105話 個性はいろいろ
こんにちこんばんは。
お久しぶりの投稿だけどいつも通り投稿はギリギリな仁科紫です。
それでは、良き暇つぶしを。
「えいやーっです!」
紺色の裾を意味もなく翻し、トビウオにも似た翼の生えた魚を糸で絡め取る。そのまま三枚におろすと、カンタからはペチペチと拍手がおくられ、神様からは呆れた視線を頂くこととなった。
ふっふっふー。見よ!これが秘技、空中三枚おろしなのです!
「いや、そんな技ないからね?」
「むー。神様ったらお堅いですよー。」
いかにも不満ですと言わんばかりに私が頬を膨らませると、神様は苦笑した。
ここはダンジョンの20階層にある大空洞のすぐ近くだ。神様によるとその大空洞を進めば5階層は先に進めるだろうとの事だった。
「器用だな。」
「ええ。」
「うむうむ!まあ、三枚おろしにした所で食べれな」
「アイテールさん、お口チャックです。」
「ぐぬっ!?」
ここの魔物の特長は翼を持っているということだろう。地形としては海と空の間がテーマになっているらしく、進めば進むほどに海は深く、空は高くなっていた。そして、地面を覆う水は少し塩辛かった。
え?わざわざ舐めたのかって?いいえ?勿論、舐めてませんとも。たまたま口の中に水しぶきが入った時にしょっぱかっただけですから。
その時の出来事を思い出し気づかないうちに腕の力が強くなっていた。ギリギリッという音と何やら激しく腕をタップするアイテールさんを放置し、意識は少し前に遡る。
それは上層でのこと。1階層を余裕綽々と通り抜け、2階層目へと移動する間の出来事だった。
「おおー。ここって随分と面白い構造になっているんですね?」
今までの階段にあたる移動手段。それがこのダンジョンでは小型のウォータースライダーのような石でできた滑り台になっていたのだ。
もっとも、服に速乾機能などないこの世界の仕様ではなかなかに不便な代物ではあったが、楽しそうであることには変わりない。ここはしばらく不快な時間を過ごすことになることも覚悟の上で滑るべきかとウォータースライダーに駆け寄る、がそこに待ったがかかった。
ガシッと音がなりそうな程に強く掴まれた肩。その手の主は当然の事ながら我らが保護者、神様だった。
「待って。プティ。保護者って何?」
「今聞くことですか。それ。」
何言ってんだこいつという目で見ると、気まずげに目をそらされた。しかし、すぐに咳払いをした神様は真面目な顔で私を見た。
「いや、急に真面目な顔されてm」
「話が進まないから黙って。」
「はーい。」
仕方がなくいい子にしていてあげようと神様を見る。もはやちょっと笑えてきたが、ここで笑うとますます話が進まない。……いや、やっぱり笑いたいですね。
笑いたい気持ちを必死で抑えていると、ようやく神様が本題に入った。
「そのまま滑る気かい?」
「え?もちろんですよ?」
「いやいや。服が濡れるだろう?ほら、君は空を飛べるんだから、飛んで降りたらいいじゃないか。」
ね?と、幼い子に話しかけるように神様は言うが、その態度が気に入らない。ますますムスッと頬をふくらませてそっぽを向く。
いくら子供っぽいと言われようと、目の前に楽しそうなものがあるのに使わないという選択肢は私の中にはなかった。
「えー。ほら、ウォータースライダーですよ?神様。
そこにウォータースライダーがあるならば滑らないという選択肢はありませんし、ましてや空を飛ぶだなんて言語道断なのです!神様は情緒というものを分かっていませんねぇ。」
肩をすくめる私に、神様はあーとばかりに顔を手で覆った。どうやら止めても無駄だと悟ったようだ。それでも止める時に掴んだ肩にかける力を緩めないのは、神様の意地とでも言うべきだろうか。
だがしかし、ここで負けてたまるかと神様をキッと睨みつける。そして、いざ勝負……!と口を開く前に神様が私の頭をぽんぽんと撫でた。どうやら、私の想像とは別の方向の話をするつもりだったらしい。
もしや、私の熱い思いが届き、お許しが出たのでは……!?あ。宥めるためだったとかそういうのは要らないので。
あえて期待に目を輝かせて神様を見ると、やがて根負けしたようにため息をついた。勝利……!と小さくガッツポーズをしつつ先に進もうとするが、やはり肩に置かれた手の力は緩まない。
はて?と左に首を傾げ、神様を見ると神様は無言で手に取り出したばかりのものを私に渡した。
今度は反対側に首を傾げると、神様は実にいい笑顔を浮かべて言った。
「それなら、これに着替えてもらおうか。」
「……はい?」
渡された服を見る。それは紺色のセーラーキャップに紺色の襟の丈が短い白いセーラー服。紺色のパレオらしき布に首から足元までを覆うウェットスーツのようなノースリーブの服はセーラー服の下に着るのだろう。最後に黒い長手袋を嵌めて完成する姿と言えば……
「水着ですか。……色気が皆無ですね!?」
そう。水着。しかし、水着と言えばやはりスラリとした素足だろうと言いたくなる私からすると、ここは一つ物申したくなる。何せ、素肌が出ているところと言えば顔と肩だけである。これで水の中に入っていいというのはなんとも度し難い話だ。尚、咄嗟に色気がないと言ってしまったが、あくまでも主張したいのは『私はお水と直に触れ合えるのがいいんですが!?』ということだ。決して色気がどうのという気持ちだけで言っているのではない。
「いや、プティに色気は元からな」
「そんな事どうでもいいんです!というか、なんでいつも私の服って露出が少なめなんですか?」
別に構わない上にいつもならば気にならないが、水着までこれならさすがに意図的なものだと気づく。
何せ、普段来ている服もストッキング履いている上に手袋もしているので露出ゼロですからねぇ。
ジーッと神様を見ると、神様はそんな事かと言って説明し始めた。
「ほら、プティの体って人形だから関節とかに線があるだろう?それを隠してあげるデザインの方がいいと思ってね。それに、人形族だと割と普通の服装なんだよ。」
「あー。なるほど。そういう考えがあったとは。知りませんでした。」
思いの外、ちゃんとした考えからの服装だったらしい。確かに人形らしく関節に球体のある私の体はこれを隠す方が人らしく見えるのかもしれない。
でも、それって自分の人形らしさという一面を自分から消していることになりませんかね?個性の埋没になる……いや、それを隠すこともまた人形らしさであると言うのなら、それはそれで個性になるのかもしれませんけど。
だんだん個性ってなんだろうと収拾がつかなくなり始めた思考を一旦断ち切り、とりあえず水着に着替えることにする。
着替える時の裏技として教えて貰った一度インベントリに収納してから装備ボタンを押すという知識に従い、ポチッと押す。すぐさま変わった服は思いの外動きやすく、思ったよりも可愛らしかった。畳まれた状態では気づかなかったが、紺のパレオには白で錨のマークが描かれ、襟にも小さくではあるが描いてあり夏らしさを感じる。……まあ、今はまだ6月にもなってないんですけどね。
「わぁ!可愛いですね!」
「そうかい?それは良かったよ。」
ほっとした様子の神様にこれも神様の作品だったのだろうかと思ったが、言わないことにする。それよりも早くウォータースライダーを体験してみたかった。
「では、滑ってもいいですよね!?いいですね!行きます!」
「あっ。ちょっと注意事項を……」
「いーやっほー!ですっ!」
何やら神様が言いかけていた気もするが、気にしなくても問題ないだろう。
ワクワクと身を躍らせたウォータースライダーは直線上ではなく2回転ほどグルグルと回って落ちるタイプのものだった。流れる水に身を任せると冷たくも気持ちのいい水の感触と風を感じられて楽しい。
そうして終わりが見えたと思ったその時。唐突にドボンっと水の中に落ちた。
「……!?」
慌てて水面に向かおうとするが、人形の体は想像よりも重い。落ちていく感覚と共に開いていた口に水が入るのが分かった。……って、しょっぱっ!?あれ!?私って何時から口でも味を感じるようになったんですか!?
自分でも気づいていなかった新事実と溺れていく感覚の2つの困惑から動きが止まる。そこで誰かに腕を掴まれ、驚く間もなく水面から出ていた。目の前には神様がおり、なんとも言い難い顔を浮かべていることから、どうやら後ろから来ていた神様が引っ張りあげてくれたらしいと悟る。
「……ありがとうございます。」
「全く。だから、注意事項は聞かないとダメなんだよ?」
「はぁい。次からはちゃんと聞きます……。」
今思い出しても何をやっているのかと自分のことながら思うが、致し方ないだろう。あの時は初めてのウォータースライダーに好奇心が抑えきれなかったのだ……と、苦い記憶はこの辺にしておこう。
思い出しながらも先へと進んだ結果、既に25階層にまで進んでいた。どうやら、ここに7人目の旧神、ウラノスさんが居るらしい。
「ウラノスさんと言えば天空の神様でしたっけ?」
「そう。だからか、ここの空から気配を感じる。」
「何も見えないがな。」
「うむ!しかし、何処にいるかの検討はつく!ならば飛んでいけば良かろう!」
ガハハっと同じく大気を司るアイテールさんが笑うのを見て何処と無く嫌な予感を感じつつも空へと向かった。
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「やっぱりそう簡単には行きませんか。」
アイテールさんの案内で連れてこられた先ではやはりと言うべきか透明な壁がそれ以上の侵入を防いでいた。
「むぅ。おかしい。確かにこの先なのだが。」
「これだから鳥頭って言われる。もっと考えた方がいい。」
「姉殿!?」
「そうだな。生き方が間違っているんだろう。」
「そうで……む?今、行き方と、道順が正しくないと言ったのであるよな!?」
さぁなと言うクロノスさんになんとなく察するが、意味は問わないことにする。それでもアイテールさんは気にしていたが、のらりくらりとかわすクロノスさんに最後は諦めていた。
さて、正しい道は何処にあるんでしょう?簡単に見つかるといいのですが……。
次回、ようやく話が進む……かもしれない。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




