煩悩でいっぱいだったという方が正しいだろうか。相変わらずのディボルト第一主義である。
当のディボルトはただ一つ頷き、前へと進んでいる。
その無関心な様子にもトアはうっとりとする。力が及ばない自分に対してまだ任せてくれる。勝手にそう判断する。……が、真実は少々異なるのだ。
(そういう人もいるよな。トアはよくやってくれてるよ。俺は何も出来ないし。)
本人が聞けば喜びそうな言葉。しかし、それをこの男が言うことはない。
ディボルトは無口な男だ。周囲はそれをクールでカッコイイだとか好き勝手に言っているが、実際はただ話すのが苦手なだけのごく普通の青年である。本音を言うならば人に囲まれるのもあまり好きではない。それでも幼馴染が向けてくる純粋で好意的な気持ちには応えたい。
だからこそ、ディボルトは今日もゼウスファミリアのマスターとして役目を果たすのだ。
「進むぞ。先を急ぐ。」
「「はい!」」
そうしてゼウスファミリアは数人の犠牲を出しつつ4階に辿り着いた。
一方、1階では未だにアポロンファミリアとアルテミスファミリアが戦闘を行っていた。
「〈白双六〉!」
カランッと白い双六が音を立てて空中で転がり、止まる。ルカはこんな状況でも、否。こんな状況だからこそ、一周回って笑顔だった。最早笑うしかないのだ。ルカには目標はない。正確にはあるようでない。彼が戻ってくれるならと幻想は抱く。しかし、それを彼が望んでいないこともルカは知っているのだ。
だからこそ笑う。自分を嘲笑い、わからず屋な男を相手に戦うことが出来る好機に笑う。
「〈3の目:哀〉!くらいなぁっ!」
「お断りだっ!〈血の傷跡〉!」
「ちぃっ!」
ルカが藍色の矢を放つ。しかし、それはアキトが作り出した赤い三日月状の刃により掻き消され、更にはルカを襲う。手のひらで双六を握っていたルカはそれを投げつけ、場を離れる。赤い刃は双六により打ち消され、すぐさまルカの手元へと戻った。
ルカの持つ双六は補助武器という扱いのアイテムだ。出た目に応じて使用者にバフを付与する。
勿論、使用制限などはあるものの、基本的に効果は重複する事が出来る。ただし、重複は6までであり、一日の使用制限も6回までだ。
一々双六を振る必要があり、そこまで便利なものであるとは言い難いがルカは愛用していた。
「そんなんでオレに勝てると思ってんのか?チビ助よっ!」
「っ、うっさい!少なくともアンタには負けない!」
アキトが2本の剣を構えてルカに襲いかかる。ルカは腰に装備しているポーチから呪符を取り出すと、アキトに投げつけた。アキトはニヤリと笑いながら呪符を切り捨てる。
瞬間、爆ぜる呪符。辺りは煙に包まれ、ルカは姿を隠す。その間、アキトは考えていた。
(やっぱり、コイツはオレとなんか関わりがあるんだよなぁ。)
初めて会った時から、ルカはアキトに対して複雑な視線を向けていた。それは怒りであり、悲しみであり、憎しみである。……いや、喜びも含まれていたか。
アキトはその感情を全て混ぜたような視線を向けられる度に自分が何かを忘れているような焦燥にかられた。感情には理由があり、理由なき感情はない……アキトはそういった考えの持ち主だった。
不思議だった。アキトにとっては初対面の相手。にも関わらず複雑な視線を向けられることは少なくなかった。特に上位のファミリアであればある程に何とも言えない視線を送られる。
だからこそ、アキトは調べることにした。他のファミリアのテリトリーとも言える島を巡ったのもそれが原因である。
果たして、アキトはその理由を見つけた。勿論、思い出せたわけではない。しかし、記憶がなくとも自分は自分である。大体の行動は想像が着いた。
「……なぁ。聞けよ。ルカ。」
「っ……知らねぇな!今はこっちに集中しろっ!〈縛〉!」
「こんなもんで捕まるかっ!」
不可視の呪符がアキトを狙うが、それさえもアキトにより斬り落とされる。
未だに視界が悪いこの状況は狩人であるルカの方が有利である。それを分かってか否か、アキトは時間稼ぎをするようにルカに話しかけた。
「ところでよォ。ルカ。」
「……なんだ。」
「その双六みたいな運任せ、お前は好きじゃねぇと思ってたわ。」
使ってくれてるんだな。突然の真面目な声。ルカの知る彼に似た言葉。それは一瞬の隙に繋がる。
「よっし。やっと捕まえた。」
「なっ!?は、離せっ!」
小柄な少女と青年ならば、体格的に青年の方が有利である。気づけば押さえつけられていたルカは暴れるが、アキトは気にせず抑え込む。
「なぁ。ルカ。オレさ。多分、色々忘れてるんだよな。多分、一回こっちの世界で死んでんだろ?オレ。で、記憶をなくした。
自覚はないけど多分そう。じゃなきゃおかしいだろ?」
それ、オレが持ってたやつなんだから。
何も知らないと言いながら、何故か悲しそうな顔でルカの握る双六を見つめる。ルカはアキトのその顔を見て怯んだ。
白双六は地界でのみ手に入れられるアイテムである。しかも、一人につき一つまで。それ以上を持っていたとしても意味がないため、そもそも知っているものも少ないのだが、アキトはわざわざ確認をしに行った。
白双六を手に入れられる店、アキトが常連だった博打屋に。
博打屋はその名の通り、博打を行える店である。丁半博打から果ては競艇まで。敷地はかなり広く、こんな施設あっていいのかとすら思うほどだが、現実でするよりも健全だという理由で設置されているらしい。
何はともあれ、白双六はその博打屋で丁半博打を20連勝した者に贈られる賞品である。所謂記念品であるため、そこまで能力は強くない。しかし、20連勝をした者にとってはかなり魅力的なアイテムだったりする。何せ、大抵そういった者は狙った双六の目を出せるのだ。確定でバフを行え、博打感覚を味わえる。少しでも読み間違えれば6回のうち1回が無駄になるのだから、博打好きな大バカ共は好んで使うアイテムなのだ。
それはつまり、獣人であり、地界に行けないルカが持っているはずがないものであり、真面目なルカが使うはずもないアイテムなのである。
「なぁ。ルカ。もうやめようぜ?外の奴ら、大変そうじゃねぇか。なんでお前がオレらを襲ってんのかは知らねぇけど、ここは協力するべきじゃねぇか?」
怯むルカにアキトが言葉を重ねる。
ルカは眉間に皺を寄せて悩んでいたが、やがて首を横に振った。
「……無理だ。」
「なんでだよ……。そこまでする理由でもあるのか?」
「……恩がある。私は裏切れない。彼女を裏切るなんて、出来ない……。」
ふるふると首を弱々しく振るルカにアキトは溜息をつき、仕方がないと宙から縄を出した。
その縄でルカの手足を縛っていく。ルカは抵抗することなく身を任せていた。
「すまんな。」
「……別に。貴方って、本当に……。」
「本当に?」
続きを口に出すことなくルカは口を閉じる。アキトは続きを聞きたかったが、この様子では聞かせてくれないだろう。
ルカが捕まったからかアルテミスファミリアからの襲撃はやみ、一階には静寂が満ちる。
そこにヘラファミリアのメルフィーナが声をかけた。
「さぁ。決着がついたなら、先を急ぎましょう?かなり出遅れてしまったもの。」
「そうだな。……ドリーナ。」
「な、なんですかぁ?」
「指揮は任せた。オレはここに残る。」
唐突なアキトの言葉にドリーナと呼ばれた羊の獣人の少女は何か言いたげにアキトを見たが、何も言わずにアポロンファミリアのサブマスとして役割を果たすべく動き始めた。
こうしてイベント開始からおよそ30分。城内の全てのファミリアが上を目指し始めたのだった。
次回、そろそろ外の話に
アキトとルカの話はその内また別で書きたい……。
因みに、白双六の効果は以下の通りです。
1の目:喜(速度アップ)
2の目:怒(攻撃力アップ)
3の目:哀(自身の攻撃に防御力ダウン効果付与)
4の目:楽(命中率アップ)
5の目:愛(防御力アップ)
6の目:憎(全てアップ(代わりに少し単純思考化))
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




