モロイ読んだあとに書いたやつ
ゾウリムシの頭に浮かんだのは、小石をなるべく水平に投げて、池の面をすべらせるゲーム。いや、彼は特にその遊びをやりたいわけではなかった。彼は遊びが好きではない。むしろ嫌いだ。そして仕事も嫌いだった。あるいは、「石すべりゲーム」も仕事の一種なのかもしれない。そういう生業で糊口をしのぐやつもいるだろう。ゾウリムシにはうまく思い出せないが、ひょっとしたら金になることを考えていて例のゲームは彼の頭に浮かんだのか。だがどうしてもそのまえ、つまりゲームを思い浮かぶまえのことは思い出せなかった。ゲームを思い浮べるまえのまえのことさえ、そしてそのまえのまえの……こともやはりいっさいの無、だった。ちょうどゲームで石を投げたやつのことを投げられた石のほうはいっさい存じ上げないのと似ていた。また違ってもいた。ゾウリムシの頭の中で(つまり誰でも自分が見ているのか見ていないのかはっきりしないあの風景の中で)、石はいつまでも池の面を点々と引掻きながらすべっていた。と同時に(頭の中ではよくあることだが)水面に着いた小石はそのたびにポチャンという音もたてず池の底に沈んでいった。もちろん、池の底まで沈むのかどうかはわからない。その池の底の深さは知れないし、石が軽すぎたらまた浮んでくるだろう。ひとついえるのは、池の底や水面やその間は小石でいっぱいだった。ゾウリムシは丸い石を、あるいは角のある石を、あるいは平べったい石を、あるいは白い石を、あるいは色つきの石を、あるいは重い石を、あるいは軽い石を、そしてそれらのそれぞれのミックスを、片手にふたつまで、つまり一個か二個か三個か四個を、ひとつづつかふたつづつかみっつとひとつづつかよっついっぺんに池に投げていた(頭の中で)。なんでこんなことが金になるのだろう? 足元の無数の小石の中に硬貨でも混じっているのか。ゾウリムシは目を凝らしてよく見た。小石の下には小さな虫が棲んでいた。石をとったあとの湿ったくぼみに、ゾウリムシが一匹ないし数十匹、あるいはまったくいなかった。ゾウリムシはこの虫が嫌いだった。名前が同じなのは特に気にならなかった。ただどこにでも無数にいるのが不快だった。彼はこの虫を見つけると、眉を八の字に曲げて悪態をついた。この虫ケラ! さっさと失せやがれ。言葉は虫に通じるはずもないが(通じていても意味はないが)、日の光を嫌がって、ゾウリムシ(たち)は別の石の下に逃げていった。小石は無数にある。