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ウマナミの性剣士  作者: マコト ハジメ
3/3

エレナとエルフの女剣士

「ルカ、大丈夫かしら……」


 奴隷商館内大部屋の一角、エレナは北の森の魔女に買われたルカのことを思い耽っていた。

 エレナが商館に連れてこられたのはつい最近のことだ。代々剣で栄えてきた貴族、エスパーダ家の一人娘として生まれたエレナは、女ながらに幼少のころから剣の英才教育を受けて育ってきた。それと同時に、王城で姫の警護にあたっている父より、騎士としての精神も叩き込まれてきた彼女は、人一倍正義感が強い娘となったのだ。

 そのまま自身も父と同じように城勤めになろうかと思っていた矢先、城へ賊の侵入を許してしまい、あろうことか父が警護していた姫が攫われてしまう。幸い姫は無事に救出されたものの、その責任を問われ父は失脚、エスパーダの名は地に落ちてしまったのである。

 騎士として輝いていた父も、日に日に落ちぶれていき、家は多額の借金を抱え、ついにエレナは奴隷として売られてしまうのであった。

 実際どのようなやり取りがあったのかエレナは知らないが、彼女はあまり細かいことは気にしない性格であった。奴隷という身分になっても自身のこれまで学んできた騎士の精神は変わらず、この奴隷という制度に怒りさえ覚えていた。

 もちろん、それを商人たちにぶつけてもしょうがないことであるが、彼女はそこまで頭が回らなかった。結果、毎度衝突しなすすべもなく痛めつけられる日々が続いた。それでも彼女は折れず、ひたすらに嚙みつき続けた。周りの奴隷たちはそんな彼女に関わらないよう、遠目に見ているだけであったが、ただ一人毎回ことが終わるころに声をかけてくる人物がいた。ルカである。


 ルカは森の中で生きるというエルフの少年だ。エルフは本来一生を森の中で過ごすため、外界に出てくることはないが、たまに外に迷いこんだところで奴隷にされてしまう者がいるという。潜在的な魔力に優れ、人より寿命が長いため若い姿をいつまでも保ち、容姿も優れている。一人入荷すればすぐに高値で売れてしまう大人気商品だ。

 そのはずなのに、ルカはいつまで経っても屋敷に残っていた。自分が来る随分前から屋敷にいるとも聞いていた。最初こそ不思議に思っていたのだが、その理由はすぐに判明した。彼の股間である。

 少年の端正な顔つきに似合わない暴力的な下半身は、服の上からでも一目でわかる代物であった。ただ、それだけであるのであれば、多少歪んだ性癖を持つ変態の手にかかればむしろ好物まである。しかし、彼の股間からは禍々しい魔力が感じられるのだ。それを目の当たりにした者は、その気味の悪さにたちまち彼に嫌悪感を抱くのである。

 たまたま彼のそれを見てしまったエレナも、その時はその気味悪さに一歩引いてしまった。が、不思議と嫌悪感を抱くことはなかった。むしろ、そのような境遇であるにも関わらず、毎日痛めつけられる自分を思いやれる心に感服までした。それと同時に、騎士とて育てられた彼女の心は、この不憫な少年を自分が守ってやらねばとどこかで思い始めていた。


「あの魔女って女、ルカを見る目つきが大分おかしかったから、もしかして今頃……ん?」


 騎士としての心を蘇らせてくれた、唯一の友であるルカの行末を憂うエレナ。それは単に彼を心配しているのか、はたまた別の気持ちが入り混じっているのか、今の彼女に知る由はなかった。

 魔女がいなくなったことで、平常運転となった屋敷の中で、未だにルカの心配をしていた彼女であったが、その違和感には瞬時に気が付いた。


「なんだろう、この変な感じ……」


 彼女のいる大部屋は屋敷の地下に位置する場所であるため、外の様子はうかがえない。だが、明らかにいつもと違う感じを、彼女の直感が捉えていた。


「……えっ⁉」


 その違和感の正体がわかるころには、もう時は遅かった。

 屋敷は突然闇に包まれたのだった。






 突然謎の女と化したルカを追ってきた魔女の目に映ったのは、黒い霧に包まれる奴隷商館と、その周りを取り囲む無数の魔の者の姿。

 魔の者とは、本来この世界に存在しないはずの異物たちの総称だ。災厄の魔女が放ったとも、別世界から引き連れてきたとも言われているその者たちは、この世の生者たちをひたすらに嬲り殺す。まるでそれが生きがいであるかのように。

 多種多様な姿で現れる魔の者たちであるが、今館を取り囲んでいる者たちは、朽ちかけた剣を振り回す骸骨--スケルトンや、腐臭を放つ腐りかけの死体--グールなどといった、アンデットと呼ばれる者たちであった。

 彼らに人の言葉などは通用しない。ただ目の前にいる生者を本能のまま蹂躙するだけである。


「やはり、これはあの女の……魔の者を呼び出せるほどには力が戻ったのね……」


 目の前に広がる光景に、魔女は悔しそうにしながらも、すぐさまそれを殲滅しようと駆けだしたとき、その顔は驚きに染まった。


「あの子……」


 無数のアンデットたちの中、一筋の光が彼の者たちを蹂躙しているのが見えた。あのエルフの女だ。彼女は光り輝く剣を手に、アンデットたちを切り進んでいた。元々動きが俊敏ではないアンデットたちは、彼女の動きについていくことができず、一体、また一体と、その命を散らしていった。

 しかし、やはり多勢に無勢。その数の多さにエルフの女は中々先に進むことはできなかった。悔しそうに剣を振る彼女だったが、突如、目の前のアンデットたちが眩い光に包まれ消滅した。

 突然の出来事に驚き振り返ると、そこには身の丈程の杖を掲げる魔女の姿があった。


「雑魚たちは私に任せなさい! あなたは早く屋敷の中へ!」


「‼ 感謝する!」


 魔女の協力を得て、エルフの女はまばらに散らばるアンデットを切り伏せながら一直線に屋敷へと向かい、ついにその中へと侵入した。

 彼女を追おうとアンデットたちも動くが、後方から繰り出される魔女の広範囲の魔術に、それが叶うことはなかった。






「なんでこんなことに……」


 エレナは恐怖の底にいた。

 周りの空気が変わったと思った瞬間、屋敷が襲撃にあったのだ。それも人の手によるものではなく、この世のものとは思えない異形の者たちによって。

 応戦した世話役たちはあっという間に蹂躙され、逃げ惑う商人や恐怖に震える奴隷たちももれなく殺された。屋敷中から聞こえていた悲鳴も今やなく、異形の者たちのうめき声だけがこの場に流れていた。

 先ほど、また一人の奴隷がその手にかかり、今この場に残されているのはエレナただ一人である。


「どうしてこんな……動け、動け私の身体!」


 幼いころから剣を学び、騎士の精神を叩き込まれたエレナであったが、まだ齢15の少女である。成人を迎えたばかりの未熟な少女はこの場を支配する恐怖にただただ飲まれていた。手足は震え、恐怖のあまり失禁をしてしまう。この場を生き残る術など残っておらず、他の者と同じように一瞬で亡き者にされてしまうかと思われた。

 その時だった。


「ハッ‼」


 勇ましい女の声と同時に、複数の異形の者が切り伏せられる。切られた者たちはたちまち黒い粒子となってその場から消え、残ったのは眩い光を放った剣を手にもつエルフの女。

 女は黒い粒子の中を駆け、大部屋内のひと際大きいグールへと切りかかる。横からの鋭い一閃。しかし、グールはそれを読んでいたのか、重そうな身体をゆったりとしたバックステップでかわしながら腕を振り上げる。

 やられる。エレナがそう思った瞬間、エルフの女は先ほどの勢いのまま跳躍し、グールの脳天から両断してみせた。まさに一瞬の出来事である。

 切られたグールは他の異形の者同様黒い粒子となったが、その場で霧散することはなく、女の持つ剣へと吸収された。

 一瞬の出来事に唖然とするエレナに、大部屋内のすべての異形の者を仕留めたエルフの女は一瞬振り返り「もう大丈夫よ」と声をかけると、そのまま勢いよく部屋を飛び出していった。屋敷内のあちこちから飛び交う音に、残党の処理をしているであろうことが分かった。

 ただただ茫然としていたエレナだったが、先ほどの女になにか心地よいものを感じた。本人にはそれがなにかわからなかったが、このまま彼女と別れると必ず後悔してしまうと思ったのだ。身体の震えは収まってきた。少し下半身が湿っているのが気になるが、今更そんなことを気にしている場合ではない。彼女は足早にエルフの女を追いかけ、そして屋敷の外に出た。そこにいたのは、異形の者であっただろう黒い粒子に包まれ背を向けているエルフの女と、昼間屋敷にやってきた白の魔女だった。


「なんであの女が……」


 そう呟いた瞬間だった。

 エルフの女は力尽きたかのように魔女の方へ倒れこみ、その身体から光を放ち始める。


「え……」


 光がやんだときにそこにいたのは、エレナがつい先ほどまで思い浮かべていた人物、ルカであった。

 あまりの出来事の連続に、彼女の思考は追いつけないままであったが、細かいことはあまり気にしないエレナだ。無意識のうちに、目の前の魔女へと口は開かれていた。


「私も連れて行って!」

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