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本棚の森番  作者: 旭 河埜
森番の奴隷
7/17

七、俺達と森

「・・・ちゃん!勝っちゃん!」

体を揺らされている。誰かが叫んでいる。

「起きて!閉館の時間だよ!」

あ、康平の声だ。閉館だって?目を開けて頭を持ち上げ、周囲を見渡す。机の上には俺が森に行く前に読んでいた本がある。本棚が周りを取り囲み、横では康平がやれやれというような顔で立っていた。窓の外を見ると夕焼けが朱色に光り、とてもまぶしい。「ほたるの光」が閉館を告げて静かに鳴っている。

「おう康平。」

「おう、じゃないよ!図書館入るなり勝手に走ってちゃってさ。探したんだよ。見つけたら寝てるから、起きるの待ってたら閉館の時間になっちゃって。」

俺が勝手に走って行った?康平がじゃなくて?

「とにかく、帰るよ!」

「あ、ああ。」

ねぼけまなこで立ち上がって、本をしまおうと後ろの本棚を見る。そのときに、ふとユカリに聞いた事を思い出した。一番近くの本棚、今本をしまっている本棚の、一番長い本。・・・見つけた。一番下の段に置いてあった。その本の名は・・。

「何してるの勝っちゃん!早くしないと閉じ込められちゃうよー。」

「ごめん、すぐ行く!」

康平と並んで自動ドアを潜り、外に出た。

 あの本棚で最も長い本。その名は、「源氏物語」。


 来たときと同じ道を、来たときと同じようにぶらぶらと歩いた。

「なあ康平、俺、寝ている間森にいたんだよ。」

「森?」

「来るときにお前が話してたのとそっくりだった。」

「夢だったんじゃなくて?」

「・・・そうかも。」

康平の言うとおりだ。あの〈本棚の森〉は本当にあったんだろうか。もしかしたら康平に聞いたことに影響を受けて俺が見た、ただの夢だったんじゃないだろうか。いや、違う。あの森は本当にあった。〈知識〉と〈想像力〉がさえずり、発掘班が北の山で遺跡を発掘して、警備班が森を外敵から守り、採集班が採った食材を夕飯に食べる。そんな生活だった。しっかり覚えている。ガッラの実の味も、ニンガのおいしいスープも、ユカリとたくさん話したことも、何もかも。

「いや、やっぱり夢じゃない。本当に行った。」

「そっか。もし勝っちゃんがまだ寝ぼけてるとしても、勝っちゃんがそう言うなら僕は信じるよ。」

「寝ぼけてねぇよ!」

「もし、の話さ。」

「夢じゃない。」

もし夢なら、崖から落ちたときのあの痛みはどうやって説明するんだ。コウリと握手したときのあの感触は?絶対に夢じゃない。

 それから家まで、俺達は無言で帰った。橋を降り、坂を下り、歩道橋を渡って。

 分かれ道。俺はまっすぐ、康平は右だ。

「じゃあな。」

「うん、また学校でね。」

康平に手を振って、それからもう一度、大声で

「絶対夢じゃねぇからな!」

康平がにこっと笑ったのが見えた。満足して振り向き、俺は家へと歩みを進めた。


「絶対夢じゃねぇからな!」

勝が放ったその言葉に、康平は笑って返した。満足したように、勝が遠ざかっていく。

「そうだよ。夢じゃない。」

幼なじみを見送りながら、康平は呟いた。

「君の夢でも僕の勝手な想像でもない。君の行ってきた古典の〈本棚の森〉は、実在するんだ。もちろん他の森もね。だから疑っちゃいないよ。短い間だけど、僕が治めた森だから。例え今は人の子でも、僕は森の存在を信じてる。疑ったらユカリを忘れちゃいそうで怖いからね。僕もあの子に忘れられてしまうかもしれないし。」

勝が見えなくなると、康平も家に向かって歩き始めた。

「ウオ ホトゥ クデュン ニニ メイ」

鍵を開け、中に入る前に一言呟いてから、康平はドアを潜った。

「ただいま、母さん。」

既に夕日は身を潜め、薄暗い空には月が輝いていた。

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