132話 勝利は歓声と共に
こんにちこんばんは。
思ってたよりも長くなった仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「ミシェラ嬢!頼んだ!」
「ええ。畏まりました。
我望むは厳正なる裁判!惑いし我らに導きを与え給え!来たれ!〈運命の天秤〉!」
アイテールさんの足止めを掻い潜り、向かってきた2人のうち女性の掌に黄金の天秤が現れる。
「聖なる導きを!〈神聖裁判〉!」
天秤が掲げられたかと思えば、女性の反対の手に小槌が現れる。宙に向けて振り下ろされた小槌は何もないにもかかわらず、カーンッと甲高い音を鳴らした。
そして、現れた天秤はどちらに傾くことなくゆらゆらと揺れ続け、2人が風の障壁にたどり着いた途端に右へ一度傾き、すぐに左へと傾いた。
「〈判決:clear〉!」
「ちぃっ……!」
驚いた様子のウラノスさんがすぐさま何かを唱え始める。嫌な予感がする。その直感のままに張り巡らせた魔力糸で2人の進行を妨げようと性質を粘着質なものへと変化させる。
しかし、糸の妨害をものともせずに2人は風の障壁をすり抜けた。風は消えていない。まるで風自体が避けたかのように見える。
「近づけさせない。〈母の試練〉」
「うぉっ!?」
「逃すものか!吹け!〈一刃の風〉!」
突然巨大化した岩は邪魔をするかのように聳え、あと一歩踏め込めなかった2人は退避する。そこへウラノスさんが見えない刃を空から振り落とす。
「ナイスです!今のは当たったんじゃないでしょうか!」
「いや……」
完全に直撃コースだと判断しウラノスさんを見るが、ウラノスさんは浮かない顔をしている。
まさかと思い、慌てて岩の向こう側を確認すると2人組は立っていた。怪我らしい怪我もしていない。体勢を立て直した彼らはその場から移動し、岩の囲いを突破せんと何度も駆け上る。しかし、その度に岩は縦に延びていく。これがガイアさんの仕掛けた魔法なのだろう。暫くは安全かと罠用に魔力糸を仕掛けながら首を傾げる。
「今の避けられるんですね。どう見ても当たりましたよ?」
「私もそう見えた。
……ふむ。理屈はなんとなく?理解した。あれは風の天秤。」
「風の天秤、ですか?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。ガイアさんは頷き、2人組が居るのであろう場所を見据えながらも説明しだした。
「そう。あらゆる風を操る珍しい道具。我らが父の伝えたものの一つ。元々は神殿に祀られていたもの。でも、父の判断で人の子の手に渡った。使用者に勝利の追い風をももたらす事から運命の天秤と人の子が名付けた。」
「鷲兄が封印された原因とも言えるな。我は今回、あまり役には立てないだらう。」
どうやらあの天秤はかつてのイベントでも使用されていたようだ。ガイアさんが知らない様子からして、2人は一緒にいなかったのだろう。
……ん?今更ですけど、頭がごちゃごちゃしてきましたよ?確か、旧神たちはプレイヤーたちに弱体化させられて、そこを狙ったエレボスさんによって封印されたんですよね。だから間接的とはいえ、封印された原因ということでしょうか。
「ウラノスさんはアイテールさんと一緒にいたんですか?」
「うむ。我らは空を治める役目を受けていた故に、ガイアからは遠い風の神殿に住んでおったのだ。そこに攻めて来たのだからよく知っておる。」
「風の神殿……。」
また知らない単語が出てきたぞと頭を抱えたあたりで状況に変化が起きる。
『早い早い!アルベルト選手!一気に6人退場させ、我らがマスターに迫る!
しかし、我らがマスターも負けていない!巨大な大剣を華麗に振り回し、近寄らせません!』
「はははっ!!まだまだ本気じゃないんだろう!?ほら!もっともっと楽しもうか!!」
「いや、お…僕は別にそういうつもりはないんだけど、なっ!」
「いいでしょ?別に。こんな機会でもないと君とは戦えないんだし、さっ!!」
ここからは見えないが、鋭い剣戟が続いているらしく観客から歓声があがっている。くっ。私も観客になって神様の活躍を見たいんですが……!!
間違いなくカッコイイであろう神様の勇姿に思いを馳せていると、そこへ轟音が響き渡る。
何事かと振り向くと、私の身長ほどはある岩の塊が降ってきた。ニケで飛び上がろうとするが、ガイアさんに袖を掴まれた。どうやらガイアさんが対応してくれるらしい。
「天弟。」
「うむ!了解したぞ!〈一陣の風〉!」
訂正。ウラノスさんが適任だったようだ。吹き抜ける風に周囲の岩は全てその場で撃ち落とされる。
一体何が起きたのかと視線を向けると、砕かれた岩の成れの果てがあった。
パラパラと落ちる音が聞こえる中、砂が舞う視界の向こう側に2人分の影が見える。
「無駄にクソ硬ぇ岩だったな。おい。」
「あら。それでこそ攻めがいがあるというものではありませんか。」
土煙が晴れ、見えた姿は紺の鎧を着た2人の騎士だった。2人ともフルフェイスの兜をしている事から、容姿はわからないものの、声と背丈で大凡の判別はついた。
「それもそうだな。んじゃ、向こうも派手にやってるみたいだし、こっちも暴れるとしようじゃねぇか!!」
無骨な大剣を肩に担ぐ大男のニヤリと笑う姿が見えずとも連想される声だった。
肩に担いだ剣をおろして勢いよく走り出す男性は到底重い剣を持っているとは思えないほどに素早い。ですが……
「うおっ!?何だこれっ!」
そこは罠なのですっ!トラップ発動!吊された男!
この罠は、設置されたフィールドの上を通った瞬間、通った物体を行動不能にする!なのですっ!あくまでもぐるぐる巻きにするという概念のため、回避は不可なのですよっ!
何処から吊るしているのか私にも不明だが、ガタイのいい人が空中に吊るされる姿はなんとも達成感がある。
「あら。ドッガ。マヌケですね。私の前に出るからですよ?」
「ぐぬぬ……!解けんっ!」
「自業自得ですね。ほら、きりきり頑張って下さい?」
「手くらい貸してくれたってよくねっ!?」
俺、手も足も出せないんだってぇっ!!となんとも情けない声をあげる男性は捨ておき、手に天秤と小槌を持った女性が私の方を向く。
「さて。どうやらここにはトラップエリアとなっているようですね。未だかつてない事ですよ?」
クスクスと笑う声に冷や汗が出る。普通に怖いんですが?この方。
笑顔の奥に圧を感じ、身に覚えがある気がして記憶を掘り返す。
「ふふふ。これだから楽しいのですよね。一騎討ちは。」
「はっ!もしや、あの時の受付の方!?」
「あら。バレてしまいましたか。」
圧のある笑顔で思い出したのはファミリア同士の対決を希望したときの受付嬢だった。道理で怖いはずですよぉ……。
そもそも受付嬢が戦闘に参加するとはどういう状況だと首を傾げるが、この人ならさもありなんとむしろ納得する。むしろ気にした方が負けだ。
「私はミシェラと申します。共に良き時間を過ごしましょうね?」
「うっ。エンプティ、です。戦闘は専門外なのでご遠慮願いたいんです、がっ……!?」
「ふふふ。残念です。避けられてしまいました。」
自己紹介が終わると同時にミシェラさんの小槌が大きくなり、上から下へと振り下ろされる。慌てて横に飛び退けると私がいた場所には大きな穴が開いていた。えっ。怖いんですが。えっ。
「まだまだ行きますよ?ハァッ……!」
「ホント!ご遠慮、したいんですっけど、ねっ!」
振り下ろされた大槌が再び構え直されると、今度は小刻みに横振りのラッシュが迫り来る。天秤はどこかへと消え去り、両手で振るわれる大槌の威力は風を切る音で推して知るべしだ。
と、とりあえず、翼で退避を……あれ?ニケさん?
《すまない。この場には飛行妨害の結界が展開されているようだ。》
(私の唯一の利点が消えた!?ですっ!?)
うわぁと顔を顰めると、ミシェラさんが艶然と笑う雰囲気を感じとる。いや、雰囲気だけで分かるってどうなんでしょうね!?
「ここ、一応一騎討ちなので空中戦はご法度になってるんです。」
すみませんねと続く声にいや待てと脳内で叫ぶ。全然、すみませんって思ってないですよね!?
次々と繰り出される技に時に転び、時にニケさんに引き摺られとなんとか避ける。この間、ガイアさんとウラノスさんは何をしているのかと言うと、ただ座っていた。
いや、正確に手の出しようがないのだ。ガイアさんの技はタイムラグがかなりあり、私に当たる可能性もあって使えず、ウラノスさんの風はそもそも無効化されてしまう。
とはいえ、やはり何もしないのもと考えたのか、2人は私が吊るしあげた男性が逃げないようにと岩で囲い、その上に2人並んで座っている。うーん。場所が違えばほのぼのとした空間なんですけどね。
「おーい。ミシェラ嬢ー。ちょっと助けてくんね?」
「嫌ですよ。自力でどうにかして下さい。」
「ちぇっ。」
不貞腐れている男性には悪いが、そのままで居てくれると有難いと遠い目をする。そろそろ避けるのも疲れてきましたし……うーん。この辺でちょっと卑怯な手を使うとしましょうか。
(頼みましたよ!)
《了承。》
「うわっ!?」
ニケさんに引っ張られるように敢えて体勢を崩し、地面に転がる……って、勢い良すぎません!?ニケさん!?
《……。》
(そこは何か言ってください!!)
沈黙するニケさんはさておき、近づいてくるミシェラさんから離れようと這いつくばったまま距離をとる。
ミシェラさんは罠の位置を巧妙に避けながらも近づいてきていた。天秤さん恐るべし、ですね。
「ふふふ。罠は私の前では通用しませんし、もう終わりでしょうか。」
「さぁ?それはどうでしょう、ねっ!」
「なっ!?」
近くにあった黒糸と通常の罠用の糸を一斉に手繰り寄せる。そして、ミシェラさんに巻き付ける。
その質を量で補うような攻撃に流石のミシェラさんも大槌ではどうすることも出来ず、拘束される。瞬間的に振り上げてはいましたが、私の方が速かったようですね。
「これで、終わりですね。」
「……っ!動けない……!?天秤があるのにこれは……?」
「教えませんよ。私はそれほど親切ではありませんから。」
悔しそうに黙り込むミシェラさん。ほぼ同時に向こう側も決着が着いたようだ。
『なんと!アルベルト選手!我らがマスターの剣を弾き飛ばしたぁっ!!隙を作るまいと体術に移行しますが、やはりリーチの差は大きい!!これには流石のマスターも反撃できないかっ!!
最後はアルベルト選手の剣が首へと迫り、寸止め。これにてチェックメイトです!
よって、今回のこの勝負!カオスファミリアの勝利となります!!』
「「わぁああああああっ!!」」
上がる歓声にホッと息をつく。私は無事、自分の役目を果たすことが出来たようだ。
なんとか勝てましたね。さて、それでは手がかり探しに向かうとしましょう!今度こそ、見つけてみせるのです!!
次回、島荒らし(という名の探索)
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




