三、採集班
「仕事は明日からじゃ。しっかり休んでおけ。」
俺はユカリの案内で、彼女の部屋の隣にある空き部屋に来た。ユカリの兄、アオイが長だったときにユカリが使っていた部屋だという。しばらく使っていないと聞いたがそれなりに清潔で、家具全般もそのまま置いてあったし、洗面所の水道もちゃんと水が出た。きっと使用人がこまめに掃除をしていたのだろう。
ユカリが居なくなると、俺はベッドにダイブした。特に何もしていないが結構疲れていたんだろう。まぶたが自動的に閉じるまで、五分もかからなかった。
翌朝、ユカリに叩き起こされて、渋々ベッドから出た。誰がそろえてくれたのか、生活に必要な最低限の道具が洗面台においてあった。顔を洗って髪をとかして、さすがに服はないから服はそのままにする。部屋を出てユカリの隣に立った。ユカリは俺より頭一個分背が低い。普通の家臣に比べたら最も背が高いのは彼女なんだろうが、俺からしたら全員等しく小さいので、愛玩動物を見る目で見てしまう。やっぱ失礼かな。
「マロ ユカリ! ギ ・・・ワス マサル?」
家臣の一人が俺たちを見て走ってきた。俺は言葉がわからないから、ユカリが返答する。
「コウリ ワス マサル ニニ クオ トゥクハン イエト?」
しゃがみ込んで家臣の顔を見つめ、俺の方を指さしてなにやら言っている。
「ア! マロ ユカリ クオ ユリゲ イラ イエト?」
「ガッラ ミン アムゼル ギ ニンガ ラジョラ」
「ア!」
という会話の後、家臣が俺の方を見て手招きしているのに気づいた。
「マサル、あれは採集班の班長でコウリという。今日一日お前には採集班で働いてもらうから、言葉がわからずとも身振り手振りで何とかしてくれな。ほれ、ついてけ、ほれ。」
ユカリに押されて、俺はコウリと大木の外に出た。
大樹の外は、昨日俺が見たようにたくさんの木があった。コウリは手招きして、俺をユカリの大樹の次に大きい木へと導いた。木の外で待っていると、自分の背よりも遙かに高く籠を積み上げて持ってきたので、見かねて半分くらい持ってやる。コウリは会釈して、手招きして、また俺をどこかへ連れて行った。
着いたのは大樹の裏。採集班らしき小人達が、俺たちを待っているのが見えた。コウリに習い、小人達に籠を渡す俺。渡し終えると、コウリは小人達の前に立って話し始めた。
「クオ ユリゲ ガッラ ミン アムゼル ギ ニンガ ラジョラ」
みんな真剣に聞いている。
「クオ ムルゼリ トゥク ガッラ ミン イエト?」
一斉に拳を振り上げ、「オゥ!」とかけ声。そこはこっちと一緒なんだな、と思った。
班員達はバラバラに、俺はコウリについて採集を始める。ちょこちょこ動くコウリが急にぴたっと止まり俺を手招きした。しゃがんでコウリがつまんでいる実を見つめる。
「何だ?」
コウリは実を指さして
「ガッラ ミン」
と言い、実が成っていた植物を指さして
「ガッラ」
と言った。コウリは実を籠の中に次々と放り込む。これを集めろという事なのだろう。俺は植物の形をよく覚え、ガッラ探しを始めた。
何時間ぐらい経っただろうか。あまりに夢中になって気づけば籠がいっぱいになっていた。結構向いてるかもしれない、この仕事。
「マサル! ワス マサル!」
コウリが呼んでいる。集合場所からかなり遠いところに来ていたらしい。返事をして植物をかき分けて、大樹のところに戻った。
俺の籠にあった実を仕分けているコウリと、三つの籠が俺の前にある。良質なガッラの実の籠と、腐ったガッラの実の籠と、ガッラではない植物の実の籠。見た目が良いのだけ選んで来たから、良質なガッラの実の山がどんどん大きくなっていく。仕分け終えたコウリが、嬉しそうに俺の方を見て、
「マサル ジュア イエト! イエト!」
と言った。採集班の小人達が俺を「オォーゥ」と言いながら見ている。言葉はわからないが、何かほめられてる気がしたから胸を張って「えっへん!」のポーズを作った。
良質なガッラの実を籠に入れて背負い、厨房に行った。厨房の料理人らしき小人が出てきて、ガッラの実を引き取っていった。
「マサル、採集の仕事はどうだった?コウリに迷惑かけていないか?」
いつの間にか後ろにユカリが立っていた。
「迷惑ならかけてないと思うけど。むしろ喜んでるように見えるぞ。」
足下で顔いっぱいに口を引き延ばして笑っているコウリを指さして、ユカリの失礼な質問に答えた。
「おや本当じゃ。この子の笑っているところは稀少じゃのう。絵師でも呼ぶか・・・。」
「俺が役に立ったって分かったろ?」
「うむ。そうじゃな。明日もこの調子で頼むぞ。」
「明日もあんのか、仕事。また採集?」
「いや、明日は警備じゃ。気を張り詰めて行う仕事だから、今日以上に疲れるぞ。夕餉まで部屋で休んでいるといい。」
ユカリの言葉に促されて、俺は多少道に迷いながらも部屋に戻って、寝た。
頭に軽い衝撃を受けて目が覚めた。乗せた覚えのない枕が、頭の近くにのしかかっていた。二、三個あるから寝相の粋じゃないだろう。微妙に重い。
「おぉぉーーぅりゃ!」
と声がして、新たに枕が吹っ飛んできた。次がこないうちに急いで起き上がると、枕を頭の上まで持ち上げたユカリが見えた。ユカリは俺が起きたのを見届けると、枕を下ろして
「夕餉の時間じゃ。」
と告げた。