八、誘拐
気がつくと見慣れない場所にいた。真っ暗で、何も見えない。康平たちはどこだ?
「康平?ユカリ?」
小さな声で呼びかけてみたが、返事は無かった。縄か何かで手首を縛られているらしく、動くたびに擦れて痛い。
「どこだよここ・・・。俺達車に乗って、海外文学の〈本棚の森〉に行くはずだったよな?何があったっけ。」
俺は古典の〈本棚の森〉を出てからのことを思い返してみた。
ガタゴト音を立てながら走る車の中で、俺は窓から外を覗いていた。周りは緑色の木ばかりだけど、アッという間に過ぎ去っていく様子は見ていて面白い。
「あとどのくらいで着くんだ?」
俺は御者に聞いてみた。
「アトスウフンデス。」
答えを聞いてすぐ、木々の色が変わった。鮮やかな緑から、陰鬱な黒に。
「やっぱり木も黒いんだねえ。」
「尊重している色がそのままその森に現れるらしいからの。髪の色や木の葉の色がその最たる例じゃ。」
「確かに、お前たちの髪の色って緑色だもんな。一番森って感じがする。」
「我ら古典の〈本棚の森〉が尊重するのは緑。絵本の〈本棚の森〉は黄色で、芸術の〈本棚の森〉は紫じゃ。」
俺は紫の葉っぱがついた木を想像してみた。治安の悪いところでスプレーをかけられた感じの見た目なんだろうな。そのとき、突然車が止まった。
「何じゃ!?」
「おい御者さん!何かあったのか?」
窓を開け、身を乗り出して前方を確認する。反応はない。
「ケホッケホッこの煙、何!?」
窓から顔を引っ込めると、車の中は得体の知れない煙で真っ白だった。
「わかんねぇ。でも吸わないほうがいい!」
俺は口と鼻を袖で押さえた。それでも煙が入り込んだらしい。大きく咳き込んだ。
「マサル、これは眠り薬じゃなかろうか。だんだん、眠く・・・。」
「勝っちゃん・・・実は、僕も・・・。」
「お、おい!康平、ユカリ!?」
床に座り込んだ康平の、肩を揺さぶる。康平はうめくだけで目を覚まさない。ユカリはもうすっかり眠りこけている。
「やば、俺も、眠い。」
俺の意思と真逆に勝手に落ちてくるまぶたの隙間から、誰かがユカリに触るのが見えた。
「さらわれた?でも、なんで?」
理由を考える。さらったのはどこの森だ?誰を狙って?康平がいれば、意見を聞けたはずなのに・・・。不意に足音が聞こえて、俺は体をこわばらせた。息を潜めて足音が去るのを待つ。次第に声が聞こえてきた。
「%#$*@、*@%$&#?」
「×、&%$#*$&*:+>」
古典の〈本棚の森〉ではないな。なんと言っているのかさっぱりわからない。英語も混じっているらしく、所々わかる単語があるが、それだけだ。でもこの言葉ということは、おそらく海外文学の〈本棚の森〉だろう。さらわれるようなことなんかしたっけ?思い当たることがないわけじゃないけど。
「#*+$%!&%#>“&%#」
看守らしき奴らが俺の入っているへやにちかづいてきて、扉を開けた。仕草からするに、出ろと言っているようだ。俺はそれを無視して、
「ユカリと康平はどこだ。」
そいつらを睨みながら言った。そいつらは大きなため息をついて、俺の腕を掴み、無理やり出そうとする。
「やめろっ!離せよ!はーなーせ!」
振り解こうとするが、ガッチリと掴まれていて逃れることができない。こいつらの背丈や体格は普通に人間の大人と同じくらいあるから、力も同じくらいなんだろう。結局、俺はそのままへやから出され、何処かへ引きずられて行った。
連れて行かれたのは、だだっ広い部屋だった。正面に一際豪華な服を着た奴が座っていて、部屋の両端には大勢の森の住人たちが・・・って、またこの状況かよ!
「*+#%$&+#%&$」
「うわっ!」
俺を引きずってきた奴の片方が何か言い、俺は床に投げ出された。思いっきり鼻と額をぶつけ、一瞬クラクラする。
「勝っちゃん、大丈夫?」
聴き慣れた声に倒れたまま視線をあげると、俺を覗き込む康平とユカリの顔が見えた。
「無事じゃったか。よかった。」
「お前らもな。あー、できそうなら起こしてくんねえか?手、使えなくて。」
二人は手を縛られていないみたいだ。なんでだよ!なんとか立たせてもらうと、それを待っていたように正面の奴が話し出した。
「コテンノ〈ホンダナノモリ〉ノオキャクサマ、ヨウコソ、カイガイブンガクノ〈ホンダナノモリ〉ヘ。コノモリノキングヲシテイル、ウォルタートイウモノダ。」
「ウォルター殿、そなたの森の出迎え方は相当変わっておられるようじゃな。客人を眠らせて連れてきて、控え室が牢屋とは!」
「そうだよ。扱いがなってない。客人の一人である勝っちゃんは投げるし。教育をしなおした方がいいんじゃない?」
ユカリと康平の皮肉に気づいているのかどうか。ウォルターはニコニコと笑ったままだ。
「ソウデスナ。ナカナカオオニンズウヲオサメルノハムズカシイ。コンカイノコトモ、アノコッコハマダツカッテハイケナイト、ヨクイイキカセタノニ。」
やれやれというように頭を振るウォルター。ん?待てよ?「虎狐はまだ使ってはいけない」?それって!
「お前ら、最初からあの黒い虎狐を古典の〈本棚の森〉に!?」
「そういうことか。最初から妾たちに謝罪する気などなかったと!なんという奴らじゃ・・・。代々性根でも腐っておるのか!」
「マア、ソウイウコトダ。ココカラカエスワケニハイカン。ロウヤデオトナシクシテオクコトダナ。」
ウォルターが手を叩くと、衛兵がやってきて、再び俺たちは牢屋へ連れて行かれた。扉が閉まる直前に見えたあいつの顔が勝ち誇った顔で、いつか絶対に殴ってやる!と、俺は決意した。




