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悪魔は踊る  作者: 百日紅の花が咲いている
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プロローグ

 どっしりとした黒木肌の木々、樹高は二、三十メートルはあるだろうか。

 地面は厚い腐葉土に覆われていてところどころから大きな岩がその苔むした頭を覗かせている。

 見渡せば藪やらシダ植物やらがところどころから顔を出し、貴重な木漏れ日を受け取っていた。


 そんな景色の中、ただ黒いとしか言いようのない青年が木の根と根の間で、背を後ろに預け膝を投げ出し横になっていた。

 わかる人が見ればその青年は魔に属し、契約によって魂をむさぼる危険な存在。

 いまゆる悪魔だとわかっただろう。







 波風立たない普通の人生。

 特に特別な技能を持っていたり、素晴らしい運動神経を持っていたりもしない。


 俺の家庭は父がサラリーマン、母がパートの仕事をしていて、上には兄が一人いる。

 だからなのかどうか知らないが、俺は兄の影でのびのびと育った。

 中学の時は帰宅部で、授業中に本を読んだりと問題行動もとってたてれど、それでも仲間はずれにしなかったクラスメイトには感謝の気持ちしかない。


 問題は高校に入ってから表面化した。

 中学とは違って高校はみんな行きたいところに進学する。

 そのため俺は周囲から孤立した。


 いわゆるボッチ気質だったわけだ。hahaha

 微塵も笑えねえ。


 そんな状況を打開すべく必死になって話し方のコツを練習した。

 まあ、兄からは『お前、最近二重人格気味、どっちかに統一しろ』なんて言われたが、そんなに小器用には成れなかった。

 人生観が歪んだ貴重な経験だったな。


 けれど悲しいかな。

 すでに出来上がったグループに交ざれるほどの度胸はつかなかった。


 結局、月日は流れて受験戦争真っ只中。

 相も変わらずボッチのままだ。







 いつものように顔を洗って、もう既に出かけた母親が作ってくれたゴーヤチャンプルーと味噌汁をつつきながらテレビのスイッチを入れる。

 進は、ゴーヤ苦手なんだよなーとか思いながら味噌汁をすする。

 おとなしくニュースを見ることにした。

 最近売れっ子の女性コメンテイターが朝の天気予報を読み上げている。


 半分上の空で、あと7分足らずで始まる朝ドラ「「金色のラーメン」」のことを考えながら画面を眺めていく。

 朝ドラ、『金色のラーメン』は、実話を基にしたカップラーメン誕生秘話で、開発者の生涯をなぞってゆくサクセスストーリーだ。

 安藤さんという人が主人公で、第二次世界大戦の経験を基に、「衣食住というが、衣と住があっても食がなきゃあ話にもならん」というような精神のもとで、家庭でお湯さえあればラーメン屋に行かずともラーメンが食べられるようにカップラーメンを開発するのだ。

 つまり、この人が生まれてこなければカップラーメンは存在していないことになる。

 いや、だれかが思いついてたら存在しただろうからそれはない、かな?


 とにかく、最近の俺の朝の楽しみは『金色のラーメン』なのだ。 



  ー感動ものだ


 前回の予告で知っていたのだが今日の朝の朝ドラはついにカップラーメンのひな型が完成する回だったのだ。

進は食器をまとめて流し台に持っていきながら、試行錯誤の果てにできたカップラーメンのことを思った。


 ふと時計を見ると、その針は7時50分を指し示している。

 このままでは学校に遅刻してしまう。

 あわてて制服の上着をハンガーからひったくり学校カバンの中身を確認しに走る。

 こういう時、マンションならば一拍遅れるのだろうか。

 やはり少々の音を立てても大丈夫な一戸建てだとこういう時に気を使わなくていいから楽だな。


 すぐに準備ができた。

 さあ、出発だ!


 「いってきまーす」 


 すでに習慣となった挨拶を、誰もいない家に残して家を出る。


 急げ急げ。


 バス停のある道路に飛ぶように駆けていくと丁度バスが停まったところだった。

 

 ーあっぶねっ


 進は滑り込むようにしてバスに乗り込むとほっと一息着いた。

 






 それからすぐに学校前駅に到着した。

 後で考えてみるとこの時ほんの30秒でもバスが早く、あるいは遅く到着していたのなら、死ぬくらい痛い思いをすることも、こんな運命のいたずらに会うことも、なかったんだろうね。

 これから孤立したあのクラスに行くのかと丁度小さなため息を吐いたときのことだ。



 「キャー、どいてどいて!!」



 女子の金切り声がしたと思ったら視界の隅から丁度ものすごい速さの自転車が横っ腹に突っ込んで来るところだった。


 「ぐふぅ!??」


 進は避けることもできずに横っ腹に自転車の一撃をうけると、その衝撃から悲鳴を出すこともできず、中途半端な空気音を喉から洩らし、バランスを崩して凄い速さで校門に激突した。

 今時めずらしい重厚な石造りのそれに頭を強打し、首をぐきりとひねって校門に寄りかかるようにしてくずれ落ち、とどめに自転車で押しつぶされた進だが、当然かなりの重傷だった。

 自転車と校門でサンドイッチされたため肋骨の一本が肺に突き刺さり、首と頭も朦朧としているために声もろくに出せないだろう。



 ーなにすんだよ!


 そう叫んだつもりだったのだが胸に受けた衝撃のためか、首からなんか聞こえては駄目な音のためか結局何も言えなかった。


 目の前の女子は大したけがはなかったようで、自転車を引き起こしてへらへらと笑いながら謝ってくるがそれが無性に癪に障る。

 後で絶対に訴えやるからなッ、覚えてろ!

 

 体感時間でおよそ一分が経過したころには、そんなことを考える余裕は消えて失せていた。

 苦しいし痛い、気持ちが悪いし吐き気もする。

 これはヤバいんでないの?、声も出ないしそもそも胸部が痛くて呼吸もできない。

 と言うかかろうじて見える視界がモノクロになってきてるし、周りの音も全然聞き取れない。

 回らない頭はそれでも断片的な音を拾って来た。


「・・・い、・・・・か、まずい、・・息が・・・・・・・救急車ッ・・」


 ああ、此れが過呼吸か。

 早く早く救急車を。


 「だ・・だ、呼吸が・・・・止まっ・・くそ・・・大丈夫だぞ・・い」


 え、呼吸が止まっ、何?それってひょつとしなくてもヤバいよね。

 結局救急車は間に合わなかった。


 ーこれ、死ぬかもしんないな


 これまで生きてきたおよそ18年間、現在高校三年生の春、あまり利巧とは言えない頭で頑張って毎日勉強して、高卒でそれなりに大手の会社で内定貰ったのになぁ。


 ーくそ、悔い有りまくりだよこん畜生


 ああ、もう体の感覚がなくなって何も見えない、何も感じ取れない、悔しさとやるせなさ、それとあきらめにも似た気持ちが俺の心にあふれてきて-


 -人生って案外こういうものなのかな


 それが青木 進、彼のの最後の思考となった。










 

 

 それからしばらくして、俺は魂、そう、魂に虫が這いずるかのような、奇妙な感覚を覚えて目が覚めた。


-お、生きてる、ただの気絶だったのかな。


 初めは喜んだ。どうやらうつぶせに倒れているみたいだ。

 しかし状況を認識するにつれて途方に暮れることになる。


「…森?…ホワィ!?」


 進は何故英語なのかなと頭のどこかで考えながら、慌てて立ち上がろうとして、立ち上がれずに頭から崩れ落ちる。腐葉土特有の匂いが舞い上がる。

 それでも思考は止まらない。


-え、なにこれなんで学校から森なんだよ!ああ夢か夢なんだな!だれか説明してくれーーーー


 進は心の底からそう思った。

 顔を地面に押し当ててお尻を天高く突き上げた芸術的な恰好のままで。





 「あーあーーーうん、落ち着いた、俺は冷静だ。で、ここはどこかね」


 進はついさっきのことと感じられる自転車事故を思い返すと、強烈な恐怖と寒気にに身震いした。

 そしてそのまま近くの木まで、いもむしのようにずりずりと這いずっていく。


 ふうっ、と木の根と根の間にある隙間に寄りかかり一息つく。

 何気なく自転車事故でぶつけたはずの頭に手を当てると傷も血が流れ出た痕跡もない。


 -いやいやいやいや、さっきのがただの白昼夢か何か?ありえないだろ


 混乱した頭のままで乾いた笑い声をたてる。

 手を見てみる。

 いつも通りの見慣れた手。

 握ったり開いたりしてみても何も変わらない。


 「精神がやられたかなぁ?それともただの妄想か夢、あるいは普通に何かの間違いとかかな?いや、にぃしては不可解なことが多すぎるか。んー、つっとどおしよっかねえ」


 ―まあ夢かな

 なんかすげえ眠いし


 何はともあれ不可解なことが多すぎる。

 ぶっちゃけキャパオーバーなのだ。


 -夢なら今ここで寝れば覚めるさ


 そんな風に自分を正当化してうつらうつら船をこぎ始める進。

 心なしか近くでつむじ風が逆巻いたような気がした。



 

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