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本棚の森番  作者: 旭 河埜
森番の外交
9/17

一、同じ夢

「早く早く~。」

「待てってユカリ。アオイがついて来られてないだろ。」

「ゲホッ・・・。大丈夫だよ××。心配してくれてありがとう。」

「無茶すんなよ。」

三人の子供が、森を歩いていた。幼い少女が先頭に立ち、同行している二人の男子を急かしている。一人は咳き込むもう一人を支えて歩きながら少女を咎め、三人で行く予定の草原までみんなをまとめる役割を与えられていた。

 草原に着くと少女はうれしさに走り始め、草の間からひょこひょこ顔を出す。そんな少女を、二人の男子は微笑んで眺めていた。


 幸せな夢だった。体を起こしながら、俺は見たばかりの夢を反芻した。古典の〈本棚の森〉から帰ってきたのはもう二ヶ月も前になる。今更こういう夢を見るのは少しばかり不思議ではないだろうか。しかも見たこともないユカリの幼少時代をなぜか一人称視点で見るなんて。

 リビングまで降りていくとすでに母さんは仕事に出ていて、カウンターの上に二枚のホットケーキとジャムが置いてあった。

『勝へ

 朝ご飯に食べてね。 母さんより』

時計を見るとまだ五時半だ。朝飯の時間にはまだ早いだろう。ゲーム機を起動して最近買ってもらったばかりの新しいゲームを始めた。

 ハッ!つい夢中になりすぎた!時計は八時を過ぎている。今日は日曜日だから急ぐことはないが、母さんに、不健康だと怒られてしまう。カウンター椅子に座って朝飯を食べる。ホットケーキは冷めていたが、とてもおいしかった。

 いつでも外に出られるように準備をして、またゲームを始めた。始めた途端、

プルルルルルル、プルルルルルル!

電話が鳴った。渋々取りに行く。

「はい、稲戸・・・」

「勝っちゃん?僕だよ、康平。」

康平からだった。

「どうしたんだよ。まだ昼にもなってないぞ。」

「そんなの時計見れば分かるよ。僕の家に時計が無いと思ってるの?」

「いや、違うけど。で、要件は?」

「あのね、今日一時ぐらいに会いたいんだけど。」

「いいけど、なんで?」

「秘密の話なんだ。勝っちゃんに聞きたいことがあるんだよね。」

また空想世界の話だろうか。

「別に良いけど。」

「ほんと!?じゃあ一時にお花見公園で会おうね。ばいばい!」

「おう。」

お花見公園というのは、俺の家から歩いて約五分のところにある雪ん子公園の呼び名だ。桜の木がたくさんあって、春先は花が満開になるからお花見にちょうど良い、という事でこの呼び名になったそうだ。この呼び名を聞くたびいっつも、本来の名前と呼び名が矛盾しているな~と思う。康平からの電話の後、俺は腹が減るまでゲームをして遊んだ。気がつくと正午だったので、目玉焼きを焼いて電子レンジで炊ける米に乗せて食べた。

 公園につくと既に康平が来ていた。ブランコ一台を占領して座っている。俺達以外には、テーブルで本を読んでいるお兄さんがいるだけだから問題はないだろう。俺もブランコに腰掛けた。

「やあ勝っちゃん。来てくれたの。」

「行くって言ったろ。で、何が聞きたいって?」

「夢の話なんだけど。」

「夢?」

二ヶ月前に行ったばかりの〈本棚の森〉を思い出しながら、俺は康平の話を聞いていた。

「そう。今朝見た夢なんだ。僕が森で同い年くらいの子供二人と歩いててね、三人で草原に行った夢なんだけど・・・」

「それ、本当か!?」

驚きのあまり康平の肩をつかんで揺さぶってしまった。

「う、うん。どうしたの?」

「俺も見たんだよ、同じ夢。」

予想外だっただろう俺の答えに、康平は驚く様子もなく「やっぱりそうか。」と呟いただけだった。

「やっぱりって何だよ。」

「勝っちゃんなら見てると思ったからさ。」

「どうしてだよ。」

「理由はいえない。少なくともここでは。そのうち話してあげるよ。」

「分かった、無理には聞かない。」

そこで会話は途切れ、その後は普通に公園で遊んだ。

 あっという間に夕方になって、康平は何か用事があるとかでいつもと逆方向に帰っていった。康平が手を振りながら、

「明日同じくらいに図書館で待ち合わせだよ~。」

といったから適当に返事をして、今日は帰った。

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