140話 罠は念入りに
こんにちこんばんは。
ゴールデンウィークにダレきって次の平日が恐ろしい仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
一体どうするべきなのか。悩んでいる間にも状況は変わっていく。
「グルァアアアァアアアッ!!」
「ガルゥ……ガルァアッ!!」
方や金の一線、方や黒の暴風。その巨体はただ走るだけで人を吹き飛ばし、混乱を撒き散らす。肉体が凶器とはこのことを言うのだろう。連携は取ろうにもそもそも収集がつかないために出来ない。だからと言ってこのままで居るのは間違いなくまずい。
神様はどうにか被害を少なくしようと狐の方を抑えようとするが、その間に黒い犬が蹂躙する。もう一人、抑える者が必要だった。
「……ワシが行くしかあるまい。」
「大丈夫なんですか?」
「なぁに。心配あるまいよ。
我らが母の相手ならばともかく、兄殿相手ならば全力が出せるというもの!安心してワシに任せよ!」
ニヤっと笑ったのだろう。鷲の顔で器用だなと一瞬過ぎったのは置いておくとして、アイテールさんも行ってしまった。
(ニケ。私には、私には何ができるんでしょう?)
〈それを考えるのは主だ。〉
(分からないから聞いているんです!)
分からない。この問答が単なる八つ当たりなのは分かっている。それでも、私は自覚できるほどに焦っていた。
何も出来ないと思い知らされる状況は、私を追い込むのに十分だったのだ。私は私の役割を全うすべく存在しているはずで、その役割を果たせられないなら私は……
〈……じ、主!〉
(はっ!?な、なんでしょう!ニケ!?)
〈何も出来ないのがショックなのは分かるが、今すべきは自分の能力で何が出来るか、だ!
主に攻撃力ははっきり言って誰も期待していない!そもそもな!〉
(ガーンっ!?)
攻撃力は期待していない……そりゃそうですよね……ハハハ……。
だって神様がいる。アイテールさんがいる。私なんかでは到底出来ないような強力な魔法を使える人がいる。多彩な武器を使える人がいる。私にはどれも不足している。ただ、弱くて細い糸を紡ぐか、想像力の足りない魔法を使うか。それしか私には出来ないのだから。
本当に、私は力になれないのだ。
〈それは違うぞ。主。〉
(はい?)
いつの間にか思考が漏れていたのか唐突なニケの言葉にネガティブな思考回路が絶たれる。
一瞬の空白にニケの言葉は自然と入ってきた。
〈力になれないんじゃない。力がないだけだ。〉
(分かってますって。)
〈分かっていない。主は力がないだけで力になる方法は他にもあるのだ。〉
(他に……?)
何があるというのか。黒の蹂躙を止めようとアイテールさんが空中から降りていく姿を見つつ考える。
黒い犬は死の風を撒き散らし、アイテールさんは白銀の風で相殺する。いや、僅かにアイテールさんが押されているか。威力を抑えられた黒い風がアイテールさんを襲う。しかし、アイテールさんはすぐさま旋回して回避に成功した。ほっと息をつく……って、そういう場合じゃないんでした。
(えっと、それで、私に何が出来るんです?)
〈……新しいことをしようとしても上手くいくことはないだろう。主が今までしてきた事の方が良い。〉
こいつ、余計な事を考えていただろみたいな間を感じたが気にするまい。状況把握も適度に必要なのだ。
それよりも今はニケの助言だ。私が今までしてきたことと言えば……
(はっ!?神様をからかう事ですか!)
〈……。〉
(じょ、冗談ですよ!罠をはること。それ以外にありませんよね?)
〈……分かっているなら、いい。〉
ニケの沈黙が痛い。何言ってんだこいつと言わんばかりの空白には流石に耐えられなかった。
これでも自分らしく考えようとした結果だったりする。正直、真面目に考えれば考えるほどに戦闘から目を離せなくなるのである。それならば少し余計なことを考える方がマシに思えたのだ。
とはいえ、罠をはる、ですか……。
ふむ。と、思考に耽ける。あの二匹の獣に仕掛けるのならばちょっとやそっとでは破られてしまうのは想像にかたくない。
今必要なのは全員で考える時間だ。そして、そう簡単に二人が害されない環境も。ガイアさんが居れば高い壁を築いてもらうことだって出来た。しかし、今はガイアさんが居ないのだ。安全な隔離なんて出来はしない。むしろ、今罠にはめてどうこうしようとしたところでプレイヤー達が納得するわけがないのだ。
ならば、だ。むしろ事情を知っているものに聞いた方がいい。例えば……
「空……。」
「呼んだ?」
ハッとして慌てて声から距離をとる。首が痛くなるほどに見上げ、見慣れた姿を見つけた。
空は丁度私が立っていた後ろの壁に居た。赤いフードは目立つからか今は着ていない。
戸惑いから咄嗟に言葉が出ず、空をただ眺めた。その場でしゃがむ空は私を見下ろす。
「どうしたの?姉さん。呼ばれたから来てあげたのに。」
「……っ!ど、どうしたもこうしたもないですよ!空!とっても、とーっても私は困っているのです!
大体、このイベント、何がしたいのか意味不明なんですが!?」
「仕方がないよ。ボクも困ってるんだよねぇ。彼女ったら暴走しちゃうし。本当はボクの出番の予定だったんだけど。」
やんなっちゃうよねと言う空に眉が寄る。
想定外?否。他ならばまだしも、空ならばありえない。彼女が読み間違えるなど有り得ないのだから。
「冗談はやめてください。空。
私はもう、思い出しているんですよ。」
「……へぇ。」
見定めるように空は私を見る。その視線を私は特に何も感じることなく受け入れる。
空はやがて納得したように頷いた。
「なるほどね。だとしたら、余計に分からないな。どうしてここに居るんだい?」
「私にも目的があるんですよ。空。
だから、その為にも今の状況をどうにかしたいんですよね。」
にっこりと笑う。空は私の表情に目を見開き、静かに口角を上げた。歓喜を表す笑みだ。それは一瞬のことだったが、私は見逃さなかった。……違いますね。見逃せなかったんです。
ずっと私は空が本当に海なのかを確かめたかったが、その機会はなかったのだ。でも、今確証は得られた。
「ふふふ。良いよ。教えてあげる。キミだけだと不公平だし、そろそろ次の段階に移るとしようか。」
楽しげな空に全体へ放送する気なのだろうと口を閉じる。数秒と間をおかないうちにフードを被った空が宙に現れたディスプレイに映し出された。
『どうやら苦戦しているようだね。
そんなキミたちに朗報だよ。』
突然の放送に騒めくプレイヤー達だが、よそ見をしたものから吹き飛ばされていく。少し見ないうちにプレイヤーの数も三分の一にまで減っていたようだ。
『城の中を攻略中のキミらはそのまま上までおいで。いろんな妨害はあるだろうけど、急いだ方がいいよ。何せ、外では怖ぁい大怪獣対戦が行われているんだから。』
ディスプレイが移り変わる。2匹の獣に蹂躙される大勢の姿だ。外の様子が中に伝わったのは重畳と言えるだろう。
『実は、この子達が外で暴れているのは想定外でね?本当は君たち全員に城の中を探索してもらう予定だったんだけど、残念だよ。全く。
あ。そうそう。外の足止め組が全滅するとこの子達は城を襲う予定だから、外の足止め組は頑張ってね。早く中の攻略組が出てくるのを祈ってくれてもいいよ?』
クスクスと笑う少女らしい姿は人によって嫌味っぽく見えたことだろう。本人が楽しげな事も一要因ではあるがそれだけではない。何故なら、この場の誰もが思ったに違いないからだ。
お前が言うことじゃねーよ、と。
放送を終え、空は私の方を見た。
「さてっと。そういうことだから、せいぜい頑張ってよ。
キミの目的とやらの為にね。」
楽しげに笑って空は姿を消した。原理は分からないが、文字通り溶けるように消えたのだ。
まあ、空ですからねぇ……。
何があってもおかしくはないだろうと前を向く。今、私ができるのは罠をはること。少しでも時間が持つように。
持ったからなんだという話だが、何かは変化すると信じて足止めをするのだ。
それならば、だ。闇の糸を使うのがベストだろう。
頭の中で自身が最良であると思える罠を考える。MPを吸い取る闇の糸ははっきり言って諸刃の剣だ。下手をすれば味方も巻き込みかねない。しかし、使わねば2匹を相手に時間を稼ぐのは難しい。
後は普通の魔力糸を使うくらいか。切られる可能性の方が高いが、何もしないよりはマシだろう。
そうと決まれば実践あるのみ、ですね。
「〈魔力糸(粘)〉〈闇の糸〉……〈混合紡糸:闇鴉の巣〉!」
描くのは規則性のない線の塊。グルグルと全てのフィールドを覆うように描き、巻き込むだとか巻き込まないだかは考えない。
これはそういうものではないのだ。糸は私の望みを叶える。ならば、敵でないモノを縛らない罠も出来るのだ。きっと。
黒紫の輝きがフィールドを覆う。一瞬の出来事にプレイヤー達は何度か瞬きをした。そして、驚く。
「なんだ……?あれ。」
目を引くのは狐と犬が黒紫のモヤを纏って固まる姿。完全には動きを止めていない。呼吸をする度に胸が動き、僅かに爪が上下する。しかし、巨体が止まる姿は今まで戦闘をしていた全員にとって信じ難いものだったのだ。
「止まった……?」
「興味深いね。」
「何か知ってるんじゃないのか?ノーフェイス。」
「……さぁ、ね?それより、ちょっと休憩したらどうだい。今なら僕が見ておいてあげるからさ。」
という流れがあったのかは兎も角として、徐々に休憩を始めるプレイヤー達を見て成功をようやく噛み締める。まさか、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
〈当然だ。私が手を貸したのだから。〉
(ニケのお陰でしたか。道理で。)
想像よりも強力だったはずだと息をつく。自身の力に落胆したのではない。ただ、納得したのだ。アルファさん達を止められるほどの力が私にあったならば、プレイヤーとしてバランスブレイカーにも程があるのだから。
〈もちろん、大部分は主の力だ。
私が力を貸したのは彼らへ有効的に作用するようにした程度だからな。〉
(そのお陰なんですから、ニケには感謝しかないですね。)
〈……そうか。〉
照れ臭そうなニケに少し嬉しくなる。魔力はほぼないと言っても過言ではないが、この結果ならばよくやった方だろう。
こうして外組はひとときの休息を得たのだった。
次回、城の中(第三者視点……かもしれない)
なお、今回の罠はニケがいた事や、かなり膨大な魔力を持っていたこと、MP吸収が種族スキルに含まれていたことといった条件が全て揃ったために発動できたものです。
そのため、他の方で真似できる人は専門の魔法職が数十人集まってなんとかできるものだったりします。(ほぼ無理)
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




