二、ユカリ
意味がわからない言葉が出てきます。異国の言葉だと思い、スルーしてください。
足首より少し上のところにチクチクと軽い痛みを感じて、我に返った。みると、俺の膝くらいの大きさだろうか。葉っぱで作った服を着た小人が二人、竹串を長くしたような槍で俺のことを突いていた。地味に痛いから少し足を動かすと、びくっと動きを止める。しばらくするとまた突き始める。足を動かすとびくっと止まる。面白くて遊んでいたら、いつの間にか同じような奴らに取り囲まれてしまっていた。俺の腰ぐらいまである奴が木の蔓で俺を縛って、ひときわ大きな大樹に俺は担いで連れ込まれた。
木の中は歴史の教科書で見た平安時代の皇室みたいだった。うろおぼえだが。両脇に家臣らしき小人達が並んで座っている。奥のほうは一段高くなっていて、御簾がつるされていた。俺は一番手前に正座させられた。俺のことを、俺の腰までの兵士が挟んでいる。
「ルラ カイダ マロ ユカリ!」
御簾の一番近くにいた小人が何か叫んだ。それと同時に御簾が上がり、淡い緑色の髪をした美少女が現れた。家臣達より豪華な服を着ているから、一目で位の高い人物だとわかる。家臣達が頭を下げるのを見ていると、兵士が何か囁いて俺の頭を無理矢理下げさせた。
「アガ カイダ」
静かな声で少女が言った。家臣達が頭を上げたのを見ると、今の言葉は「おもてを上げよ」とかいう意味だったのだろう。
「ガ リランテ?」
「ア! レ ドルガ ゲンダーロ ヘンシュ グラティエ」
少女と兵士の意味のわからないやりとりを、ぼーっと聞いていた。
「ジュア ライラ?」
少女がそう問いかけた。周りが俺を見ている。あ、俺が聞かれたの。何を言えばいいのか、こいつらの言葉の方がいいのか。いや、でもこいつらの言葉わからないし・・・。一か八か俺の言葉でいつものように言うことにした。
「すまん、何言ってるのかサッパリわからない。」
家臣達はきょとん、と俺の顔を見ている。少女だけが溜息をついて、また口を開いた。
「そなたの名前は?」
なんだ、言葉通じるじゃんか。家臣達は驚いた様子で少女の顔を見ているから、話せるのはこの少女だけなのか。
「・・・勝。」
「マサルというのか。妾はユカリ。この森の長じゃ。」
なるほど。つまり一番偉いと。この森の、ということは他にも森があるわけか。まあ本棚の森なら一つじゃないだろうな。
「警備兵が見知らぬ者を捕まえたというから来てみれば・・・人の子とはな。いかようにしてここへ来た。」
「え?あ、えーと・・・。」
俺は今まで起こったことを全て話した。
「なるほどの。まあ、図書館は森とつながる場所の一つだからな。たまたま迷い込んでしまったということじゃろ。・・・よし!妾が帰り方を探してやろう。見つかるまでここで暮らせ。家臣達には妾の方から伝えておく。」
そう言って、少女、ユカリは警備兵に何か指示を出した。俺の縄が解かれた。
「マロ ユカリ レ ドルガ スロ イエト?」
家臣の一人が不思議そうにユカリの方を見た。
「レ ドルガ マサル ギ ワス グレス チカ」
「ワス チカ キ!?」
「イラ ココグア?」
「クデュン! ニニ ワス チカ キ ワス ガウル キ グシウ」
「マサル クデュン ガウル グレス グレス ホトゥ」
「キ ホトゥ ・・・ア! ウオ シン キ」
ユカリと家臣の間で、また俺にわからない会話が繰り広げられた。しょっちゅう俺の名前が出てくるから、何を言われているのかとても気になる。後ででもユカリに聞いてみようと思った。
話が終わり、ユカリは御簾の後ろに隠れてしまった。
「フィグッレ」
御簾の近くの家臣の一言で、木の中にいる者は俺を除いてみんな出て行った。御簾の隙間からユカリが手招きしているのが見えた。
「中に入れ」
言われたとおり御簾の奥に潜り込む。
「さっきなんて話してたんだ?」
「虜囚、マサルを奴隷として妾のそばに置く。と、最初に言った。」
「奴隷!?」
「表向きは、じゃ。でも家臣達は信じているだろうから、それなりに働かされるんじゃろな。」
「げぇ~」
「そう言うな。きつい仕事はほぼ無いわ。周辺の警備、食物の採集、あと遺跡の発掘。」
「遺跡?遺跡なんてあるのか?」
「うむ。森から二時間ほど北に行ったところに高い山があってな。その頂上付近で兄上の代に遺跡が見つかった。その発掘を妾が引き継いでやっておる。」
「兄貴がいるのか。」
「ああ。名をアオイといってな、妾の双子の兄上じゃ。病弱だった故、長になって一、二年で死んでしまったがな。」
「ふぅん。」
足下が揺れた。慌てる俺に、ユカリは静かにするように言った。
「部屋に運ばれておるのじゃ。妾の自室は上にあるからな。」
理解した。従者かエレベーターみたいなものかで運ばれているんだろう。
振動が収まって、部屋が地に着いた感覚がすると、ユカリが御簾を上げた。彼女の部屋は想像していたのより質素だった。箪笥とベッド、それから生活に必要なものが細々と手前の部屋には置いてあり、十一畳くらいの部屋は結構ぎゅうぎゅうになっている。奥に重そうな扉が見えたのでユカリに聞くと、
「その奥は書物庫になっておる。代々の長が次代のためにと書き残してくれたものじゃ。おまえの帰還法はあの中から探す。」
だいぶ詳しく教えてくれた。
「少々時間がかかるかもしれんが、それまでがんばって働いてくれ。」
俺が露骨に嫌な顔をすると、ユカリはころころと笑った。