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セカンドライフ  作者: 禁中並イエローハット
4/18

殺し屋

「私はな、殺し屋なのさ」






 ───────え? 



 殺し屋?・・・いかん、話が突飛過ぎて咀嚼しきれない。

 ええーっと、取り敢えずこのクソ重い空気をどうにかしよう。


「やめてぇ〜〜〜殺さないで〜〜〜」

「殺すぞ」


 冗談を言ったら、

非常に殺し屋らしいツッコミを入れられてしまった。 

 ごめんなさい。


 まあでも聞いて?

 いきなり『殺し屋なのさ』とか言われて、

 平静を保つのって、結構難しいんだぜ?

 耐えられるかよこの空気。

 一回で良いから、誰かに『殺し屋なのさ』っていわれてみ?

 そしたら俺の気持ちもわかるから。




・・・・・自分でいっといてなんだが、

 どんな仮定だよ。


 

 まあ、それはさておき。


「貴女が殺し屋だったら、

何故エマを避けなければないんですか?」

「切り替えが早いな・・・まあいい。

お前だって何となくの検討はついてるんだろう?」

「ええ、まあ」


 彼女は緩慢に言葉を吐き出した。  

 長い長い、ため息の様に。


「私はね、捨て子だったんだよ。


 だけど生活には困らなかった。

 私に関わる人は全員、何かしら与えてくれたからね。


 侮蔑の視線や、同情等だ。

 たまにつばなんかも貰ったな。


 いやはや全く、親切過ぎてへどがでたよ。

 

 だが、一貫した行動に心打たれてね。

 もう何も言わないことにした。


 だけどね、ある日、何もくれない奴が現れたのさ。

 侮蔑の視線も、同情も、当然唾も。


 私は不思議だったよ。

 なんせ私にとっての周囲の人間は、

 そこらの畜生に劣る害悪だったからね。

 何にも害をなしてこないってのは新パターンだった。

 新種だね。 


 そして彼は、

何も与えない代わりにと、

 私から、不自由を『奪って』くれた。

 私を拾ってくれたんだ。

 自由を与えてくれたってのが正しい表現だと思うだろうが、

 アイツの雰囲気がそう思わせなかったんだろうな。


 ・・・なんて云うかアイツは、不吉だった。

 アイツの歩く周囲には、 

 腐敗したかの様な陰惨さがあったし、

 そんなアイツに、近づこうって奴もいなかった。


 そのせいかもな、

 私はアイツに、無性に親近感を覚えたさ。


 それなりに仲良くなったよ。

 恩人として、ね。

 

 だけどやっぱり、なかなかの曲者でね。

 不自由に次いで色々と奪っていったよ。

 時間だったり、

 辛さだったり。

 

 まったくもう、どうやって恩を返せってんだよ。

 ・・・頭が上がらないね。


 そんな『奪う』ばかりのアイツが、

 ひとつだけ『与え』てくれたものがある。

 相手の命を『奪う』技術だ。 


 要するに、殺し屋として必要なものをくれたのさ。

 生活の為には必要だったし、アイツもそれしか手段を持たぬ様だった。

 何か与えるにしても奪う要素を欠かさないところは、

 アイツらしいがな。

 そして私も同じく奪う事が得意だったらしく、

 一流の殺し屋に認められるのも、そう遅くなかったよ。

  

 皮肉にも、最初に殺したのは自分自身だった。

 他者を殺す為に自分を殺す。

 誰かを死へ追いやる者は、誰より死に近いというわけだ。

 故に、涙は流れるだけのもの。

 虚構の落涙となるわけで、

 当然意味を成さなかった。



 刺して殺す

 斬って殺す。

 叩いて殺す。

 爆ぜて殺す。

 刻んで殺す。

 抉って殺す。

 殴って殺す。

 蹴って殺す。

 圧して殺す。

 潰して殺す。

 削いで殺す。

 愛して殺す。

 憎んで殺す。

 騙して殺す。

 撃って殺す。 

 襲って殺す。

 穿って殺す。

 埋めて殺す。

 焼いて殺す。

 壊して殺す。 

 裂いて殺す。

 滅して殺す。

 害して殺す。

 轢いて殺す。

 消して殺す。

 絞めて殺す。


 



 殺して殺めて殺害する日々。

 そこに感慨はない。

 

 


 そんな生活の中、

 再び何も与えてこない奴と出会った。


 だけどアイツとはまた別な感じだった。

 何というか、こう、違っていた。

 それはアイツも同じなんだが、やっぱり違う。

 アイツは私に似てたけど、ソイツは、

 対極だったんだ。

 私と違って、あたたかかった。

 

 ソイツはただ『奪って』いったよ、

 ─────私の心を。


 なに、そんなに良い話ではない。

 何処にでもある、ありふれたハッピーエンドだ。


 ただ、物語は終わっても、現実は続いていく。

 要するに私は、娯楽小説を読み終えた読者って事さ。


 等しく現実(嫌な事)に帰るんだ。

 これもまた、

 ありふれたバッドエンドなのかもな。




 私とソイツ、つまり死んだ夫は、結ばれて、子を成した。


 そう、エマだ。

 私は喜んだよ。

 何せ、ずっと『奪う』だけだった私でも、いろんな事を『与え』られるのかも、と思ったからね。


 それが幸せなのか、職なのか、家庭なのか、

 ともかく与えられるのが嬉しかった。

 ────本当に。


 だけど私が今いるのは、現実だ。

 ハッピーエンドのその先。忘れてたよ。


 何処から漏れたのか知らんが、

 街の住民たちは私が殺し屋だと聞きつけたんだ。


 そこからはもう、予想できるだろう?

 差別さ。


 だが、そうする気持ちは理解できた。


 私自身、殺しで汚れた手でエマを触る気にならなかった。

 だからわざわざ手袋をつけてたんだぜ?

 笑えるよな。


 結局、一度も直で触らなかったんだ。




 ───触れなかったんだ。




 ・・・私の周りの奴らは、

 相変わらず同じものをくれた。


 侮蔑の視線やつば等だ。

 今度は同情はくれなかったがね。

 ケチな奴らだ。


 ・・・まあ、戯けてみたが、

 実際の所かなり腹が立った。

 私一人が差別されるなら、別に昔のままだ。

 きっと構わなかっただろう。


 だけど子供ができたんだ。

 事もあろうに、

 この私に。


 そりゃあ特別におもうし、大切だ。

 腹も立つさ。


 だけどね、

 エマや夫を不幸にしてる元凶は誰だ?

 幸せを奪ってる奴は誰だ?って考えてたら、

 気づいちまったよ。

 他でもない、私自身だったんだってね。


 ・・・・何が、

『与える事ができるかもしれない』だ。

 私が得意なのは奪う事だって云うのにね。

 失念していたよ。


 つまりだ。

 家族の元を離れるってのが、

最良の選択だったのさ。

 汚れた手では触れないし、

また差別された日にゃ目もあてられん。





 だから私は、エマを避ける」

 


 彼女は語った。


 自嘲げに。

 自虐的に。


 或いは騙っていた。


 己自身を、

 仕方がないと。

 ありえた話だと。


 己にとっての『奪い』は、即ち救済。

 他にとっての『奪い』は、即ち地獄。


 そこを見誤ったんだと、

 静かにトリスの意思が透けた。

 

 あまりに悲痛で、

 あまりにも辛い。


 そんな叫び。


「ありがとう、ございました」


虚しさに耐えきれずそう言うと、彼女は構わん、とでもいう様な身振りをしてくれた。


 事情があるなら、それを何とかして仲直りするべきだ。

 などと考えていたが、傲慢だった。

 無理だ。

 あそこまで深い情念を、後悔を、俺がどうにかできるわけがない。

 そもそも赤の他人の事情に首を突っ込むべきでなかったのだ。


 はあ・・・。

 やってしまった。


 でも、トリスは決してこのままがいいとは思ってないだろう。

 仲直りしてはくれないのだろうか。

 トリスは苦しんでいた。

 報われて欲しい。

 

 ・・・・無理だろうな。

 トリスは汚れた手でエマは触らない。触れない。

 そう言ったんだ。

 エマ自身、父親の事もあるし仲違いは続行だろう。

 どうしようもなく、どうにもならない。




 いや、待てよ?

 エマにさっきの話を聞かせれば、ある程度溜飲は下がるかもしれない。


 本人だって好きで殺し屋なんてやってたわけじゃない。

 事情を汲んで仲良くして欲しい、と。

 

 トリスは、責任を感じているから解決は難しいが、

 せめてハッピーエンドといかずとも、バターエンドぐらいに。



 よし、エマにも聞かせてみよう。

 

 おっ、考えがまとまったら、何だかいける気がしてきた。

 頭打ちになっていた希望が再び湧く感覚。

 悪くないな。

 よしよし、調子が戻ってきたぞ。

 

 大丈夫、何とかなるって!

 いけるいける!


 俺は自身を鼓舞した後、

 トリスと別れ、宿へと戻った。


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