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本棚の森番  作者: 旭 河埜
森番の奴隷
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六、帰還

「分かったのか?」

嬉しい気持ちはもちろんあったが、それよりも、どうしてユカリが何かに耐えるような顔をしているのかが、とても気になった。

「ああ、分かった。」

「教えてくれよ。どうすれば帰れる?」

「夜空を星が埋め尽くすまで待っても遅くはないじゃろ。今すぐ帰りたいと言うのであれば、すぐに教えてやるが。」

「じゃあもう少し待ってる。」

 さっきは、今すぐ帰りたいみたいな反応をしたが、ここを離れるのには少し未練がある。長くいると帰れない。それは分かっている。でも、コウリの採集班やフウジンの警備班でまだ仕事をしてみたいし、奴隷とは言うが待遇は良いし、ユカリから言葉を習ってもいいな、とも思っていた。友達は多いが退屈な学校に戻るよりも、こっちに居る方が暇しなくていい。だが俺が戻らないとなると、康平が心配だ。もしかしたらいじめの対象になってしまうかも。俺があいつと親しくしているから周りの奴らは今まで手を出さなかっただけで、俺が居ないところで康平の陰口を本人に聞こえるように言っていることは知っている。というか、

「なあユカリ、俺がここにいる間、俺のあっちにある体がどうなってるか知ってるか?」

ユカリと星を同時に見れる角度でユカリの方を見て聞いてみた。

「分からぬが、たぶんそのままなのではないか?」

「そっか。・・・え!?じゃあもしかしたら俺の体、四日も図書館で眠り続けてるってことか?」

「その可能性はあるぞ。こことお前の世界の時間の流れが同じなら、十分あり得る。まあ問題は色々あるが、世間がお前のその状態をどう見てどう処理するかが、一番の問題じゃな。」

「うへぇ~。ここから帰って目が覚めたら病院にいて、親が心配そうに自分を見てる、とかいうシュチュエーションはやだな~。」

「同感じゃ。心配されるというのはなかなか面倒じゃからな。」

苦笑だったが、とても久しぶりにユカリの笑った顔を見た気がした。満月の光を浴びて、いっそう美人に見える。舞い降りた天使、という表現が合うだろう。

「よしユカリ、帰り方教えてくれ。」

勢いよく立ち上がって、ユカリを見た。驚いた顔をしている。それがだんだん寂しそうな顔になっていった。

「・・・分かった。もうここでしたいことは無いんじゃな?」

ユカリも立ち上がって、俺と向き合う。崖の上に立つ二人の男女。第三者から見たら、結構絵になる光景ではないだろうか。

「無い。」

「そうか。」

ユカリが俺の方に歩いてくる。

「お前には感謝しておる。いきなり奴隷にされて、慣れない仕事を一日中やらされて、」

話しながら、ゆっくりと近づいてくる。俺が早く帰れないように、ゆっくりと。

「それでも弱音を言わないで、むしろ楽しそうにやってくれたの。」

なぜこんなに近くまで来るのか分からなかった。言うなら離れたところからでも良いじゃないか。ユカリがすぐ目の前まで来た。思わず崖の方に後ずさりする。ユカリが獲物を追い詰める肉食獣のように見えてきた。

「本当に感謝しているぞ。」

ユカリの手が俺の方に伸びた。

「すまんな、マサル。」

俺はユカリ自身の手で崖の方へ、地面のないところまで突き飛ばされた。


「すまんな、マサル。」

驚きの表情を浮かべ落ちていく勝を見て、ユカリはもう一度呟いた。

 アオイが長だった頃にも人の子が来たから、返し方についてはよく知っていた。よその者を元の場所へ返すには、その者を殺さなければいけない。長い間居ると帰れなくなる、と勝に言ったのは、下手に親しくなってしまうと殺すことが出来なくなるからだ。アオイは出会った人の子と親しくならないうちに、自ら手を下した。本来ならばユカリもそうした方が良かったのだ。

「それでも妾がそうしなかったのはな、マサル。興味本位だったのじゃ。兄上はすぐに殺してしまったから、こんな風に話すことは出来なかった。妾は人の子を生かしておいたらどんな生活になるのか、本当に知りたかったのじゃよ。」

聞こえるはずもないのに、ユカリはしゃべり続けた。すでに勝の姿は見えなくなっている。

「お前と過ごしたのは短い間だったが、とても楽しかった。妾の研究につきあってくれて有り難うな。」

後ろに向き直ってから、崖の方を首だけ動かして見る。

「マサル キ ギ グレス イエト トウナ」

ユカリは歩いて山を下りた。


 重力に引っ張られて、ぐんぐん落ちていく。胃が持ち上がるような浮遊感をさっきからずっと感じている。いつか康平が言っていた話によると、重さが違っても同じ高さから落ちれば、同じ時間で地上に着くそうだ。だから俺が落ちるまであと六十秒無いぐらいだろうか。

「すまんな、マサル。」

風が耳元でうるさくピュウピュウ鳴っている。その中で遙か上にいるはずのユカリの声が、なぜかはっきりと聞こえた。ユカリの話で分かったのは、俺を雇ったのは興味本位で、返すためにすぐ殺さなかったのは一緒にいると生活がどう変わるのかの研究であるということ。

「短い間だったが、とても楽しかった。」

俺も楽しかったぜ、呟いたが聞こえるはずもない。

ガンッ!すごい衝撃だ。崖の底に到達したらしい。後頭部を思いっきり打って一瞬だが息が詰まる。鼻から、耳から、血が流れてくるのが分かった。視界が黒く染まっていく。薄れゆく意識の中ユカリの言葉が耳元で聞こえた。森の言葉で発せられた言葉だったが、意味が理解できたのはなぜだろう。

「マサル、お前は妾の良き友達じゃったぞ。」

それを聞いたのを最後に、俺の意識はぷっつりと途絶えた。

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