四、警備班
「昨日の晩飯美味かったな。」
二日連続で文字通りユカリに叩き起こされた、俺の朝一番の言葉だ。
昨日の晩飯は、採集班が採ってきたガッラの実の甘煮と、ニンガという根菜のスープだった。ニンガは俺たちが採ってきていないから、ユカリにどこから採ってきたのか聞くと、
「厨房の庭に畑があってな、そこで栽培しておる。」
と教えてくれた。いつも家で食べているパンよりもずっと美味い昨日の晩飯だった。
そうやって昨日のスープの味を思い出そうとしていると、
「何ボーッとしておる。今日は警備班の仕事じゃ。そしてこっちは班長のフウジン。昨日と同じくしっかりと言うことを聞くように。よいな?」
ユカリに怒られた。警備班班長のフウジンは、コウリより頭一個分背の高い、俺の腰までの小人だった。初日に俺を捕まえた一人かもしれない。
ズカズカと歩くフウジンについて外に出た。ユカリの大樹の次に大きい木は結構たくさんあって、一つはコウリの木、そしてもう一つ別の木はフウジンの木だった。フウジンは木の中に入って、竹串を長くしたようなな槍と、木の蔓で作ったロープを持ってきた。槍を俺に合うように調整してもらい、フウジンと持ち場に出向く。
「ウオ ギ チカ ワス マサル」
いきなり喋ったので、少し驚いた。俺の前で喋ったのはこれが初めてだ。フウジンはかなり無口だということが分かる。よくこれで班長やれるな、コイツ。
昨日事前に、今日の警備班の仕事についてユカリに聞いていた。警備班の班員は、仕事が始まると同時にそれぞれの持ち場に着く。怪しいものを見つけたら、とても音の高い笛を吹いて仲間に知らせるそうだ。その時の笛の音で、どのくらいの人手がいるかとか、班長、フウジンからの命令とかを伝えられるという。よく訓練されたものだ、というのが俺の感想である。
「優先すべきは採集班の安全じゃ。次にこの大樹の警護、遺跡の死守と続く。己の安全は一番最後じゃ。じゃから警備班には勇気のあるものしか入れん事にしておる。お前は・・・大丈夫だろう。何が来たってお前を見れば逃げてくわ。」
冗談めいたことをまじめな説明の後に言って、ユカリはころころと笑った。
ユカリにそんな風に言われたが、折角警備の仕事に就くのだからそれなりにまじめにやらなくてはいけないと思う。長い間槍を構えて周辺の草むらに目をこらす姿勢が続いた。さすがに疲れて腰を伸ばそうとすると、
「キィィィィーーンキィンキィン」
笛の音がした。笛と言っても俺には耳鳴りのような音にしか聞こえなかったが。
「フィンフィンゥインィンィンィンンンンン」
今度は真後ろで。ふりかえると、フウジンが笛を口から外すところだった。
「ワス マサル チカ グラティエ ゾクシ」
フウジンが危害のあった場所に行く様子もないので、俺はまた前を向いて警備を続けた。
今日吹かれた笛は、あの時一度きりだった。集中しすぎて聞こえなかっただけかもしれないが。
大樹に帰ると、ユカリが入り口で待っていた。
「マロ ユカリ ワス マサル ギ イエト グラティエハン タリ」
フウジンがユカリに言った。
「そうか。マサル、お前はとても優秀じゃな。コウリを笑わせて、フウジンにも認められるとは、予想以上じゃ。」
「マジ?もう俺ここで働いて良いか?」
「それはやめた方が良い。帰りたくないのなら居ても良いが。時間が経つうちに帰りづらくなる。それでも残りたいか?」
「・・・。」
言葉に詰まった。ここの暮らしは楽しいし、もう少し長くいればここの言葉だって習得出来るかもしれない。・・・でも、あまりに長くいると帰れなくなるとユカリは言った。もう二度と康平や母さんと会えないのは、とても辛い。静かになった俺を見かねたように、ユカリが切り出した。
「散歩に行こうか。」
ユカリの大樹を中心に、森は成り立っている。内側から、大樹、大木、木、低木となっているそうだ。
「お前の世界で言えば、木の一本一本は本だから、大樹になるにつれて長い話になっている。戻ったら一番近くの本棚で探してみると良い。一番長い話に妾がいる。」
「わかった。」
「さて、明日の仕事は発掘班じゃな!この森における、一番はーどな仕事じゃ。何日かに一度、発掘班の様子を見なければならなくてな、ちょうど良いから妾もついて行こう。」
今までの雰囲気を吹き飛ばすようにユカリが言った。俺も笑って、二人で大樹に戻った。夕飯はもう出来ているだろうか。さっきの会話の中で、ユカリが寂しそうな顔をしたのが、少し気になった。