123話 森は続くよどこまでも
こんにちこんばんは。
相変わらずキャラの口調が迷子な仁科紫です。
ニケさん分からん……。
それでは、良き暇つぶしを。
私たちは降りた場所からできるだけ痕跡を残さないよう空に少し浮かびながら進んでいた。どうもこの森には生命の気配を感じないが、だからと言って油断するのは違うだろう。
しかし、あまりにも同じような光景が続く森に私が耐えられるはずもなく、気がつけばふと浮かんだフレーズを口ずさんでいた。
「野〜を越え山越〜え、た〜に越〜え〜て〜」
《何故歌う?》
「歌いたいからですが何か?」
《……そうか。》
ニケが尋ねてくるが、もちろん意味はない。ただ、私の退屈を誤魔化すためだけの行動なのだから、歌でなくてもいい。とはいえ、なんとなく黙っていられない。そういう気分だから歌っただけだが、ニケは理解できないのか呆れているのか、ただ気のない返事をした。
まあ、別にニケがどういう反応をしようと私としてもどうでもいいんですけどね。
名前も知らないが、なんとなくこういう時に歌いそうな歌を口ずさみつつ先へと進む。
結局ニケと話すこともあまりない事に気づいたあたりで察したのだ。あ。これ、また私が一人で空回りする展開だな、と。だから、私がここでたいして上手くもない歌を一人口ずさんでいようがそれを誰かに見られようが、私にとって黒歴史でもなく羞恥心を抱くことでもない。
しかし、そうして進むこと30分。思ったよりも広いこの空間で歌を口ずさんでいたのが悪かったのか良かったのか。現状に少し飽きていた私からすると間違いなく良いことだが、遂に何の変化もなかった森に動きが現れた。
ふと自然の音とは思えない音が聞こえたのだ。それはカタカタと何かが動く音であるが、今見える範囲にそのようなものはない。果たして何処から聞こえてくるのかと首を傾げ、耳をすませる前にニケが動いた。
《左へ!》
「えっ、ちょっグェッ…!?」
唐突な翼の動きによりついていけなかった体が遠心力で揺れて少し気分が悪い。しかし、戸惑う私を気にすることなくニケは動き続ける。
一体何が起きているのかと何かを避けたらしい背後を見る。そこには一瞬だけだったが、間違いなく巨大な木が出現していた。
「罠れぃタッ。」
《舌を噛むから口は動かなさい方がいい。》
(分かってますよ……!)
淡々と話すニケが少し憎く感じたが、今は仲間内で喧嘩している場合ではないだろう。
罠は未だに次々と発動しているようで、下からカタカタと音がする。出てくる木の速さはとてもではないが目で負えず、生えてくる瞬間しか分からない。しかし、ニケはどうやってかそれを察知して翼で私が木に当たらないよう調節してくれた。とはいえ、私は動く翼に体を振り回されないようにするので限界だ。ニケに仕組みを聞く暇もなくただ避ける。
そうして次に何処から木が生えてくるのかと警戒しながら避け続け、5分程が経った頃遂に何も出てこなくなった。
これで終わったのかと考えた瞬間、またニケが翼を羽ばたかせ体が引っ張られる。何事かと周囲を慌てて見るが何もない。では上かと見ると、どこから現れたのか空から岩が落ちてきていた。
(もう何でもありですね……!?)
岩はそのまま地面へと衝突し、影もなく消え去る。では、アレは幻影だったのかと聞かれれば否と私は答えるだろう。何せ、落ちてくる衝撃は間違いなく本物だったのだから。アレが偽物だったと言われた方がむしろ首を傾げざるを得ないくらいだ。
次もまた上からかと構えていると、カタカタという音が止まる。どうやら先程ので最後だったようだ。そう判断し、罠が仕掛けられていた場所から少し離れて降りる。今思えば罠があった場所は開けており、何かを仕掛けやすい場所だったのだと察した。
「どうやらこれで終わりのようですね。」
《いえ、まだ来る。》
ニケの言葉に慌てて飛び上がり、周りを見渡す。上か下か。はたまた周囲だろうかと見ているが、特に何も起きない。……って、うーん?
「あの、音は止まりましたよ?」
《……後ろ。》
はて、後ろ…?と首を傾げつつ後ろを見る。そこには何もない。しかし、何故かその向こう側からゴロゴロという音が聞こえる気がする。
周りは木に囲まれ、今思えば不自然に木が一本綺麗に倒れることが出来そうな隙間のある地形。そこから連想される出来事は……
「もしかして、大岩でも転がってきてますか?」
《是。早く逃げるといい。》
「それを早く言ってください……!」
慌てて逃げ出すが、大岩は別に私たちを追いかけてきているわけではないはずだと思い至る。あ、そうです。この一本道からそれたら良いだけでは?
内心では私かしこーいと自画自賛しつつ道の脇にそれる。段々ゴロゴロという音が大きくなり、確かに大岩が見えてきたときだった。
「……あれ?」
まるで大岩は意思があるかのように一直線ではなく、私の方へと向かって転がってきたのは。
「……こっち来てません?」
《来ているな。追尾機能があるようだ。》
「要りませんよ!そんな無駄な高性能……!」
なんでただの大岩にそんな性能をつけたのかと悪態をつきつつも追いかけてくるなら大岩が届かない高さまで飛べばいいだろうと木の枝に飛び乗る。近づいてくると、大岩は大人二人分くらいの高さであり、ぶつかれば無事ではすまない大きさだということが分かる。まあ、これならここに居れば大丈夫でしょう。
《主……。》
「何か?」
《……》
「何か言ってくれませんか!?」
何かまずかっただろうかと大岩から目を離さずに考えていると、大岩が木に衝突する。そして、そのまま木が折れた。あっ。なるほど。ニケはこれを分かっていたんですね。わー。私かしこくなーい。
それならそうと言って欲しいと一体何度目の愚痴なのかは分からないが、胸中でぼやきつつ宙に浮かぶ。
ニケはどうも戦いを試練だとでも思っているのか、よっぽどの事がない限り具体的に教えてはくれない。というか、その前に体を動かしてくるんですよねぇ。
やれやれだと思いつつ急に翼を旋回させてくるニケに合わせ、体を振り回されないよう動かす。後ろの翼は見えないが、空気の動きに合わせれば今度は振り回されることはなかった。
《おお。成長したな。》
(まあ、いつまでも振り回されているわけにもいきませんし?)
それに、私は振り回す側でいたいのだと誰にともなくただ思った。あーもう、神様に会いたくなってきたじゃないですか!
おかしな話、さっきまでは空に会いたいとばかり思っていたというのに、今では神様に会いたくて仕方がない。この世界で離れていることが少ないからでしょうかねぇ。
ため息をつきつつ、さてこの大岩をどうしたものかと見下ろす。
大岩は下で転がり続け、どうも普通の岩ではない事がわかる。それどころか、その場でぐるぐると回ったかと思えば大岩が勢いをつけて跳ねた。……跳ねたぁっ!?
「ニケっ!」
《応》
慌ててニケに声をかけると、ニケは避けるのではなく翼を大岩に叩きつけた。あっ。遂に物理で解決し始めましたか……。
それでいいのかと思ったが、ニケの翼だしいいかと考え直す。翼を思い切り叩きつけられた大岩は真っ二つに割れ、動きは完全に止まっていた。
「大岩の中はこうなっていたんですね。」
半分に割れた大岩の表面は複雑な構造をしており、歯車や色々な模様が入っている。何とも不思議な人工物だ。
《これは錬金術で作られているようだ。妙な動きもこれのせいでしょう。》
「なるほど。錬金術というのはなんだか不思議な技術ですねぇ。」
頷いてからはたと思い至る。
「あれ。私たちが来た方向ってどっちでしたっけ?」
《……》
「……どうしましょう。これ。」
結局、この後魔力糸に気づくまで右往左往したのだった。……あれ、私ポンコツすぎでは……?
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それからまた懲りずにお世辞にも上手いとは言えない歌を歌いつつ進むと、暫くしてようやく建物が見えた。
それは古びた洋館といった風貌をしており、屋根の上では風見鶏が回ることなく突っ立っていた。適当な異人館でも思い浮かべるといいだろう。
森の中の隠れた館といった趣のあるその建物に素敵だとか感想を抱く前に走り出した。もしかしたらここに空がいるかもしれませんからね!善は急げ、です!
でも、だからこそ聞いていなかった。ニケが静止する声を。まあ、だからと言ってこの時の行動を後悔することはないんですが。
そうして辿り着いた入口で息を吐き、気持ちを落ち着ける。逸る気持ちを抑えきれず、両開きの扉を引くとそこには腕を組んだ頑固そうな老人が居た。……って、え。
「……。」
「何か言わんか!?」
「……。」
目の前の予想外に対して私は無言で見つめ続ける。いや、お前じゃない、と。
うーん。どうしましょう。お年寄りには敬意を表するタイプではあるんですが、残念ながら今のガッカリ気分を上書きするほどそれに対する優先順位が高くないんですよね。
《主。それよりも何か答えた方が良いかと。
あの色ボケジj……コホン。仮にも以前の支配者の1人だ。相手しておいて損はないでしょう。》
以前の支配者……?
あれ、なんだか嫌な予感がするとお爺さんに視線を向ける。そこには不満げ……なのだが、不機嫌な顔はそのままに何故か少し顔が青いようにも感じる。
「もしや、体調が悪いんですか!?」
《何故そうなる!?》
「……体調は悪くない。元々我はこういう顔をしている。」
相変わらず不機嫌な顔を変えずに言うお爺さんを眺め、そういうものかと首を傾げる。何はともあれ、中に入れて貰えなければ話にならない。
空が居るかもしれませんし!居ないとしても、ここには居ないという情報が手に入りますからね!
「そうですか。それならば良いのですが。
あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。なんだ。」
「私、人探しをしていまして。お話を聞きたいのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「……うむ。入れ。」
「わーいっ!です!ありがとうございます!」
キラキラと目を輝かせてあえて子供っぽくしてみると、お爺さんの表情が和らいだ気がする。
おや。これは使えそうですね。
内心で笑っていると、奥からバタバタと音が聞こえる。段々迫ってくるその音に何事かと思っていればお爺さんが後ろから回し蹴りを受けて飛んで行った……って、え?
「ボクの姉さんに話しかけんな!このエロジジィッ!!」
「我、まだ何もしていないが!?」
「まだって言ってる時点で黒だよ!!」
状況はよく理解できない。しかし、一つだけ分かることがあった。それは……
「えっと……空、何してるんですか……?」
「あっ……てへ?」
「可愛いですけど誤魔化されませんからね!?バカ空ぁっ……!」
こうしてようやく、空と再会することが出来たのだった。
次回、再会はいかに
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




