104話 全ては人魚の手のひらの上?
こんにちこんばんは。
テストもあるのでそろそろ更新を1ヶ月程止めようと思う仁科紫です。
(あれ。今回、次回予告を回収出来ていない気がする……。)
次回は恐らく7月24日に更新します。
それでは、良き暇つぶしを。
「ちょっと……!?困ります……!!」
そんな切羽詰った声が聞こえたのはギルドに着いて早々のことだった。
何事かと視線を声の元である受付へと向けると、周りの視線も集まっている。驚いたようなざわめきからして日常的なものではないようだ。
一体何が起きているのかと40センチほど宙に浮かんで見る。周りからはギョッとした視線を向けられたが気にするまい。もう慣れっこですしね。
その視線の先では美人な受付のお姉さんがカウンターのこちら側から手首を掴まれているところだった。パステルピンクの艶髪が目をひく女性は掴まれた手首の先を見て目に涙を浮かべており、その相手は下品な笑みを浮かべている。どうやらタチの悪いプレイヤーかNPCの冒険者に絡まれたらしい。
補足ですが、この世界は珍しくもNPCとプレイヤーとの違いがパッと見では判別がつかないため、一概には言えません。更に、NPCが普通に生活している世界なので、どんな職業のNPCも存在しています。名前の表記もない辺り、本気で異世界に来た気分を堪能させようとしてるんでしょうねぇ。
まあ、どちらにせよ見ていて不快なことに変わりはありませんが。
「へへへ。良いじゃねぇか。」
「こ、困ります……!」
「あーん?さっきから困ります困りますって何に困るってんだ。下層にまで到達できる俺の実りょ……」
そこまで言って男は口篭る。ただ、それは自分の行いを反省したからとかそういった理由からではない。では、何故か。簡単な事だ。男よりも更に恐ろしい存在を感じ取ったためだ。
恐る恐ると男が目を向けた先には、ガッシリとした肉体に2mはあろうかという大男。顔は強面というのが相応しく、なんと言っても特徴的なのが首元にある切れ込みのようなエラだ。時折動くそれは彼の種族が人ではないことを示していた。
「なるほど……。あれが魚人ですか。」
「うん。ここは海の中にあるギルドだからね。海に関する種族が多く働いているんだよ。」
ほらと言って神様が指さす先を見る。しかし、そこには先程と変わらない光景があるだけだ。
一体どういうことなのかと首を傾げていると、丁度受付の女性を男性が持ち上げた事で何を指していたのかが分かった。
「どうした?マイハニー。」
「えっと、えっとね。ダーリン。この人が突然ご飯に行こうって……私、ダーリンから知らない人とご飯に行っちゃダメって言われてるから断ったのに……!」
これ以上は言葉にならないと涙をボロボロと流す女性には足がなかった。いや、この言い方は不適切だろう。正しくは、腰から下が魚の尾になっていたのだ。つまり、彼女は。
「人魚、ですねぇ。」
「そう。そして、人魚と魚人には古くからの伝統があるんだよ。困った……というか、関わりたくない、ね。」
「然り。彼奴は触れてはならぬものに触れておるな。哀れなものよ。」
南無っと手を合わせるアイテールさんに頭の片隅で仏教徒じゃないはずなのに良いのかと思ったが、これは神様が教えた文化かもしれないと気にしないことにする。
それよりも伝統とは何かと尋ねると、この反応も納得の答えが返ってきた。
曰く、魚人と人魚は必ず比翼連理の番として行動するという伝統があり、どちらか片方に触れようものなら怒り狂って相手を満足するまで攻撃し続けるのだという。
そして、その攻撃は個体差があり、人によって種類が違うものとなる。この魚人さんの場合は……。
「ほー?ちょっとお茶に誘っただけだと?」
「は、はいっ!そ、そそそそそうなんですよぉ!
お可愛らしい番様を目にして、これは何か捧げねばとお茶に」
「ハッハッハ!その意気や良し!」
「あはは……そうですよね!」
頬を引き攣らせながらもどうにか魚人さんの言葉に答え続ける男はそれはもう必死だ。首を大袈裟な程に縦に振る様はどこか壊れたおもちゃのようで滑稽だが、男はこの調子でいけば許して貰えるとでも思ったのだろう。
今までよりも笑みを深くして魚人を見上げた。
「と、ところで魚人の兄貴?そろそろお暇を……」
男のその様子を見ても魚人は笑みを浮かべているのだ。もしかしたら、このままここを出られるかもしれない。そんな希望を男は抱いたのかもしれない。
しかし、そう上手くいかないのが現実というものである。
「あ゛ぁ?誰が良いっつったか?」
「ひぃ……っ!」
近づけられた顔から逃れるように背を反らす男は今頃後悔していることだろう。
しかし、その状況に救いの手がさしのべられた。それも、思わぬところからだ。
しばらく状況を見守っていた女性が魚人の服の端を摘んで引っ張ったのだ。どこか困った顔で行われたそれは同性である私から見ても正直可愛い。いっそあざといぐらいの角度に首を傾げた女性は魚人に話しかけた。
「ねぇ。ダーリン?」
「な、なんだい?マイハニー。」
「さっきからあの人ばっか。私も見て。ね?」
うるうるとした瞳を向けられた魚人は慌てた様子で人魚さんを抱き上げたまま奥へと消えていった。
その際、人魚さんが楽しそうにこちらへと手を振っていたのは見なかったことにする。
うわぁ。魔性の人魚さんでしたか……。
思わずポカンとしながら人魚さんと魚人さんの後を視線で追っていると、周囲の人々が苦笑しながらもポンっと男の肩を叩いてどこかへと去っていくことに気づいた。どうやら、この一連の流れがここの日常らしい。日常的なものではないという先程の判断は間違いだったようだ。
どういう事なのかと神様に視線を送る。神様は苦笑いを浮かべ、とりあえずダンジョンに向かいながら話そうと歩き出した。
「まず、人魚族というのは全てとは言わないけど、本質っていうのが似通っていてね。」
「ふむふむ。」
「彼女達は揶揄うのが好きなんだ。特に、好いている相手ほど揶揄いたくなるらしい。」
「なるほど……え。なる、ほど……?」
言われた言葉を整理して余計にこんがらがる。つまり、それは先程のやり取りが魚人さんへの揶揄いだと捉えるならば、かなり大掛かりなものでは無いだろうか。
「しかも、彼女たちは異性に魅了を使えるんだ。」
「え。それって……」
「ああ。恐らく、彼はその魅了による被害者だろうね。」
「うわぁ……。」
つまり、あれは人魚さんによって全てを仕組まれた事件でしかなかったのだ。巻き込まれた側であるあの男性は災難としか言いようがないだろう。
そして、もしそれが人魚さんにとっての愛情表現であるとするならば……あー。それは肩をポンッと叩きたくなるのも分かりますね。
即ち、あの男性は人魚さんによって仕組まれた当て馬役なのだ。これを可哀想と言わずしてなんと言うのだろう。
更に、あとから聞いた話だが、あの魚人さんは言葉で相手を追い詰めていくタイプの怒り方をする人だったらしい。それをあの人魚さんは面白がって時折こんな騒動を起こすのだとか。人々がざわついていたのは久しぶりにこの光景を見ることになるのかという呆れや初めて見る人達の驚きが原因だったとのことだ。
男性に対して心の中で合掌をしていると、後ろからアイテールさんとロノさんが話している声が聞こえてきた。
「いやはや。相変わらず人魚族と魚人族は面倒な事になっておるな。」
「創ったのはポントスだが……何を考えて創ったのかが未だに分からない。」
「シャァ……?」
うんうんと頷きながら話し合うアイテールさんとロノさんの会話にカンタが反応する。どうやらポントスという言葉に反応したようだ。
それはそうと……こういう話を聞いていると、本当に神様だったのだという実感が湧きますねぇ。
なんとも不思議な光景にふと疑問が浮かぶ。
「神様。ポントスさんが魚人と人魚さんを創ったというお話ですが、他の種族も旧神の方々が創られたのですか?」
「ああ。そうだね。ここにいるメンツで言うと、ガイアはドワーフを創り、アイテールは天使、クロノスは兎の獣人を創った。」
神様の説明にどうも現実味がなく、ただただなるほどと頷いたところでダンジョンの入口にたどり着く。いつもと変わらない手順でダンジョン内に飛ぶと、ようやくそこで我に返った。
「え。天使様って本当にいらっしゃるんですか!?」
「わっ。どうしたの?プティ。というか、気になるところ、そこ?」
思わずあげた大声に周囲から視線を集めたため、先に進みながら話す事にしたが、神様からはなんとも言えない視線を貰うこととなった。
ピチャリピチャリという水音が歩く度に響く。ここはどうやら、海辺の洞窟をイメージしているらしい。水位が足首より下ではあるものの、少しばかり不快だった。
ここは浮いておくのが良さそうですね。
「うー。だって、アイテールさんですよ?てっきり、鳥の獣人さんとかだと思ったのです。」
「ふむ。惜しいな!それはワシではなく、これから出会うものの……ムグーッ!?」
……どうやら、アイテールさんは余計なことを言おうとしたらしい。後ろからガイアさんによって羽交い締めにされ、更に口元まで押さえられたアイテールさんはバタバタと翼を動かすが、ちっとも抜け出せない。
やがてもがくのを諦めたアイテールさんは体をぐったりとさせ、後ろのガイアさんを睨んだ。……が、そのガイアさんに睨み返され、あえなく撃沈することとなった。涙目で落ち込む様はいっそ哀れささえ感じるが、今はそっとしておく。
「懲りない子。」
やれやれとため息を着くガイアさんだったが、その様を不思議そうに見ていたロノさんに話しかけられていた。どうやら、末っ子であるロノさんにガイアさんは甘いらしい。淡々とした様子は変わらなかったが、いつもより優しい顔をしているように思えた。
あれが母親の顔と言うやつでしょうか。……羨ましいとは感じませんね。私には神様がいるからでしょうか?
少しばかり不思議な気持ちに陥りつつ、辺りの景色に目を向けながら2人のやり取りを聞いた。
その間、近くにウミネコのような鳥が近づいてきていたが、神様の魔法によって瞬殺されていた。流石神様ですね。
「母様、言ってはダメだったか?」
「世の中にはネタバレ禁止というものがある。」
「ネタバレ禁止……?」
「貴方が未来を知っても誰にも言わないのと同じ。」
「ああ。なるほどな。全てを知っては面白みがないというやつか。」
「そういうこと。」
……話の内容は可愛くありませんでしたね!?
何故ネタバレに例えたのか……腑に落ちない気持ちになりながら黙々と先へと急いだ。
次回、次の旧神は?(前回も言った気がしますが、気にしないで下さいm(_ _)m)
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




